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私が魔王になる前に  作者: よしや
第一章
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覚悟

 今日は授業の日。道場へ着いたけれど、どんな顔をして入ればいいのか分からない。引き戸に手を掛けるがそこから手を動かせないでいる。ため息を吐いて元来た道を帰ろうとすると、ガラガラと戸が開く音がした。


「なんだアリシア、俺の目の前で堂々とサボるとはいい度胸だな」


 師匠こそ私にあんなことをしていて良く普通に話せますね、そんな言葉を飲み込んで師匠の横を素通りして道場へと入る。だめだ、今、口を開いたら完全に八つ当たりになってしまう。挨拶もしない私を見てテッドとウィルが顔を見合わせた。

 その後の授業は滞りなく進んでいく。師匠との受け答えもしっかりできたし何も問題はない。


 休憩時間にテッドとウィルが話しかけてきた。


「アリシア、気づいている?」

「何が?」

「今日のお前全然顔が笑ってないぞ」

「え?」


 思わぬ指摘に私は両手で頬を触った。今日は悪夢を見ないで済んだけれど、自分が思っているよりも精神的ダメージを受けてしまっているらしい。

 口角を上げて笑顔を作ろうとするが、歪んでしまってうまくいかない。代わりに目の端から涙が出てきた。慌てて目を両手で覆うがウィルとテッドにはしっかり見られていた。


「なっ」

「どうしたの?何があった?」


 話すことなんて出来ない。二人とも頑張っているのに自分の覚悟ができていなかったなんて……お願いをしたのは私の方なのに。

 師匠とエルンストも異変に気づいてこちらに来たのが、指の隙間から見えた。


「落ち着いて、何があったかゆっくりと話せ」


諭すように優しい声色の師匠。いつものように頭を軽くぽんぽんと叩こうと伸びてきた手を思わずはたいてしまう。

 師匠の呆然とした顔が見ていられなくて、私は走って道場から逃げ出してしまった。



 こんな顔では家に帰ることもできない。ばば様に心配をかけてしまう。収穫が終わって使われていない作業小屋を見つけ、周りからは見えない場所に腰を下ろした。

 ―――どうせ傍を通る人誰もいないのだから、何にも考えずに思い切り泣いてしまおう。





「アリシア、良かった。こんなところにいた」

「テッド?」


 暫くしてから突然かけられた声に顔を上げると、全力で走ってきたのか息を切らしているテッドがいた。座って泣いている私の顔を覗きこんで、私を抱え込むようにがばっと抱き着いてきた。

 テッドの思わぬ行動に内心パニックを起こす。何か言おうとするが私の声はうまく言葉にならない。

 そのうち背中をぽんぽんと、あやすように叩きはじめた。


「泣いている妹も、こうしていると泣き止むんだ。父ちゃんみたいにうまくいくかわかんねえけど…」


 全くてらいのない行動に、最初は照れてかっと熱くなった私もだんだん落ち着いてくる。呼吸を整えて涙も止まった。


「ありがとう。もう大丈夫だよ」


 今度は自然と笑えた私にテッドはほっとして隣にドカッと腰を下ろした。


「師匠に狩りの時の話、聞いてきた。師匠の事が怖くなったのか?」

「うん、それもあるけれど、師匠が何を考えてそんなことをしたのかなって不安になったのと、自分に覚悟ができていなかったことに気付いて情けなくなって」

「師匠の考えは師匠に行かなくちゃわからないな、うん。覚悟なんてできてたらアリシアは自分で死んじゃうだろう?俺は、そんなことしてほしくない」


 確かにそうかもしれない。「覚悟」をとことん突き詰めて言ったらそういうことになるよね。でも何も心の準備をしないよりはマシだと思うんだ。

 テッドは私の腕をつかみながら叫ぶ。


「それに俺はアリシアを殺す約束なんてしていない!魔王になりそうだったら、なる前に倒すって約束しかしていない!死ぬ覚悟なんて勝手に決めるなよ……」


 顔が真っ赤になるほど本気で怒っていて、だんだん涙声になっていた。


『大丈夫。もしも魔王になったとしても、その前に俺が勇者になってお前を倒すから!』

『だからお前も魔王にならないように頑張れ!』


 自分でもわかっていたはずなのに、最期の時までは前向きに生きようと決めていたのに。誰かに指摘されて言葉にされて、はっと気づかされるのは、本当にはわかっていなかったという事だ。

