ウィルの家
「アリシア、ウィルの忘れ物だ。持って行ってくれるか?」
「はい、珍しいですね?」
「俺も一緒に行く!」
師匠に頼まれてテッドと一緒にウィルの家に行くことになった。まだ雪のちらつく中を二人で一緒に歩いていく。
外から見たことはあったけれど訪ねるのは初めての、ウィルの家。テッドのお母さんが使用人として働いている。少し緊張する。村の中ではほとんど身分差なんてものを目にしたはないけれど、役職についている人にどのように接すればよいのか分からない。
一応、生まれが王女なのにそう言った教育も受けてこなかったし、身分をばれる様なこともできればしたくはない。どのレベルの礼儀で対応すれば失礼はないのだろうか。挨拶を丁寧にすれば大丈夫かな。
家の前に着いた。呼び鈴を探すがどこにもついてない。ドアノッカーもなかった。ちょっとしたお屋敷みたいなのにどうすれば良いんだろう?
「何やってんだアリシア。こんにちはーごめんくださーい」
テッドが大きな声を出しながらノックをする。そんなご近所さんみたいな対応でよかったのか。ノックして暫くすると執事の格好をした人が出てきた。
「おや、テッド君。どうされましたか?」
「ウィルの忘れ物を届けに来た」
「こちらで少々お待ちください」
中へ入るように促された。外は寒いので有りがたい。広い玄関ホールは吹き抜けになっていて二階へ上がる階段と廊下が見えている。ウィルを呼びに行った執事はなかなか戻ってこなかった。
そのうち誰かを叱る声が聞こえてくる。声の発生源である男性が徐々に近づいて姿を現した。
栗色の髪を整髪料でがちがちに固めて後ろに撫でつけていて、髭が生えている。いかにも偉そうな態度でこちらをちらっと見たかと思うと、後からついてきたウィルにまた説教を始めた。
「使用人の子供と仲良くするのは止めなさいと、何度も言っただろう。お前もあと何年かすれば王都の学校に行くことになるんだ。兄が村の長を継ぐからと言って遊び呆けるな。」
「はい、父さん」
何を言われても平然としているように見えるウィル。よく見るとこぶしを握り締めている。見てはいけないものを見てしまった気分だ。
ウィルのお母さんらしき人も来た。金髪で派手なワンピースを着ている。しれっと隣を通り過ぎて奥の方へ消えて行った。助け舟を出すこともせず、私たちがここにいてもお構いなしのようだ。
他人のいる前で叱るなんてこの人たちこそどんな教育を受けてきたんだろう。
ひとしきりウィルを叱った後、男は私の方を向いて話しかけてきた。
「君がアリシアか。チハルさんの所で世話になっているそうだな」
「ええ、初めまして。御挨拶が遅れて申し訳ありません。アリシアと申します」
「ふん、どこの馬の骨ともしれぬ子供のくせに御大層な挨拶だな。」
イラッときた。こちらが丁寧な対応を試みたのに、上から目線の高圧的な態度。ダメだアリシア押さえろ多分ウィルのお父さんだ。この人、私が王女だと知ったらどうなってしまうんだろう。
自己紹介することすらなく男性はそのまま奥へ引っ込んだ。 後ろ姿に向かってべーっと舌を出すテッド。ウィルがそれを見て笑いながらこちらに来る。忘れ物を渡しながら小声で聞いてみた。
「びっくりしたー。今のがウィルのお父さん?」
「ごめんね、みっともないところを見せてしまって。テッドもごめん」
「気にすんな!狭い村の中で一緒に遊べるヤツなんて少ないのに、あんなこと言う方がおかしい。ってか俺は気にしていない!」
仁王立ちで威張るテッド。テッドの純粋さには私も救われている。何か言って気を楽にさせててあげたいのだけれど、何も良い言葉が思いつかない。口を開いては綴じている。
「アリシアも、そんな顔しないで?……余計なことはしなくていいからね」
「わかった。何か困ったことがあったら言ってね」
先回りされて釘を刺されてしまった。おしゃべりしながら外へ出ると雪はまだ降っていた。
「あのおっさん、見返してやりたいな。そのためにも俺は勇者になる」
テッドが地面をげしげし蹴りながら言うと「いいね、それ」とウィルが賛同する。
「例えばエルンストに本格的に弟子入りして宮廷魔術師になるとか。学校の実技で優秀な成績をとって王子にお仕えする騎士になるとか」
「この国に王子なんかいた?王女ではなくて?」
「あれ、アリシア知らなかったの?王女が生まれた一年ほど後に双子の王子が生まれたんだよ。二人とも金髪で、とても縁起がいいって国中でお祭り騒ぎだったんだって。僕は良く覚えていないけれど……」
知らない間に私は姉になっていた。不吉と言われた私の正反対の属性を持った弟たち。私がいなくなっても国家には何の支障もない。
お城に戻る気もないからそれはいいとして、疑問に思ったことが一つ。
生まれてすぐにばば様に預けられたのに王女の存在が村まで知らされていることだ。隠し通せばいいのにどうして広まっているのだろう?
「王女がどうなったか、聞いている?」
「さあ、そういえば式典なんかには全く出ていないみたいだし死んだって話も聞いていないね。もし生きているなら……確かアリシアと同じくらいだったかな」
ウィルは……とても頭が良い。不吉な王女の容姿を訊いているならば、すぐに私にたどり着いてしまうだろう。迂闊に地雷を踏んでしまうよりはここで話を切り上げて、師匠かエルンストにでも聞いた方が良い。
何か変えられるような話題はないかと空を見上げると、雪とは明らかに違う落ち方でひらひらと舞ってくる白いものがあった。走って行って落下地点で待ち受ける。
「あった。採れたよ、初めてだ!」
「あぁっ、先超された……よかったなアリシア」
私の手の中には六枚の花弁の白い花。一昨年テッドにもらった花だ。
「はい、これはウィルに上げる。今必要なのはウィルでしょう?」
「いいの?」
「俺も今日採れたらウィルに上げるつもりだった」
うんうんと頷くテッド。満面の笑みで花を受け取るウィル。どんな道を選んでも二人の行く先に希望がありますように。
ようやく八万字突破。




