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私が魔王になる前に  作者: よしや
第二章
119/145

文化祭その一

 文化祭当日は気持ちいいくらいの秋晴れだった。店番のグループには入っていなかったが様子を見に行ったりしようと思う。入場券などは無く一般人も普通に入ることが出来るので、来年度入学する子たちの見学の場ともなっているらしい。

 午前中はエリーゼやコルネリアと見て回ることにした。


「生徒会の劇は講堂でお昼前かぁ。どこか見たいところある?」

「この屋台のもこもこレースと言うの、絶対行きたいわね」


 エリーゼがパンフレットを見ながら指差す。目がマジだ、行かないと言えばきっとブラックな感じの何かが降臨されるに違いない。他に行くところもないのでみんなで連れだってまずはそこに行ってみた。

 レース場は立体的な8の字になっていてスタート地点だけ設定してある。そこに握りこぶし大の魔法生物がもこもこふらふら蠢いている。ピンクや黄色、緑などのパステルカラーでふわふわもこもこしていて目や耳は全くついていない単なる綿毛のように見える。辛うじて尻尾が付いていてどちらが前か分かる状態だ。五周して最初にスタート地点を通過したものが一着。五周は多すぎると思う程、レース場は結構広かった。


「かわいい!」

「コハクの方がかわいい……」


 私は足元のコハクを抱き上げる。コハクは目を細めて嬉しそうにしているけれど……そこで喜んでいいのか、コハクよ。


「あ、レース始まる前に賭け事が出来るみたいだよ」


 本格的な賭け事ではなくて、どれが一位か当たった人に商品がもらえると言ったものだ。レースに寄ってもらえるものが変わり、文房具などの粗品から食堂の一か月デザート無料券まであった。


「私は断然ピンクちゃんね」

「え、エリーゼ懸けるの?」

「ブルーにしよっかなー」

「コルネリアまで……じゃ、じゃあ私黄色!」


 前金で払って引き換えとなる券をもらう。色と、何時から開催のレースか書いてある。景品は分からないのだろうか。


「用意、スタートっ」


 合図とともに動き出したもこもこを見て観客は皆唖然とし黙り込んだ。コロコロ転がるかと思いきや、すさまじい速さでレース場を疾走するもこもこ達。頑張れーと声を掛ける事すらせずに「かわいくない……」「うん……」とがっかりするエリーゼ達。一着はブルーで景品は小さな花飾りがついたヘアピンだった。コルネリアが当たりで景品をもらっている。男の人が当てたらどうなるんだろう?ウィルやヴェイグならつけても違和感ないと思うけれど。


「まあ、自分が使えるもので良かった、かな?」


 そんなことを言いながらさっそく自分の髪にいそいそと付けるコルネリア。「可愛いわね」と言うとはにかみ、顔を赤くする。コルネリアは髪の毛ショートでボーイッシュだけど、中身は三人の中で一番女の子らしいのではないかと密かに思っている。


「次はどうしようか?」

「そろそろ講堂の方に行ってみよう」


 講堂は……入学式の時のトラウマが蘇るからあまり近づきたくないのだが、ウィルを含む生徒会の面々がここで劇を演じるらしい。椅子をたくさん並べてあり、師匠達には時間と場所を教えてあってここで待ち合わせだ。まだ時間が早いせいか人はまばらで空いている席がたくさんある。二人と一緒に席を確保しておしゃべりして時間をつぶす。


「あ、師匠達が来た。リッカ、迎えに行って」

「はーい」


 入り口付近に師匠とエルンストが見えた。後についてぞろぞろと何だか見知らぬ人たちも来た。その中に赤い髪の……誰かさんを思わせるツンツン頭の人が……。師匠がにやにやしながらこちらを見る。


