遠足その三
まさか本物のドラゴンと話をするなんて体験ができるとは思わなかった。私の素性を見ぬいての行動だと思うんだけれど、やり取りを不審に感じた誰かが話しかけてきたらどうしよう。内心ひやひやしながら水筒のお茶を飲んで休憩していると、大声が客室内に響き渡った。
「素晴らしい!飛空船に乗ってまさかあのような雄姿が見られるとは思いませんでしたぁっっ。風邪を切って飛ぶ姿はまさに圧巻!近くで拝見する姿は極めて壮観!巨体から発せられる声は……」
エルンストがこう来るのは何となく覚悟していたけれど、ちょっとうるさいかな?周囲のお客さんが迷惑そうに顔をしかめている。師匠が止めると思ったら今回はウィルが近づいて行って、鳩尾にこぶしを入れて黙らせた。崩れ落ちたエルンストを踏みつけてこちらに来る。
「さぁ、そろそろお昼にしようか」
何事もなかったかのように笑顔で言った。テッドの顔が引きつっている。おかしいな、ウィルの顔に返り血が見える気がするよ?エルンストが掛けていたメガネは大丈夫だろうか。
船内では軽食やお土産も販売していて客室内での飲食はできる。私たちはひとところに集まってお弁当を広げた。
「テッドのお弁当は誰が作ったの?」
「……父ちゃんが作った」
「ええ、すごーい。お料理ができる男の人ってステキだよね」
不満そうに答えるテッド。少しでもお父さんが尊敬できて仲が良くなるといいな。そんな期待を込めたあざとい感じの言葉に、テッドが顔を上げる。何か顔が赤いよ?熱でもあるのかな。
「料理、か……アリシア。今度チハルを連れて家に食べに来ないか?」
思わぬところで師匠が引っ掛かった。
「いいけど……ばば様料理得意だからそれ以上じゃないとダメだよ?」
言いながらお弁当箱のふたを開ける。さすが菓子職人だっただけのことがある。卵焼き、から揚げ、煮物と入っているものは定番の物なのに、見た目華やか彩ばっちりのお弁当を覗き込んで、師匠は「すげえな」とため息をついた。
ウィルはバスケットに入ったサンドイッチだった。バゲットに挟まれていて食べごたえが在りそうだ。
まずは定番の卵焼きを口に入れる。ふんわり甘くておいしいね。師匠がこちらを見ていて食べにくいので座る角度を変えた。次はご飯を一口食べようと箸でつかむと、視界の端に、細い長椅子の上で師匠が器用に土下座をしているのが映ってしまった。
「アリシア様、一口でいいからチハルの手料理をどうか俺にも分けてください」
「師匠、お昼はどうしたの?」
いつの間に食べたのか、からっぽのお弁当箱を見せる。そういえば大食いチャンピオンだった、この人。
「仕方ないな~」と、から揚げを一つつまんだら、空のお弁当箱に入れる前に食いつかれた。
「師匠!行儀悪いよっ何やっているの!」
私の注意をものともせずに、もっしゃもっしゃと幸せそうに咀嚼する師匠。いい年した大人が全く……。
ウィルとテッドもものすごい形相で師匠を睨みつけている。二人はもう食べ終わったみたい。そのまま食べようとしたらウィルに止められた。
「そんな箸捨てた方が良いよ」
「えっでもこれはお気に入りで…」
「俺が洗ってきてやる」
テッドに箸を奪われた。そのまま洗面所の方に持っていく。……もう少し落ち着いてお昼が食べたい。そういえば、ばば様の作ってくれたお菓子があったな。包みを開けてみると焼き菓子が入った小さな袋が五つ入っていた。テッドが戻ってきてから三人に渡す。
「これを上げるから静かに食べさせてくれるかな?」
三人は並んで座って黙々と食べ始める。小さな子供を持つお母さんになった気分だ。何だか桃太郎になったような気もする。でもおかげでゆっくりとお昼が食べられた。
食べ終わってからエルンストを起こしてお菓子を上げた。「ばば様が一人で作ったものだからね」と、念を押して渡す。メガネは無事だった。
「そういえばドラゴンと話してみてどうでしたか?」
思わぬ話題に辺りを見回すが、お客さんたちはみんなデッキに出ていて、客室内にはほかに誰もいなかった。
「どうって……人の言葉が分かるんだなとか?」
「どうして自分に話しかけるのだろうとは思いませんでしたか?」
「そういえば……」
いきなり捕らわれているのではないかと訊かれて不思議に思った、と答えるとエルンストは頷いてからくいっとメガネを上げた。
「昔からドラゴンは討伐の対象となってきました。それは王族の先祖が竜であるこの国でも例外ではなく、地位や名声を得るため、或いは角や牙や鱗などの採集のためにたくさんのドラゴンが狩られてきたのです」
真面目に話始めて少々面食らったものの、内容は理解できた。ゲームや物語の世界でも、友情を育むストーリーは確かにあったけれど圧倒的に敵として認識されるものの方が多かった気がする。この国でも、と言うのは少し意外だったけれど。
「先ほど見たような成長したドラゴンはともかく、まだ子供の小さなドラゴンは生きたまま運ばれることが多い。どうしてだかわかりますか?」
「えっと……ペットにするとか?」
「ドラゴンの血は万病に効くとも、致命傷を一瞬で治すとも、死者を蘇らせるとも言われています。まあ、最後のは眉唾物ですが」
結局は殺すために捕らえられるらしい。新鮮な血が欲しいがために。最近でこそ保護活動が行われるようになったけれど、悲しい出来事は多い。
ドラゴンからしてみれば人型の生き物はみんな敵なのだそうな。自分を保護する人間も殺す人間も区別はつかない。人間を傷つければそのドラゴンは討伐対象になる。そのことを利用するひどい人間もいるそうだ。
「だからあのドラゴンは私を心配してくれたのね?……でも私見た目人間なんだけれど。」
「ドラゴンにはわかる何かがあったのでは?ともかく貴女も知らない人に付いていくことは絶対にしないでくださいね」
特に村の外にいる今は気を付けてくださいとエルンストは言った。それで師匠かエルンストがずっとそばにいたんだね。
「心配してくれてありがとう」
お礼を言うと、いえ、そろそろデッキに出ましょうかとエルンストは言った。
恋愛要素の加減が分かりません。笑いに走りたくなる(笑えないかもしれないけれど)




