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私が魔王になる前に  作者: よしや
第二章
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ウィルの夏休み4

 エルフの里の入り口は巨大なレルムの木の(うろ)だ。養子の話を受けた時に義父に連れられて一度だけ来たことがある。来て早々に追い返されてしまったのであまりいい記憶ではない。


「テッドたちはここで待っていて。すぐに許可をもらって来るから」

「大丈夫なのか?連絡が途絶えているのならもしかして中の人たちは……」

「モンスターがいるようなら走って逃げてくるよ」


 大剣を出しながら注意深く進む。結界の境目で護符が光を放ち、空気が変わった。里に入る前はレルムの木以外は森が広がっていただけなのに、境界を越えた瞬間に他所にある村と似たような光景が広がっている。

 ……誰もいない。前に来た時にはエルフが義父の来訪を歓迎してくれていたのに、迎えが一人も来ない。連絡が付かないのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、出発前に義父が言ったようになんだか胸騒ぎがする。葉擦れの音が聞こえるものの生き物の気配が全くしない。

 記憶を頼りに本家の屋敷へと向かった。里の中の建物は木の枝を組み合わせ、鳥の巣をひっくり返したような形状の家が多い。中にはアストラ遺跡の様な石造りの建物を住処とするエルフも召喚されてくるが、ウィルの知る限りではこの里の様な暮らしが一般的なエルフのイメージだ。それでも、本家の屋敷はしっかりとした木造住宅で遠くからでも一目でわかる大きさだった。


 屋敷の扉をノックをするが返事が無い。ドアノブに手を掛け少しだけひいてみると動いた。鍵は掛かっていないようだ。剣を握る手に力が入る。意を決して扉を勢いよく開け、剣を構えた。

―――目に入ったのは見覚えのあるエルフたちと、彼らの後ろにある『ようこそウィル 初めてのお使い大成功』と書かれた垂れ幕が……エルフたちは皆笑顔で拍手をしているが―――


 ウィルは激怒した。生まれて初めてと言っていいほどに激昂した。自分は分家で相手は本家だという事も忘れ、顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。


「一体何をやっているんですかっ。もしかしたら本家が全滅しているかもしれないと心配しながら来てみれば……何歳だと思っているんですかっもう十五歳ですよ」

「十五歳なんてエルフからすればまだまだ赤ん坊だからな」


 そう言って前に出たのは緑竜家当主、ルキウス・ヴェルデ。ウィルの義父の先祖にあたる人だ。同じエルフだからだろうか、ロベルトに似ている気がした。


「帰っていいですか」

「まあそう言うな、ゆっくりしていけ。長い休みなんだろう?外にいる護衛も連れてこい」

「連れてくる前に垂れ幕片づけておいてくださいよ」


 テッドには見せられない。見せられるわけがない。

 皆を連れてくると部屋をあてがわれた。扱いはあくまで護衛で、テッドたちと食事をとることは出来なかったが。食事は野菜中心だったがよそでは見られないような珍しいモノも食べられて面白かった。


「いや、本当にかなりの危機に陥っていたのだよ。この十年間で里の人口は三分の二に減った。今や緑竜家は滅びる寸前だ」


 厳密に言えば緑竜家本家はルキウスとその妻、娘と息子が一人ずついるらしいがその一家のみを指す。娘の嫁ぎ先が王都に居る義父の何代も前の家で、嫁いだ本人は戦争があった際に命を落としている。跡取りのはずの息子は里を出てしまっているらしい。

 王都の緑竜家は他の貴族からもともと下級貴族扱いされていたのだが、ここ数年で状況が変化し、分家として上級扱いになった。どんな力が動いてそうなっているのか、ウィルは知らない。

 分家にしてみれば他のエルフは赤の他人なのだがエルフにしてみれば里全体が緑竜家。認識の差異は明らかだがそれでもめたことが無いので放置しているのが現状だ。だが……もしも息子が戻らないとなれば。

 ルキウスは話を続けた。


「毒素を含んだ植物が召喚されて研究に追われていてな。幸い対応が早かったものの犠牲は少なくなかった。漸く事態が収束したからお前に来るように言ったんだ。でなければお前の義父が大事な家の跡取りを何が起きているか分からない場所へよこすわけが無かろう」


 よく考えてみれば当たり前のことで、そんなことも見抜けなかったウィルは怒りの矛先を自分に向けるしかなかった。普通に遊びに行って来いと言われたのでは、休みでも生徒会の仕事にかこつけて断っていただろう。のんびりマイペースで少しばかり人を食ったようなところがあるルキウスが、ウィルは苦手だった。


「その植物が発見されたのはいつごろ何ですか」

「六年前だ。四年もかかってやっと原因が特定された時には繁殖する範囲を広げていてな」


 アリシアが村に来た翌年……。記憶が朧げだがエルフの里に行きたいと毎日言っていたような気がする。何故だか理由は知らないが、それで一悶着あったとかなかったとか。


「もしもその頃にアリシア……王女が里に来ていたら、やはり魔王として忌み嫌われる原因になっていたでしょうか」

「いや……本人が来たいと言っていたならば来てもらった方が良かったかもしれない」


 アリシアはドラゴン化すれば呪詛に対しては強くなるが、薬品や毒に対しては常人と同じ抵抗力しかない。誘拐された時が良い例だ。城にいたならばそれも鍛えることが出来ただろうが……。

