村へ行こう
「その前に……まずはこの世界での魔王がどんなものか、知っておいた方が良いじゃろう」
「……うん」
何だかばば様に話をはぐらかされた様な気がして、少しだけ不安になった。
「今日はもう遅い。明日にでも、村へ行こうかの?」
「いいの?」
「ああ。わしより長生きしている輩が居るからのう。そやつの話を聞くとするか」
「わかった」
村があるという話は聞いていたけど、村へ行ったことは今まで無い。この家の周辺の森を歩いたことがあるだけだ。
ばば様は時折出かけていたみたい。そういえば、よく私を置いて行けたな。育児放棄?いやいやここまで育ててもらったんだし、私も大人しかったし……。
考えるの止めにして明日に備えて寝てしまおう。
次の日はよく晴れていた。洗濯物をして軽く掃除をしてから、ばば様と一緒に出掛けた。
いつもは歩かない道へと進む。
「花が咲いていたら、少し摘んでいこうかのう」
「話をしてくれる人って女の人?」
「いいや。なんに使うかは行けばわかる」
村の外には結界があること、出入りする商人は魔力付の通行証を持っていること、私たちの家は村からしか行けないことなどを聴いた。
歩き始めて十分程度で村の裏手に着いた。そのまま進むと円い広場に出る。広場の中心には大きな石碑の様なものが立っていて、ばば様はそこに花を供えた。
「ばば様、これは?」
「ふふっ、聞いて驚け。これはな、じじ様のお墓じゃ」
「っっええぇぇぇーーー。」
私の声が広場に響き渡ってしまった。石碑を立てられてしまうほどの人物って……。しばらく呆然としてしまうが、慌てて口を閉じ小声で訊いてみる。
「じじ様何者?」
「生活水準を大幅に上げた功労者じゃ」
「なるほど」
家の中の便利さを思い返せば、かなりの貢献だったに違いない。
広場の周りには店舗のほかに、屋台みたいなお店も立っていた。民家はその奥にあるみたいだ。あちこちから不規則に屋根が見える。
「あらまあ、ばば様いらっしゃい」
と声をかけてくるおかみさんもいる。ばば様はここでもばば様なのか。
何度も何度もぐるぐる広場を駆け回る犬を見かけた。変な行動をとっているなと思ったけれど、もしかしたら私の知らない世界から来たのかもしれない、と思いなおす。
ばば様の後についていくと、少し大きめ平屋建ての集会所みたいな建物に着いた。
中からなにやら叫び声が聞こえてくる。
「ぎゃ~っ、はなしやがれくそじじぃーっ」
「じじーじゃねえっっ」
中は道場になっていて畳が敷いてあった。道着を着た私と同じくらいの赤毛の子供が、褐色の肌の大人に襟首を掴まれていた。何だか猫みたい。男の子はツンツン頭で、見た目も言動もやんちゃそうな感じだ。大人の方はやや青みがかった長い銀髪で、後ろで一つに束ねている。
そばには同じような恰好をした金髪の子がいて、ため息を吐いていた。
あれ?もしかして大人の方って……耳が少しとがっている?
「ダークエルフ?」
「よく知っているのぅ、アリシア」
赤毛の子は離れようと足をじたばたさせている。自分にぶつからないように腕を伸ばして持っている大人は、じじーと呼ぶには若く見えるけれど、種族がエルフなら見た目ではわからない。
「あの人何歳なの?」
「確か前に訊いたときは三百を越えておったか」
「じじーじゃん」
「じじーじゃの」
「じじーですね」
近くから声がしてそちらを向くと、金髪の子がこちらに避難してきていた。
この子も私と同じくらいかな?目の色はスカイブルー。きらきらしていてまあ綺麗。
赤毛の子を下したダークエルフがこちらに気づいて近づいてきた。男の子はそのまま裸足で外へ逃げて行く。
「久しぶりだな、チハル。今日も美しいな」
「相変わらずじゃのう」
チハルってばば様の名前か。初めて聞いた。あれ?これって口説いているの?私の考えすぎ?
近くで見ると瞳の色は、ダークブルーだった。エルフだけあって顔立ちは整っているけれど…
「じじ様の方が良い男だね」
「わかっておるなぁアリシア」
ばば様はにーっと嬉しそうに笑った。写真で見たじじ様は、鼻筋が通っていて細面で意志の強そうな瞳だった。
ダークエルフはこちらを睨んでくる。
「じじ様ってのは、セイイチロウのことか?」
セイイチロウがじじ様かどうかわからなくて、ばば様を見た。
頷くばば様。そうか、じじさまはセイイチロウって名前なのか。漢字で書くとどうなのかな?
再びダークエルフを見ると彼はすっと目を細め、低い声で言った。
「お前、敵な」
ひいっと声を上げて、私は思わずばば様の後ろに隠れた。
ダークエルフに敵認定されました。