酔っ払い
師匠がどこか村の外へ出かけた次の日、いつまでたっても授業は始まらなかった。師匠とエルンストのどちらも道場へこないのはおかしい。日が昇って行くにつれて段々と心配になってきた。もしかして二人して夏風邪でもひいているかもしれない。……馬鹿だから。
「どうしよう、一応師匠の家に行ってみようか?」
「うん、テッドはどうする?」
「俺は今日は剣の稽古だからここにいる。師匠ん家、そんなに広くないしな」
素振りを始めたテッドに時々水分を取るように言って、ウィルと一緒に道場を出た。室内はある程度空調が聞いているがそれでも動けば熱い。熱中症になる可能性は十分ある。
じりじりと夏の日差しが肌を刺す中、雑貨屋の二階へ上がり、ドアをノックする。
「師匠、朝ですよー授業始まりますよー」
何回かノックを続けるが返事すらない。お邪魔しまーすとそーっとドアを開けて中へ入る。村には鍵をかける習慣が無いんだよね。
師匠はソファーの上で横向きに寝ていた。Tシャツの隙間から鎖骨とお腹が少し見えていて、リタさんが見れば顔を真っ赤にしそうな色気だ。寝姿もイケメンなんてけしからん。ペンが無いので落書きは諦めて頬をつついたが、起きなかった。うにょーんと引っ張ると眉間にしわを寄せる。面白いけれどまだ起きない。
部屋の中を見回すと、酒瓶が床のあちこちに転がっていた。ウィルが鼻をつまんで心底嫌そうな顔をしている。
「酒臭いね…アリシアは平気?」
「うん大丈夫。今日って魔法の授業だっけ?」
「そう。エルンストの方」
エルンストもテーブルの所で顔を横にして伏せた状態で寝ていた。メガネが半分顔からずり落ちている。肩をゆすって起こそうとするがむにゃむにゃ言ったきり起きなかった。
私は息を大きく吸ってエルンストの耳元で叫んだ。
「あっ!こんな所に珍種マダラミツユビドラゴンがっ」
がばっと起き上がり焦点の定まらない目できょろきょろと見まわす。ずれたメガネを掛け直し、私を見てぽそりと呟いた。
「よ……嫁?」
「は?嫁?」
何だかまだ寝ぼけているらしい。ウィルが拾った酒瓶を手の平にたしたしと当てて笑顔で言った。
「これで叩けば目が覚めるんじゃないかな?」
「だ、ダメーーっ、死んじゃうよっ」
「んー、あーアリシア?…っと…ウィルか?」
つい大声を出してウィルを止めたら、大きく伸びをして師匠が起きた。「痛ててて」と頭を押さえている。
「すまん、今日の授業は休みだ」
「珍しいですね。まあたまには良いですけど……」
ウィルが突然優しくなった。が、かえって怖い。これから何が起こるんだろう?
「ばば様に二日酔いの薬もらってこようか?」
「ああ、頼む」
師匠に訊いて逃げ出……薬を取りに帰って、ばば様に説明する。
「珍しいのう、昔はじじ様と良く飲んでおったが、ロベルトはそんなに弱くなかった気がするんじゃが…」
「へえ?そうなんだ」
「えーと二日酔いは……ほい、これじゃな。いつも世話になっておるからお代はいらんと言うといてくれ」
「わかった」
「もらって来たよー。お代はいいって。じじさまと昔飲んでいた時は強かったって聞いたよ」
「もう年ですか?」
黒いウィルに戻っていた。師匠は起きていたけれどエルンストは床で寝ている。テーブルの所にいた気がしたんだけど気のせいかな?
「あー……あれはセイイチロウが弱すぎて、大して飲まないうちに世話をする方に回ってたんだ。今回は強いのを二本もあけたからな」
なんと、じじ様の新たなる真実。お酒の飲めないばば様からすれば、どちらがどれほど強いとかわからなかったのかもしれないね。
コップに水を入れて薬と一緒に渡す。エルンストの分はテーブルに置いた。
ウィルと一緒に道場へ戻ってきた。師匠とエルンストの様子をテッドに伝えて、今日この後どうするか相談する。
「俺は稽古を続けるよ」
「僕も」
二人とも剣の稽古をし始めた。私は特にやることが無いのでその姿をぼーっと眺めている。
勇者になるという明確な目的があるのはいいことだ。挫折したり、目標が見つからずに手探りの状態で人生を終えてしまうことだってある。それに向かって突き進み続けるのは大変かもしれないけれど、とても羨ましい。
ふと、二人の技術があっても私を殺せる武器が無いとダメなのではと考える。
今身近にあって私を傷つけることができるものと言うとヒヒイロカネのハサミしかない。そんなもので殺されるのは嫌だな。わしづかみにしたハサミを振り上げてブスリ。傷口からじわじわと滲み出る血。……明らかに魔王討伐の場面ではではない。どこのサスペンスドラマだ。
武器を探さなくてはならない。できれば呪われていない剣。どこかに落ちていないかな?
稽古を終えた二人にそれを話したら呆れた顔で言われた。
「自分を殺せる武器を探すって……」
「アリシアって馬鹿なの?」
そんなこと考えるんだったらもっと将来のことを考えろと言われた。魔王化を防ぐ以外の目標を立てろと言われた。お子様二人に。私、中身大人な転生者なのに。
―――あ、そういえば二人はドラゴンの事については知らないんだった。
お酒は二十歳になってから。




