ヒヒイロカネの
「ばば様、前髪切るからはさみかして」
「ほいよ」
目にはいりそうなくらいに前髪が長くなったので、自分で切ることにした。
渡されたはさみは刃先まで赤く輝いている。
「このはさみ綺麗な色だよねえ」
「ヒヒイロカネで出来ておる」
私は思わず絶句した。
ヒヒイロカネ。確か日本の神話か何かに出てくる伝説級の金属だったような……。それではさみを作るなんて。なんていうか、無駄遣い?あ、でもこの世界では価値が違うのかもしれないね。
私はばば様の顔を見た。
「じじ様の愛じゃ」
誇らしげなばば様。もう何も言うまい。
―――道場にて。意外にも直ぐに気付いたのはテッドだった。
「前髪切ったのか。アリシア」
「うん、ヒヒイロカネ製のはさみできったの。うまく切れたかな?」
「知らん」
ダメだねテッド。そんなんじゃモテないよ、という言葉を飲み込む。ウィルはすかさずフォローした。流石だね。
「大丈夫だよ、アリシ…あっと一房ちょっとだけ切り残しかな?」
「うそっ?」
「ちょっと待っていて、はさみ持ってくるから」
ウィルを待っている間、師匠に訊いてみた。
「師匠ヒヒイロカネって……」
「伝説級の金属だ」
「あ、やっぱり」
この世界でもそうなんだ。前世はRPGが好きだったからこういう知識だけは持っているんだよね。
準備ができたので小さなゴミ箱を抱えて座りギュッと目をつむる。人に前髪切ってもらうのって緊張するね。
「あれ、このはさみ切れない?」
「ちょっと待っていろ・・・ちゃんと切れるぞ」
目を開けると師匠は自分の髪の毛の先を少しだけ切っていた。
「どうして…家のハサミは切れたのに。まさか」
ドラゴン化、と言う言葉が頭を過る。ウィルとテッドには魔王の事しか言っていない。
「ウィルありがとう。家に帰ったら切るよ」
誤魔化すようにお礼を言って稽古が始まった。体を動かしていてもどこかに先祖がえりの事がちらついて。あまり稽古に身が入らなかったら、師匠に説教だと言って残された。
「で、何を悩んでいるんだ?」
「……この前の大食い競争は自分でも驚くほど食べていたし、今日のハサミの件といい、ドラゴン化が進んでいるんじゃないかって思って……」
師匠も顎に手を当てて考え込む。
「まだ翼が生えたとか牙が生えたとかしてはいないからな。もしかしたら王族はもともとそういう体質なのかもしれないし。一応調べては見るが……」
「お願いします。先祖返りの先に魔王化があるような気がするんですけど……。最近、今頑張っていることが本当に防ぐ手立てになっているか分からなくなってきて。」
「考えることは悪いことではない。でも不安に陥ってがちがちに固まって、そこから身動きが取れなくなってしまうのは良くないことだ。そしてその状態は自分にしかどうすることもできない」
もう少し気を楽にしろと師匠は言った。万が一の時の約束はしてあるのだから、と。
「なんか師匠が真面目なこと言ってる」
「おまえなぁ」
怒る素振りを見せるものの、すぐに「大丈夫そうだな」と師匠は笑った。
「次からはまじめに稽古しろよ」
「はぁい」
話しが終わって外へ出るとちらほらと雪が舞い始めている。この辺りでは積もってもほんのわずかだ。道場の裏手からえいっ、やっ、と声がする。こっそり覗いてみるとウィルとテッドが木剣で素振りをしていた。二人とも息が白い。後ろから師匠が小声で教えてくれる。
「時々余所の剣術道場まで行って習っているようだぞ。ウィルの父親の伝手で」
……二人も頑張っているんだな。少しだけ勇気がもらえた。
邪魔をしないように静かにその場を後にした。
師匠がちゃんと師匠やってる。