 里に来ても本人が死んでいた可能性もある。なのに来てもらった方が良いとはどういう事か。


「魔王と言うのは滅びをもたらすものだ。それが植物側かエルフ側か分からないが。もしかしたら既存の概念に滅びをもたらすことで我々の研究をもっと早めることが出来たかもしれない。彼女が関わったことで変化が起きたことはなかったか?」

「……その考え方で言うとアリシアは既に魔王だという事になりますが」


 ルキウスが片眉を上げ、済まないと謝った。ウィルの声には静かな怒りが込められている。


「失言だった。犠牲者は毒素の影響が出ないように火葬されたが、土葬が主流のエルフではありえない事なのだ。もう少し早く解決できればと考えの上での発言だ。許せ」


 土葬すれば遺体から毒素が土中にばらまかれる可能性がある。土に帰ることで森に還元されると言う思想を持つエルフには酷な判断だったのだろう。



 食事を終えて話をしているとテッドが今後予定をどうするか聞きに来た。どれくらい滞在し、王都へ送り届ければいいのか、テッドにとっては仕事でその後の冒険にも支障が出てくる。何事もなかったのでウィルは一泊だけのつもりだったが、ルキウスは長期の滞在を望んでいた。

 テッドと居るルキウスがロベルトと重なって見え、ウィルはルキウスに聞いてみた。


「エルフと言うものは似るものなのでしょうか。師匠が……ダークエルフなんですが、ロベルトと言う名前で……」

「ロベルトは私の息子だ」

「ああっ、誰かに似ていると思ったら師匠に似ていたんだ!そっかそっか……っと、すみません。息子さんには大変お世話になっております」


テッドはそう言って頭を下げた。ウィルにしてみれば衝撃の事実なのだがテッドはすんなりと受け入れてしまっている。


「え、テッドそんなあっさり?」

「そりゃあ師匠にだって父親はいるだろ」

「あ、ああそうか。テッドはそれしか見えていないのか。師匠は緑竜家の頭首の跡取りって事なんだよ。ついでに言えば俺と親せき関係になる」


 はた、とテッドの動きが止まった。見る見るうちに驚愕の表情に変わっていくのをルキウスがにやにやしながら見ている。


「師匠、お坊ちゃまだったのか。どうしよう、今まで絶対失礼なことしていたよな。これからどんな顔して師匠に会えばいい?」

「今まで通りで大丈夫だよ。俺だって貴族になったのにテッドと変わらず接しているだろう?」


 そうかと言ってテッドは安堵のため息をついた。それから三人でロベルトの話をたくさんした。ロベルトがやらかしたことを聞いたり報告したりした。テッドは単純に笑いながら聞いていたが、ルキウスとウィルの内心ではロベルトに対しての取引の材料となる情報の交換の場となっていた。



 次の日、早々と里を出ようとするウィルたちをルキウスが引き留めた。不本意だがどうやら気に入られているらしいのを薄々感じていたので、突然出た話題もある程度は予想が出来ていた。


「ウィル、頭首を継ぐつもりはあるか」

「義父に相談してみないと何とも……それにあなたがなくなる前に寿命で俺の方が先に死にますが」

「ウィル・ヴェルデか……語呂はいいが、少し威厳が無いな。改名する気はあるか?」

「聞いてますか?」

「ウィリアムかグッリェルモ、どちらがいい」

「おーい」

「頭首なんて面倒くさい。分家にくれてやる。元々国王が勝手に組み込んだだけだからな」


 間違いなくロベルトの父親だ、とウィルは思ってしまった。そしてさらに、ウィルにとっては巨大な爆弾をルキウスが落とした。


「緑竜家としてはロベルトがアリシア様を妻に迎えてくれれば万々歳なのだが……」

「師匠はダークエルフになってしまっていますけど?」

「堕ちても可愛い我が息子だ。ロベルトの代わりにお前が継いでアリシア様と結婚するか?今すぐにとは言わんから考えておけ」





「本家に養子になったら師匠が義理の兄となってその状態でアリシアがもしも師匠の嫁になったらアリシアが義理の姉さんになる……本家に養子になってアリシアを嫁にもらうのは頭首に一生頭が上がらない気がする……緑竜家の分家に居ながらアリシアを嫁にする方法は……やっぱり分家が本家になった方が……」

「ウィル、がんばれー」

「他人事だと思っているだろ?テッドはアリシアをとられて悔しくないのか?」

「ウィルや師匠が相手だったら俺は喜んで祝福するぞ」

「アリシアが好きだって言おうとして真っ赤になっていたくせに」

「ウィル、知っているか?初恋は実らないものだってよく聞くぞ」

「……初恋だけど初恋じゃないんだよ」


 生まれる前から好きだった。自分の命を投げ出してまで守り切れたはずの彼女がどうしてここにいるか分からない。今の自分を選んでくれればいいとは思うけれど、前世のことを話してまで彼女を縛り付けるつもりはなかった。

 王都に戻る途中、ウィルは馬車の中で悩みに悩みぬいた。当主の話を義父には話すとして、ロベルトにどこまで話すか、アリシアには話さない方が良いだろう。恋愛感情は抜きにしても一緒に悩んでしまうだろうから。

次から本編に戻ります

アリシア視点だとファンタジー小説でウィル視点だと恋愛ファンタジーになる可能性に気付いてしまった。

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