ウィルの夏休み2
「悪い、外に待たせていたの忘れてた。紹介する。俺の仲間だ。魔法使いのタニアと、僧侶のカシム、弓使いのエレインだ」
「僕は名前はウィル。聞いていると思うけれど、エルフの里までの護衛をお願いします」
タニアは肉感的な体に露出の多い黒地の服でとんがり帽子をかぶっている。カシムは僧侶と言うよりも目つきの悪い盗賊のような風貌をしていて、全く似合わない白い服を着ている。エレインは緑に近いカーキ色の長袖長ズボンと胸当ての装備、長い栗色の髪を後ろで三つ編みにしている。三人とも見た感じではウィルよりも年上だ。一番年下のテッドに一人で前衛を任せることに抵抗は無かったのだろうか。
それから僧侶。おそらくは神殿の関係者だ。どこまで深く思想に染まり何の目的があってテッドに近づいたのか分からないが、ウィルは警戒しつつ笑顔で対応した。
「今の、見た限りだと護衛なんて必要なさそうにも思えるけれど」
「うちの親、心配性なんだよ。一応貴族だから体裁ってものもあるし」
エレインにぽそりと言われた。あまり感情を表に表わさない性格らしくおそらく三人の中では一番年下だろうけれど、言っていることは的確だ。ウィルの答えを受けてふむふむと何やら頷いている。
「貴族の坊ちゃんのお守りなんてめんどくせーとか思ってたけど、護衛どころか寧ろ後ろから刺されそうなんだが」
「やだなあ、テッドの仲間にそんなことするわけないだろう?」
笑顔でウィルは脅す。テッドを裏切ったり、陥れたりする様なマネはするなよと目つきと態度で表すとカシムは引きつった顔をしていた。よし、掴みはオーケーだ。これで下手な事はしないだろう。
「よろしくお願いしまぁーすぅ」
「ああ、こちらこそよろしく」
タニアは甘ったるい声を出しながらなぜかくねくねしている。ウィルは一言だけ返してテッドに耳打ちをした。
「テッド、仲間はもう少し選んだ方が良いと思うよ」
「俺の齢で前衛なんて誰もパーティに入れたがらないんだ。クセはあるけれどいい奴らだぞ」
「そっか。いらぬお節介だったかな」
「心配してくれてありがとな。さてと行くか」
取り敢えず、村までは馬車で行くことになっている。村で一泊しそこから徒歩でエルフの里まで早くて二日ほど。原種の森と言えどもモンスターに遭遇する事は珍しくもない。転移してくるのが無害な植物だけとは限らないからだ。
「お帰りテッド!待っていたよっ」
「にーちゃん。おかえり」
ひしっとテッドに抱き着くアレンとドロシー。ウィルの家ではとても見る事の出来ない光景だ。ぎゅうぎゅうと抱き着いたまま二人ともなかなか離れず、ウィルと仲間はほったらかしになっている。言葉から察するにどうやら義父から連絡が来ていたらしい。
「ちょ……仲間とウィルも一緒に来ているんだからいい加減放してくれ」
「なかなか帰ってこないにーちゃんが悪い」
ドロシーがぷりぷりと怒りながらテッドから離れた。テッドとおおよそ五歳差だから現在九歳。長く伸びた赤い髪をお下げにしている。よちよち歩いて居た頃が懐かしい。こんにちはと声を掛けるとアレンの足の後ろに隠れていたのだが、今は元気な返事が返ってくる。
「お久しぶりです、アレンさん。あ、これ王都土産です。どうせテッドは買ってきていないよね?」
「うぐっ。……悪い、ウィル。ありがとな」
「どうもありがとうね。ああ、でも次からは良いよ。二人の元気な顔が見れるだけで十分お土産になるからね。ウィル君大きくなったねぇ。アリシアちゃんは元気かい?」
「ええ、とっても」
亜麻色の髪に藤色の穏やかな瞳、柔らかな物腰からはこの人が狂犬なんて呼ばれていたとはとても思えない。……でも、師匠がこの村を出て行ったという事は少なからずこの人の力も当てにしていたんだろう。テッドが仲間を紹介するのを聞きながらウィルはアレンの事を観察していた。一線を退いて久しいはずなのに筋肉が衰えている様子は見られない。子育てがひと段落して畑仕事でも手伝っているのだろうか。
「ウィル君は家に帰ったのかい?」
「いえ、今からです。はあ、これから兄さんにも会うのか」
「がんばれー……ウィルのにーちゃんほとんど記憶にないや。仲間を宿へ案内しがてら俺も見に行ってもいいか?」
「ありがとうテッド。死ぬときは一蓮托生だよ」
「え?そんなひどいにーちