冬の幻
静まり返る冬の森は、春を連れてくるための準備がそこかしこに見える。
私が気になっているのはさくらの木。枝に固い芽をつけて冬の寒さを耐え忍んでいる。私がこの森に来てからおととしまで花は咲かなかったはずだ。
ばば様の話によると前は花をつけていたと言うからそんなに若い木でもなさそうだ。村に行ってから、なのは偶然だろうか。忌避すべきもののように思えるのに魅かれているのは、果たして良いことか悪いことか。
もしこの木が魔王化に何らかの関係があるとすればどんな形で関わってくるのだろう。呪いのアイテムもエルンストに見てもらって判別するしかないのに、防ぐことなんて出来るのだろうか?
魔王化を回避するのは奇跡に近いことならば、いっそのこと全て壊して―――
トサッと、雪の落ちる音にふと我に返る。さくらの木から落ちたみたい。まるで恐ろしい考えを断ち切るかのようだ、と思った。何かいるような気配もするが、きょろきょろと見回しても何もいなかった。
家に帰ろう。寒いと鬱になりそうだ。
「ばば様、只今」
「アリシア、お帰り」
すっかり冷たくなった手足を温めようとこたつに入る。こたつは最強だね。テッドとウィルの家にもあるのかな?無いのなら二人にもこの暖かさを教えてあげたい。そこまで考えると私はふとあることに気付いた。
「ばば様、そういえばこの家って誰か来たことある?」
「無い。結界が張ってあるわけではないんじゃが、森が認めたものしか入れんようになっておる。おそらく入ろうとする気も起きないようになっておる」
初めて知った。道理で誰も来ないわけだ。
暗くなってきたので窓のカーテンを閉めようとしたら、外に何かキラキラと輝くものが見えた。ダイヤモンドダストかと思って目を凝らすと、輪郭のはっきりしない生き物の様なものが見える。あれは……白い虎?
「ばば様、外になんかいる!」
「どれ……ああ、あれはこの辺りを守っているものじゃ」
「神様?」
「いや、、むしろ精霊のようなものじゃろう」
外には出るなとばば様に言われたので、窓にへばりついてじっと見ていた。霧のような体の虎はこちらによってくる。近くで見ても輪郭ははっきりしなく、ゆらゆらと蠢いているようだ。探るように私を見ているが不思議と怖い感じはしなかった。
じゃれるように前足で窓ガラスをひっかく。霧状の体なので音が出たりガラスが揺れるようなことはない。猫みたいで何だか可愛い。窓にペタッと手の平を当てるとそれに合わせるように前足をガラスに当ててくる。
ひとしきり遊んでいると、虎は興味を亡くしたようにふいっとそっぽを向いて行ってしまった。
こたつに戻ると、ばば様がお茶を出してくれた。
「あれは、じじ様が亡くなってから時々出てくるようになった」
「じゃあ、もしかしたらじじ様の化身かもしれないってこと?」
「さて、どうじゃろう。ただ単に異世界からこの森に転移してきただけかもしれん」
―――じじ様だったら良いのに。ばば様が心配で死んでも会いに来ているなんて、とても素敵。考え方によってはちょぴりホラーなんだけれども、動物の姿だったらあまり怖くないよね。
「じじ様だったら、本当にばば様は愛されているんだね。私もそんな人に出会えるかな?」
「案外、もう会っておるかもしれんぞ」
ばば様がからかうように言う。
ウィルとテッドと師匠と、ついでにエルンストの顔が思い浮かぶ。思い浮かんで、少し落ち込んだ。
―――そんなこと考えた私は愚かだ。魔王になる前に殺してもらう約束をしているのに恋愛感情なんて持ってしまったら、ただただ悲しいだけだ。
「私は誰も好きになりたくないよ」
一人、ぽつりと呟いた。ばば様に聞こえないように、小さな声で。
冬の静かな夜の事だった。
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