秋祭り三年目
今日の寝覚めは最悪だった。師匠に刃物を突き付けられたのがショックだったのか夢にまで見てしまった。狩りの翌日は平気だったのに、時間が経ってじわじわ来てしまったのか。ばば様に悟られない様、一階に降りる前に涙を拭いて呼吸を落ち着ける。
師匠がどんな意図であんなことをしたのか……どれだけ悩んでも答えが出ない。聞いてしまえば楽なのかもしれないけれど、安易に聞けるようなことではない。
夢にまで見てしまうという事は、覚悟してたつもりなのにできていなかったという事だ。その現実を突き付けられたことにも私は落ち込んだ。
「師匠のばか師匠のばか師匠のばか」
三回唱えたらすっきりするかと思って実践してみたら少しだけ心が軽くなった。本人に八つ当たりするよりはいいだろう。今日はせっかく楽しみにしていた秋祭りだ。考えるのは止めにして気分を切り替えよう。
ベッドの上で思い切り伸びをした。
「いいにおーい」
「ほい、これで最後っと。今年もうまく焼けたのう」
秋祭り、三年目。今年もよく晴れてよかった。イベントでは師匠が狩ってきた鹿とキノコの料理がふるまわれるらしい。去年と同じようにリンゴのタルトを焼いて、ばば様と一緒に広場で売った。ばば様の茶飲み友達に好評だったので今年も同じものとなったようだ。エルンストの分は別に取っておいた。
「アリシア、今日はリンゴのタルト残っているか?」
テッドとウィルが買いに来た。残っているのは売り物が一つ、エルンストの分が一つ。私は迷ったが二人に上げることにした。
「うん、二つ残っているよ。お代はいいからね」
「本当にいいのか?」
「二人にはいつもお世話になっているから。」
「良かったらこの後三人で一緒に回らない?」
「えーと、ちょっと待っててもらっていい?」
それぞれに包みを渡して、エルンストの分はなくなった。ばば様は今年もまた友達の所へ行った。今度紹介してもらおうかな?そんなことを考えていると丁度エルンストが来た。
「ごめんね、タルトまた売切れちゃった」
「それは残念。また来年を待ちますよ」
去年とは違ってなぜか余裕がある感じ?何をたくらんでいるのか少し不気味だ。ウィルとテッドと一緒に回りたいと言うと、エルンストは首を振った。
「一通り見てきましたが今年は一段と呪いのかけられたものが多いようです。今日は僕がエスコートしますよ」
「エスコート……」
何かエルンストが変だ。いつも変だけど今日はもっと変。
「アリシア、呪いって?」
「あ、えっと私を魔王にするための呪いが掛けられた品物が……お祭りの時は普段見ない人や商品がくるからそういうのが増えるんだって」
「そんなのがあったのか。今までよく無事だったな」
「エルンストは見分けが付くんだって」
二人に説明をするとだったら4人で回ればいいとテッドが言った。エルンストを見ると仕方ないですねと了承した。
「おーアリシアちゃーん。」
「今日は珍しいものがたくさんありますね?」
見回した視線の先に変な品物を見つけてしまった。木彫りの熊、旅行先に売っているペナント、文字の掘り込んである木刀。他にも明らかに日本の物だとわかるものが並べられていた。単体で召喚されたものか、転移した旅行者が持っていたものか。
髪の毛が伸びそうな日本人形もあった。黒髪で着物を着ていて光が入ると目が少し赤く見える。これ絶対呪われてるでしょう。
「あーそれねー家の倉庫から掘り出してきたのよー。アリシアちゃんに似てるでしょう?」
「似てないっ似てないよ!リタさん酷いっ」
かなりの年代物だと言う。テッドとウィルも見慣れないもののようで興味をひかれたのか、「すげー」と言いながらいろいろ見ている。
その後ろでこっそりエルンストに袖を引かれた。品物の中には竜の置物もあったのに目もくれないでいる。やっぱり今日はなんか変だ。
「寝不足ですか?目…白目が赤いですよ」
「怖い夢を見たの。よく眠れなくって」
エルンストは私の目に手をかざして呪文を唱えた。かざされた手からキラキラと光が出て、何だか腫れぼったい感じがしていた目がすっと冷えて楽になる。
「有難う!治癒魔法ってすごいね。初めて見た…私にもできる?」
「残念ながら治癒魔法は光の属性です。闇属性を持つ貴女は、おそらく相性が悪いでしょう」
他の人に聞こえないように耳元で答えた。使えればいろいろな人を助けられるのに「残念」と呟くと
「私が使えるから大丈夫ですよ」
とにっこりと笑い、手をつなごうとするエルンスト。変質者、の三文字が脳裏に浮かびあがった。
「テッド、ウィル、エルンストが変、なんか変、いつもより変」
と騒ぎながら二人の所へ逃げ込んだ。テッドとウィルとリタさんが見ると、エルンストはやれやれと肩をすくめてからメガネをくいっと上げた。
「僕が変なのは今に始まったことではないでしょう?」
「そうだぞ、アリシア何をいまさら」
「いつもどおりに変だよね」
孤立無援。仕方なくエルンストと手をつないで場所を移動する。
稲が刈り取られて空き地になった田んぼで、鹿のつみれ汁が振る舞われていた。イベント用のテントには師匠と村の人達がいて、みんなに配っている。昨日は平気だったのに今日は声を懸けることができない。
列に並んで順番を待っている間、師匠とは目を合わせられなかった。エルンストと繋いでいる手に段々と力が入る。
「アリシア?」
「ごめん、痛かった?なんでもない、大丈夫、大丈夫だから」
村の人から器を受け取って、会場に用意された椅子に4人で座って食べる。
―――師匠に射られた鹿が自分と重なって、なんだか自分を食べているような気がした。
いつの間にか四十話です。今回は書いていて少し苦しかった。