「誰だかわかるか?」

「もしかして……テッド?」

「ああ、久しぶりだなアリシア」


 男子三日会わざれば刮目して見よ、というがこの時期の男の子は本当に成長が早い。ウィルにも驚いたけれどテッドの成長ぶりにはもっと驚いた。冒険者をやっている為か顔立ちに精悍さが備わってきている。もう、再会を喜ぶために迂闊に抱き着くことは出来ないな。それでも会えて嬉しいと言う感情は後から後からあふれ出てくる。


「うん、…うん、久しぶり。大きくなったねぇ」

「何か、近所のおばちゃんみたいだな。てっきり、もっとこう……感動のご対面が見られるかと思ったんだが」


 師匠が水を差すようなことを言った。最大限の感動を体を使わずに表現するのは難しい。決して喜んでいないわけでは無いのに伝わらないのはもどかしいな。どんな言葉を掛けようか迷っているのはテッドも同じみたいで、口を開いたり閉じたりしている。


「あー、あっ、そうだ紹介する、仲間のエレインとカシムとタニアだ。こちらはアリシア、俺の幼馴染だ」


 後ろにいた冒険者たちはそれぞれ違う反応を見せる。エレインは無表情、カシムは軽く目を見開き、タニアは目を細めて笑っている。三人が固まって、そのまま少しだけ間が開いたのでこちらから声を掛けた。


「初めまして、アリシアです。テッドがいつもお世話になっています」

「その容姿で名前がアリシアって事は……あんた王女様か」


 カシムと紹介された男が遠慮も敬語もなしに聞いてくる。隠してもいずれ分ってしまう事だからと素直に認めた。


「あ、はい、一応そういういう事になってます」

「なら、私たちの敵」


 エレインが抑揚のない声でぽそりと呟き、今度は私が固まる番だった。テッドのお仲間に会っていきなり敵認定されるとは思ってもみなかった。テッドも予想していなかった反応のようで……。


「何言ってんだよ、幼馴染って言っただろう」

「あら、害を為すとわかっているモンスターは発見次第駆除するのが冒険者の常識よ」

「アリシアはモンスターじゃないっ」


 タニアとのやり取りで出たテッドの大きな声は講堂の中に響き、しんと静まり返った。周りからも注目されてしまっている。魔王になる前に倒されると約束した手前、タニアの言っていることは否定できないが、場所を選ばずに喧嘩を売られるのはあまり気分のいいものではない。

 どうにも動けないでいると、カシムとエルンストと師匠が間に入って取り成した。


「二人とも今は武装していないんだしそれくらいで」

「今日は文化祭を楽しみに来たわけですし」

「そうだな。取り敢えず、座るぞ」

「あ、待って。その前に……」


 コルネリアに師匠達を紹介する。全員は覚えきれないだろうし、これから先もどれだけ顔を合わせるか分からないから簡単にだけれども……。三人一緒に座っていた隣にエルンストとカシム、その前に師匠とタニア、テッド、エレインが据わった。テッドとエレインは仲が良さそうだ。何だか微笑ましい。師匠はタニアの毒牙に懸かっている。


「ご主人様ー焼きもちとか焼かないんですかー」

「んー、村の中に同じ年頃の女の子が私しかいなかったから、外に出て他の子に気が向くのは自然な事だと思うの。ちょっと寂しいけれどむしろ見守りたい感じね」

「師匠はー?」

「師匠と言うかあのタニアって人は……何か言うと厄介なことになりそうだから様子見ね」


 私の勘がそう告げている。師匠がちらちらと後ろを見てくるのは、もしかして助けを求めているのだろうか。そうしてあげたいのは山々なんだけど、後々八つ当たりされそうだ。エルンストに助けないのか聞いたら、ふっと笑って肩をすくめた。どうやらすでに一戦やらかした後らしい。


