夕立
幽霊が出てきます。苦手な方はお気を付け下さい。
「わわ、降ってきた」
午後になってから村を歩き回っていたら、突然ザーっと雨が降ってきた。仕方なく雨宿りをするために道場へ逃げ込んだ。
雨音は聞こえるが、いつも賑やかなので一人でいる道場はものすごく静かに感じる。まだ昼下がりなのに薄暗いので明かりををつけた。持ち回りで洗濯をしている備え付けのタオルを使って髪や腕を拭いたが、誰かが来るかもしれないので流石に服を脱ぐことは出来ない。
そのうち雷が鳴り始めた。それくらいで怖がるほど私の中身は子供ではない。稲光を見ようと窓際にへばり付く。暗い空の中、幾筋もの光の帯が見えた。
「おおぉ、綺麗だなあ」
おそらくここの明かりも魔石が使われているのだろう。停電する心配はないからとても便利だ。避雷針はついているのかな。外にいるよりは安全だとは思う。
……ばば様が心配するかもしれないな。電話が無いのはこういう時に不便だ。
不意に風邪で窓がガタガタ揺れ始め、びくっとなってしまった。だ、大丈夫まだ昼間だからお化けの類は出ない筈。日本での怪談話は平気だったが、ここの世界では実害が出てくる可能性がある。生きている人間も怖いけれど死んでいる人間も怖いのだ。
そういえば、じじさまのお墓が広場にあるのは知っている。でも他の亡くなった人たちはどこに眠っているんだろう。ちゃんと供養されているのだろうか?
『ある魔王はネクロマンサーで大量のゾンビやスケルトン等のアンデッドと共に転移してきた。
魔王を倒してもアンデッドを召喚したのは創世の木だったから、無力化することなくこの世界に散らばって残った。』
師匠に訊いた魔王の話がこんな時に限って脳裏に浮かぶ。一人ぼっちの道場に雷の閃光と轟音が響く。
やだやだやだ。耐えろアリシア。これは恐怖に打ち勝つ訓練だ。魔王にならないための対策の一環だ。怖くない怖くない怖くない。震える体を縮めていると、ふっと明かりが消えた。ひっ、と小さな悲鳴が口から洩れる。
道場内の空気がすーっと冷えていく。霧状の物が道場内に現れ、中心部で徐々に集まっていき形を作っていく。これはもしかして……ゴーストってやつだろうか。
私は必死になって恐怖を押しこめ、自分ができることで戦える術が無いか探した。光魔法はまだ使えない。そもそもエルンストがいない状態で魔法を使うのはまだ怖い。残るは物理。突きと蹴り。投げはどう考えたって無理だろう。
「我ハ魔王アルハズラッドガ配下ノ一人……」
「隙ありっっ」
正拳突きは手ごたえ無くスカッと空を切った。ゴーストの胴体を私の腕が貫いている。ダメージは全くなさそうだが話を止めることは出来たようだ。沈黙が続いている。
「我ノ話ヲ」
「とりゃっっ」
顔の辺りめがけて上段蹴りを入れた。感覚は全くないがゴーストの顔に私の足の裏がめり込んでいるように見える。またもや沈黙の間が空いた。でも体を動かしたことで体の震えは止まった。
「セメテ名前ダケデモ」
「たあああぁ」
ゴーストの体に両手を突っ込んでわしゃわしゃとかき混ぜた。霧散したかのように見えて手をひっこめると人型に戻っていく。
やはり物理は無効。話しはできるようだから言葉で丸め込んで何とかご退場いただくしかない。背筋をピッと伸ばし、腰に左手を当ててゴーストに右手の指先を突き付けた。気分はヒロインを弾劾する悪役令嬢だ。
「真昼間から出てきてこんな幼気な幼女怖がらせて魔王の部下ですって?笑わせないでよ……ちょっとそこに座りなさい!」
ゴーストは律儀に座ったようで、足元は輪郭がはっきりしていないので見えないけれど頭の位置が低くなった。何だか怯えているように見えるのは気のせいか。怖いのはこっちの方だ。
「良いこと?ゴーストってものは夜中に出てくるものなの。そんな常識も持ち合わせていないくせによくも魔王の配下なんて名乗れるわね。ここは道場よ、畳の上はとても神聖な場所なの。あなたは出る場所すら間違えているのよっ」
怖さで口が回らないかと思ったが、自分でも驚くほどのマシンガントークだった。
「大体あなた、どうしてこんなところにいるのよ?」
「王女ニトリ憑イテ魔王化ヲ早メルヨウニシロト言ワレテ……」
「ふうん、それで?仕える主がいなくなったからといって他人の言うことをひょいひょい聞いているの?大した忠誠心ね。どうせ死んでいるんだから主の後を追うなりなんなりしなさいよ」
「ソンナコト言ワレテモ」
「見た目と同じで態度まではっきりしないのね。自分が情けなくはならないの?どっちつかずの態度って嫌われる原因になるのよ。いい加減にしなさい」
「魔王様ヨリ怖イ……」
ゴーストはしょんぼりと項垂れているように見えた。
ガラガラと引き戸を開ける音がしてそちらを向くと師匠が入ってきていた。
「アリシア……何やってんだ?」
「この常識のないゴーストに説教してあげてるところなの」
いつの間にか雨は止んでいたようで窓からだんだんと日の光が射してくる。そのまま座っているゴーストの所まで伸びていき……
―――ゴーストは悲鳴すら上げることなく消えてしまった。その様子を見て私は万歳をして叫んだ。
「やったーーーゴーストに勝ったよ私。恐怖にもよく耐えた。えらい!」
「威圧でもしてたんじゃないか?ってかどこから出てきたんだ?」
ゴーストが話していたことを師匠に伝えると、とたんに師匠の顔色が変わった。
「馬鹿っ。なんですぐに俺かエルンストを呼ばないんだ」
「ここで雨宿りしていたんだよ?雷もすごかったから外へ出れなかった」
「早急に結界を張りなおす必要がありそうだな…」
ともかくお前は早く家に帰れと師匠に言われた。
魔王化を防いだのか、それとも威圧することを覚えて自ら一歩近づいてしまったのか……それは神のみぞ知る…神様いないけど。
幼女にののしられる幽霊。御褒美にはなりません。




