遠足その四
デッキに出ると高くそびえたつ山々が見えた。標高の高い岩肌には雪がまだ積もっている。大自然の迫力には圧倒されるばかりだ。
「これがレユール山脈です。王都の北側に連なっているので冷たい風を防ぎ、王都付近や原種の森は温暖な気候を保てています。奥に見える一番高い山がこの国最高峰と言われるスフェール山です。その隣に見えるあの山は周辺と色が違うでしょう?百年ほど前に召喚された山で周囲と地質が全く違うそうです。」
子供三人でエルンストの解説を訊きながら地理の勉強をする。ジオラマ模型ではなくて実物を見ながら学べるなんて贅沢だよね。
「あのサイズの召喚って被害者はいなかったの?」
「山自体によって冒険者のパーティが一つ、大規模な雪崩が発生して登山隊が一つ、発見されることなく今もあの山周辺で眠っているらしい。当時は結構な騒ぎになった」
今度は師匠の説明が入った。どこで何が召喚されるのか分からないのは非常に怖い。モンスターもそうだが、巨大な無機物が突然降ってくるのはもっと怖い。もし町など人の多い場所に同じように山が召喚されたらと思うと、この世界の恐ろしさがじわじわと身に染みてくる。
「山脈にはドラゴンの巣も存在します。無理を承知で挑む冒険者も多い。見ての通り険しい山なので、周りに迷惑がかかる前にとっとと諦めてほしいものです」
人間の欲望は果てしないものですねとエルンストはため息交じりに言った。
飛空船が段々と高度を下げて行って山のふもとの町で停まった。客の何人かが入れ替わる。冒険者、商人、観光客……。高そうな服を着た、私と同じ年頃の女の子が乗りこんできた。ふわふわのセミロングの金髪に緑色の瞳、赤いカチューシャを頭に着けている。目が合うとニッコリと笑ったのでこちらも笑顔を返しておく。女の子は客室へ入っていた。
「お友達になりたいなあ」
「ダメですよ、先ほど言ったことを覚えていますか?」
思わず口から洩れた言葉に珍しくエルンストが怒っている。「ごめんなさい」とあやまっておく。
その後も風景を見ながらの授業が続いた。まるで課外授業のようだ。山脈の合間から河が流れていて、飛空船はその河をたどるように南向きに進路を変えた。
「これがエテルノ河です。国土は河の東側にも続いていますが、東の大陸から帝国が攻めてきたときには、この川が最後の砦となったようです」
「これだけ広い川幅なのに血で染まって真っ赤な河になっていた……えーと二百五十年くらい前だったっけな?」
歴史的な出来事を実際に体験してきた師匠……あれ、なんだかすごい人に思えてきたよ?
「ついでに世界地図も見ておくか」
世界地図は創世の木を中心に書かれていて、木の北側の大陸に私の住んでいる王国が、それより三倍ほどの広さの北東の大陸に帝国がある。木の南側にもいくつかの島があったが国交は途絶えているらしい。
授業は終わってウィルとテッドはまたあちこちを見ている。私はそのまま景色を眺めていた。川沿いにはいくつか村や砦が点在している。人が住んでいるものもあれば、二百五十年前の残骸だろうと思われるような場所も存在した。上から見なければおそらく知ることすらないだろう。
その後も何度か女の子を見かける。二人の男の人と一人の女の人と一緒で、私の方を見ながら何かを話している。それを見た師匠とエルンストは警戒を強めた。
飛空船が次の停留する街に差し掛かった頃。
「アリシア、手紙預かってきた。金髪の女の子から。お友達になりたいんだって」
「へ?本当に?」
テッドから手紙を受け取る。女の子は軽く手を振りながら笑顔で船を下りて行った。私も大きく手を振りながら見送る。
まるでラブレターをもらったようにドキドキしながら封を開けると師匠に横から奪われた。
私が手を伸ばしても届かない高い位置で師匠とエルンストは手紙を読んでいる
「なんでっ、ひどい返してよっ」
「名前と住所は書いてありますか……どれどれ」
手紙の一番下を読みながら師匠とエルンストが顔を見合わせる。その隙に師匠の背中をよじ登って手紙を取り戻した。「…卿の……」「…らかと言うと……派では…」とぼそぼそと暫く話した後、私に向けてエルンストは言った。
「その子だったら文通を許可しますよ。ただし送られてきたものも出すものも僕かロベルトを通してください」
「どうして?」
「あの子は貴族のお嬢様です。アリシアは今まで村の中にしかいなかったのに貴族とのやりとりなんてわからないでしょう?」
やり方と言い方にかなり腹が立ったけれど、理解はできた。せっかくの文通相手なのに失礼があっては大変だ。でも。
「二人なら貴族のやり方が分かるの?」
「二人ともそれなりの地位にいたことがあるので……」
と言葉を濁した。詳しく聞いてみたいけれど二人とも目をそらしている。もう少し大人になったら聞いてみよう。
飛空艇は西向きに進路を変え、海上を飛び始める。南側の沖合、山とも島とも見えるものが遥か彼方にぽつんと見えた。エルンストによる解説が入る。
「あれが創世の木です。と言っても召喚されるものはだんだんと減っていると言われます」
「おかしいな……昔はもっと大きく見えたような気がするが……航路が変わっているのか?」
ウィルとテッドも並んで見ている。伝説級の実物を見ているというのにどこか不満げだ。
「あんなのが創世の木?木って言うか山だな」
「うん、もっと神秘的に見えるのかと思った」
「光ったり虹が懸ったりしてね、もっと神々しいのかと思っていたよ、私」
真っ黒な塊にしか見えないと、よくある観光地のがっかりに子供三人そろって好き放題言った。徐々に日は傾き始めている。
すぐに興味を無くした私は「お土産を買ってくる」と師匠に言った。師匠もばば様へのお土産を買いたいそうだ。船内のラウンジに行って物色した。食べてなくなるものと実用的なものが良いかなと思って、遊覧飛空船限定の飛空船饅頭と爪切りを買った。
「酒もあるのか……チハルと一緒に飲むかな」
動力源が魔石なのでアルコールも置いてあるらしい。
ばば様がお酒を飲むところなんて見たことが無いけれど、真剣に選ぶ師匠には何も言えなかった。
地名は適当。




