昔話
昔々、ある国に子供のできないお妃様がいました。お妃様はいるはずのない神様に祈りを捧げます。
願いを聞き入れたのは、別の世界で罰を与える人を救ってしまったために天から堕ちた黒髪赤眼の元女神様。力を削がれて神格を失くし、魔王と呼ばれ、元いた世界を追い出され揺蕩っていたところを、お妃様の祈りに引き寄せられたのです。
「そなたの夫はドラゴン。これほどに違う種族の間で子供を産むのは不可能に近いであろう」
「でも私は産まねばならぬ理由があるのです」
お妃様はこの世界ではまだ数の少ない「人間」でした。他の種族とは違い魔力も力もさして持たぬ、狩られて絶滅するのを待つだけの脆弱な種族。地位を向上させるためにも次の王を産まなければならないと、お妃様は強い決意を口にします。
対して夫の方は人の姿をとることができる神に近いドラゴン。それまでにもドラゴンは召喚されていましたが人型をとれるのは彼が初めてでした。両方の姿を自在に操り、様々な種族をまとめ上げ国家を築き上げた王。
同胞から生け贄の様に嫁がされたお妃を元女神は哀れに思い、手を貸すことにしました。
力を削がれているため、元女神自身を力とし、お妃様や子孫の命に潜り込むことで繋ぎとなることを決めました。
お妃様は無事に子を授かりました。以後、子孫はドラゴンの血筋と共に、元女神を受け継ぐこととなったのです。人間の地位も段々と上がり、数を増やしていきました。
ところが子孫にとって、世界にとって、彼女は異物。創世の木によって召喚されたものではないため、やがて忌み嫌われるものとなっていきました。子孫の命の奥深くに眠ることになり、彼女の容姿を受け継ぐ者の体を借りて時折目覚めれば、元の世界のように扱われている事に愕然としました。
逃げ出そうとしても、何代にも亘り彼女を受け継いできた子孫の血肉や魂に取り込まれてしまって、離れることは出来ません。
彼女は徐々に歪んでいきました。黒髪赤眼を持つ者だけが忌み嫌われているのにすべての子孫が不当な扱いを受けていると勘違いしたのです。王妃の子孫が未来永劫、幸せになれると信じて手を貸したのに、自分はまた同じ間違いを犯してしまったと……。
元いた世界で救った人間は大戦争を起こす発端を作りだし、以前よりも大きな罪を背負ってしまっていたのです。
女神は大きな決意をしました。子孫の奥深くに潜り込むと、その時を待つことにしたのです。
「これが、この国の王家の始祖のお話です。テッドの家のように異種族間の婚姻は特に禁止されているわけではありません。始祖のように極端に力や魔力に差がある種族間でなければ子孫を残すことも可能です。」
「異種族の間に子供ができても、その子供の代で終わるという事はないのね?」
「ええ。異種族の交配が進んで純粋な人間を探すのは難しいですが、それでも人間の地位は上がったと言えるでしょう」
この授業は私しか受けていない。テッドとウィルが剣の稽古をしているからだ。おそらく私にしか必要のない話。前世もちの私でなければこの年では到底理解のできる話ではないだろう。
けれどたくさんの情報が得られた。ドラゴンに関しては本当に魔王とは関係ない話のようだ。気を付けるべきは元女神―――魔王の力。髪と目の色が忌むべきものではないとは言え、女神が何をしようとしているのか分からないのは、少し怖い。
「王家自体にもこのことは伝わっていません。黒髪赤眼が忌み嫌われるものだとしてしか認識されていないのもそのせいです」
「エルンストはそんなことどうやって知ることができたの?」
宮廷魔術師だからと言って王家すら知らない伝承を簡単にすることができるとは思えない。文献を調べて分かることならば、既に誰かが調べて王族に伝えているはずだ。今の話は元女神しか知らないこともある。
一瞬無表情になってからゆっくりと笑うエルンスト。してはいけない質問をしてしまったような、そんな焦燥感にかられる。
「私の事が知りたいですか?」
追い詰められるような感覚。捕まってしまったら逃げられないような……これ以上足を踏み入れてはいけないと頭のどこかで警報が鳴り響くような感覚。
「……やっぱりやめとく」
「それは残念」
エルンストは心底残念そうな顔をしながら肩をすくめる。
私はパンドラにはならない。好奇心はネコをも殺す。
「一年ぶりじゃのう……やはり春になると会えるのか」
「今回はどうだろう?多分貴女のことを聞いたからだと思うよ、元女神様?」
彼女は何かを諦めたような表情をした。項垂れるように桜の木に手と額をつけて、かすれるような声で話し始めた。
「そうか、知ってしまったか。私が別の世界で魔王と呼ばれていたことも……」
「うん、……ごめんなさい」
「何を謝ることがある。知ることは決して罪ではない。それにしても……」
桜の木は一層盛大に咲き誇っている。以前は墨染めだったのが、うっすらと紅色が増したような感じがする。ひらひらと落る花弁は一向に減ることもなく、ずっとずっと散り続けている。
「誰から聞いた。わらわの事は王家にも伝わって居らぬはず」
「エルンストっていう人」
「人間か?」
「だと思うけど……」
この世界の人間は本当に人間かどうかわからないことが多い。テッドだって純粋な人間ではないし、ウィルだってあれだけ魔法が使えるのだから先祖に別の種族が混じっているかもしれない。
「少し気を付けた方が良いかもしれないのう。そんな情報を持っているものがとてもまともだとは思えぬ」
「ドラゴンがすごく好きなんだって。ちょっと怖いくらいに」
ふうむとあごに手を当て考え込む仕草をする。エルンスト、エルンスト…と記憶を探るように呟いている。
「一つ聞きたいんだけどいいかな」
「なんじゃ」
「貴女はこれから何をするつもりなの?」
彼女はゆっくりと手を下ろし、言葉を選んでゆっくりと丁寧に答えた。
「待っておるのじゃ、時が来るのを」
「時?」
「いずれ、分かる」
妖艶な笑みを浮かべて、別れを告げられる。桜吹雪が彼女の姿をかき消した。
彼女の話は入れるタイミングが難しい。




