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私が魔王になる前に  作者: よしや
第一章
31/145

遠足その二

 近くで見ると飛行船と気球を合わせた様な形だ。船体部分は日本の観光地でよく見る遊覧船ほどの大きさがあり、中心は風船部分にくっついていて、船のへりはロープで吊り下げられている。

 上からアームが出てきて飛空船の風船部分を掴む。ガコン、と大きな音を立てて船が固定され乗り場まで運ばれてきた。風船部分は布ではなくて金属で出来ているようだ。


『足元に気を付けてご乗船ください』


 スピーカーから女性の声のアナウンスが流れた。デッキと乗り場の間に隙間が空いている。恐る恐る足を乗せるとウィルに腕を引っ張られた。


「アリシア、後がつかえているから前に進むよ」


 うう、田舎者でごめんなさい。

 みんなで長椅子の並んだ客室に入ると、師匠が地図を見せながら飛行ルートを確認した。王都を中心とした円を描くような形で、西側の原種の森の端、北側のレユール山脈のふもとを通って東のエテルノ河を渡り、海の上を少し通って戻ってくる。途中で二か所停まり、乗船時間は六時間ほどと、かなり長めだ。遊覧じゃなくて普通に定期船なのでは、と思うんだけれど速度が少し遅く機体が旧型なんだそうだ。

 出発の合図とともに船体が少し進み、ふわっと重力を感じなくなってそのまま町の上を飛んでいく。

 デッキに出ると風が少し強いので髪を結んだ。他にも何人か客室から出てきてい景色を楽しんでいる。

 左手に地平線まで続く広大な原種の森を見ながら、ときどき枝分かれしながらも長く伸びる街道や小川にかかる橋、パッチワークのように広がる荒れ地も草原も田畑も、随分小さく見える人も馬車もモンスターも、ぐんぐん飛び越えていく。揺れは少なくて結構速い気がする。

 村が見えるかと思って原種の森の中を探したが、見つからなかった。


「あれがアストラ遺跡だ」


 師匠が指で示す方向に崩れかかった城が見えた。黒くて、どちらかと言ううと砦に近いような造りだ。城の上部が、ざざっと画面がちらつくように変なふうに見えた。目を凝らすが、あっという間に後ろへ流れていく。


「普通に崩れた城みたいに見えるな」


 いつの間にかそばに来ていたテッドが言った。エルンストもその言葉に頷く。変に見えたのは私だけみたい。見間違いかもしれないね。



 日はどんどん上っていき、気温が少しずつ上昇していく。天気が良くて本当に良かった。この遊覧船は天気が悪いと真っ先に運休するそうだ。

 小さな鳥が数羽、飛空船と並んで風を切るように飛んでいる。渡り鳥だろうか。船の壁に寄りかかっていた師匠に訊いた。


「師匠、鳥が来たよ。あれはなんて鳥?」

「んー、俺もそこまで詳しくはないからな。知らん」


 師匠はガイドブックに目を落としながら良く見もせずに答えた。何でも知っているとは思わないけれどせめてこちらを見て答えてほしかった。テッドとウィルとエルンストはあっちこっち移動しながら景色を見ている。気を取り直して飛び続けている鳥の方を見る。

 鳥のうちの一羽が猛禽類らしき鳥に捕らえられた。鷹だろうか。バサバサと羽ばたきながら、捕らえた獲物ごとあっという間に下へ降りていく。


「師匠、鷹が来た。小さな鳥が食べられちゃった」

「おー、食物連鎖だな。テストに出るから覚えとけー」


 世の中の理だもんね、仕方ないよね。少し悲しいけれど、私は鳥さんの冥福を祈って手を合わせた。

 飛空船はトンボみたいな生き物に追いついた。ただし大きさは小型飛行機サイズ。大きくて気持ち悪い。薄い羽根が四枚で、よく見たら胴体は蛇みたいにうねっている。こちらに来たら嫌だな。


「師匠、大きな虫が来た」

「あー、あれはモンスターの一種だな。風圧でこちらには近づいてこれないから大丈夫だ」


 師匠がようやく顔を上げて見た。見たと思ったらまたガイドブックに目を落とす。

 何だかホエールウォッチングでもしているみたいだ。飛空船っていろいろな生き物が見られるんだね。

 暫く横を飛んでいたトンボが、後ろから物凄い勢いで飛んできた、もっと大きな生き物にぱくっと食べられた。苔むした緑色に鈍く光る鱗、大きな翼の生えた、角のある大きなトカゲ……


「師匠、ドラゴン来た」

「……は?」


 ガイドブックから顔を上げてドラゴンを凝視している。

 エルンストがデッキのへりにへばり付いて、意味不明な雄たけびをあげている。と思ったら何やら不思議な踊りを踊り始めた。エルンストとドラゴンのどちらを恐れたのか知らないが、デッキに出ていた観光客は慌てて客室へ入って行った。

 船内に緊張が走る。ウィルとテッドもエルンストをほったらかしてこちらに来た。飛空船がドラゴンから離れようと進む方向を徐々に変えるが、ドラゴンはこちらへぐぐっとよって来て隣を飛んでいる。手を伸ばせば翼の先に手が届きそうなほど近い。巨大な金色の目がぎょろりとこちらを向く。


「師匠、どうしましょうか?」

「刺激を与えないよう魔法で攻撃はするな。結界を張って様子を……」


 身構える師匠の言葉を遮るようにして、低くてお腹に響くような声が聞こえてきた。


「そこな娘よ、我の助けが必要か?捕らえられているのではないか?」


 渋い声で日本語を話すドラゴン……ってそうじゃなくて、何か勘違いされてない?娘って私の事だよね?


「大丈夫です!この人たちはみんなお友達です!」


 大きな声を出して必死になって訴える。今みんなで短い旅をしているんです、皆大好きなので攻撃しないでください、と。わかってもらえなかったらこの船を沈められてしまうかもしれないから、手すりに身を乗り出して両手を大きく振って叫んだ。

 落ちない様に誰かが服を掴んでいる。


「わかった。さらばだ」


 あ、分かり辛いけれど今ふっ、と笑ったような気がした。目を細めて表情が緩んだような……

 ドラゴンは少しずつ船体から離れたかと思うと、体を傾けて原種の森の奥の方へ飛んで行く。

 飛んでいるドラゴンを横から見るなんて滅多にないだろう。雄大で迫力があってもう少し見ていたかった気もするけれど。それを見送って安心した私は足から力が抜けてへなへなと座り込んでしまった。


「大丈夫?アリシア。立てる?」


 師匠とウィルに支えられて客室に入って休む事にした。

続きます。

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