 ―――馬鹿だ、私。自分の両手を握って開いて顔を上げた。今度は大丈夫。最後の最後までちゃんと生きよう。

 もしも同じようなことをされたらしっかりと師匠に理由を聞いて、納得いかなかったら思いっきり抵抗しなきゃ。


「師匠に理由を聞きに行こう、テッド」

「おうっ!」




「あ、アリシアおかえりー。師匠に刃物向けられたんだって?もう大丈夫?」

「うん、心配かけてごめんね。それよりこれは……」


 師匠とエルンストが戦っている。道場に被害を与えないように最小限の力で、魔法を極力使わないようにしながら暴れまわっている。

 二人が相当強いことが分かる。動きを目で追うのが精いっぱいだ。壁や天井まで足場にしながらあちこちで激しく衝突している。これで魔法を使っていたらどんな戦いになっていたんだろう。


「事情を話した師匠にエルンストが激怒しているところ。授業が始められないから止めようか」


 呪文をぶつぶつと唱えて大人二人に向けて放つ。飛んでいくスピードが速いウィルの魔法に完全に不意を突かれたのか、二人に直撃した。


「がっっ」

「ぐえっ」


 高い位置から畳の上に落ちて動かなくなった。


「あれ?当たっちゃった。避けるかと思ったのに」

「師匠?エルンスト?」


 私とテッドで駆け寄って様子を見るが、二人とも気絶したまま返事が無い。小さな雷の矢のように見えた魔法はどれだけ威力があったんだろう?


「師匠ともお話ししたかったんだけど……」

「ちょっと待ってて」


 ウィルが先に師匠へと治癒魔法をかける。いつの間に使えるようになったのかな?

 目をさまし頭を押さえながら起き上がった師匠に、私は声を懸けた。


「師匠……」

「アリシア、まずはすまなかった。お前がそんなに気に病んでいたとは気づかなくてだな……」

「それはもういいです。どうしてあんなことをしたんですか?」

「そ、それは…だな。」

「アリシアを娘みたいに思ってしまったからですか?一度脅して遠ざければ殺しやすいと思っていたんでしょう?馬鹿ですよね。それでアリシアが魔王になってしまったらどうするつもりだったんですか?」


 師匠の代わりに復活したエルンストが答える。「そうなの、師匠?」と聞くと顔を思い切り逸らされた。そんな風に思っていてくれたのは少しうれしいけれど、やっぱり重荷になってしまっていたみたいだ。「ごめんなさい師匠、あんな約束」というと、師匠が手で話を遮る。


「約束は必ず守る。後は俺の覚悟の問題だからな。けれど、今はあの時とは状況が変わっている。神殿が本格的に動き始めていて、お前が成人になるまでに魔王にならなければ暗殺命令が下される。魔王化を進める手段も増やしてくるそうだ。この前のゴーストがいい例だ」


 この国での成人は二十歳。死ぬまで魔王にならなければ大丈夫だと思っていた。


「俺は神殿を一度は追い出されたが内部の人間と繋がりがあってな。魔王になろうがなるまいがお前に刃を向けなければならない。もしもなっていない事状態で次に向けられたら……全力で逃げろ」

「枢機卿の命令なんて聞く必要なんてないだろう」


 と、エルンスト。怒りの声の中に少し悲壮感が漂っている。

 師匠もエルンストもウィルもテッドもたくさん心配を懸けてしまった。


「師匠に理由を聞いて納得できなかったら戦うなり逃げるなりするよ。大丈夫、もう決めた」

「そうか……」

「良い訓練になったよ。ありがとう、師匠。これからもよろしく」

「―――神殿が本格的に動き始めていて、お前が成人になるまでに魔王にならなければ暗殺命令が下される。魔王化を進める手段も増やしてくるそうだ。この前のゴーストがいい例だ」

「霊だけに?」

気づいたらアリシアが勝手にしゃべっていましたので消させていただきました。時々話をぶった切るよ、この子。


 今まで師匠に対して敬語とため口が混じっていたのは、アリシア自身も距離の取り方が分からなかったから……かもしれない。

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