「アリシア、一般の客がこれだけ来るのですから気を付けて下さいね」

「ええ、つい先程その事を実感したわ。いろいろな人が来るものね」


 できればもう少し早く言ってほしかったと、エルンストに心の中で愚痴を言った。



 生徒会の劇はありふれた物語だった。魔王に攫われた姫君を騎士が救い出すお話。


「ウィルが魔王やってますね」

「ええ、てっきり騎士の役かと思ったんだけど……」


 姫役と騎士役は、前に図書館の前で会った人たちだ。えーっと確か……思い出せなかったのでチラシを見た。そうだ、トーマ…さんとニーナさん。年上なので敬称を付けておく。

 魔王が姫君に迫るシーンで、あちこちから息を飲む音が聞こえる。リッカが打ち震えているのも無理もない。十五歳で出せる色気じゃないよ、あれ。ニーナさん良く平気だな。


「貴女を手に入れる為なら、私は世界だって渡って見せるのに。貴女が望むなら死すらも超えて見せるのに。彼の騎士とてもそれはできまい。なのになぜ私を選ばない?」


 ウィルが魔王を演じているからか、それとも私の身の上のせいかどうしても魔王に感情移入してしまう。嫌われるとわかっても攫ってしまうほどに恋焦がれて、自分にとって悪い結末の方へ突き進んで行く。笑顔がたとえ自分に向けられなくてもその人の隣に居たいと思う程、私は誰かを好きになれることなんてあるのだろうか。……女の子だったら普通はお姫様に感情移入する所なのに攫う側なのかと、私は自分に突っ込んだ。ふと隣のエルンストを見たら、かなり真剣な顔をしてみていたので驚く。何か思う所があったのだろうか。


 最後の騎士と魔王の戦いはかなりの迫力があった。ウィルは鍛えているからわかるけれどトーマさんも負けてはいない。演技でも経験があるかどうかで差は出てくるが、二人とも鍛えている人の動きだった。派手な効果音と音楽に合わせて剣を打ち合い、やがてお決まり通りに魔王が倒される。


「面白かったわね、エルンスト」

「ええ、ウィルは役者の才能があるかもしれませんね」

「ウィル先輩、またファンが増えるんじゃない?」

「ええ、アリシア、これから気を付けてね」


 この後はウィルとも待ち合わせなので客が退場してもしばらくその場にいたら、ヴェイグが私とエリーゼを呼びに来た。クレイグ先生がポーション屋で私たちを呼んでいるらしい。師匠はがっちりと腕をタニアにホールドされている。何やらタニア一人の会話が弾んでいて、師匠は呻くような返事をしている。ちょっと可哀想かも。


「おまたせー、あれヴェイグも一緒?」


 ウィルが魔王の格好のままで来た。ついでに明日の劇の宣伝をして回るらしい。黒くて大きなマントを翻すのを見て、私はあることを思いついた。


「ウィル、このマント貸して。ヴェイグ、これ掛けるけど少しじっとしていてね」

「あ?いいけどなんでだ」


 一応本人に許可をとってから大きな黒い布をバサッとかけた。掛けた中で軽く時間の魔法を使う。暫く待っているとヴェイグの頭の位置が段々上に伸びていき、止まった頃を見計らって布をとると夜バージョンのヴェイグが現れた。


「きゃあぁぁぁぁー」


 悲鳴のような嬌声を上げてタニアは師匠の腕を放してヴェイグに突進していく。私は即座に師匠の腕を引っ張り皆に合図してその場を離れた。


「え?何この人。おいっなんで逃げてんだよっ。げ、放し、うわぁあ」


 ヴェイグの悲鳴を背に、私たちはポーション屋の屋台へと向かって走った。


「アリシアってさ、男前だよね」

「えっへん、……あ、あれ?褒め言葉?」


 テッドとウィルが大爆笑した。エリーゼとコルネリアまで「確かに」と言いながら笑っている。


「コハクに人型になってもらおうとも思ったんだけどね、ヴェイグが通りかかってよかった」

「主……」

「リッカがあーやっても可愛いだけなのに、人型だとかなり……」

「うざくてイタイよね」


 言いにくくて濁した言葉をウィルがはっきりと言った。毒牙から逃れた師匠はなんだかよれよれになっていた。

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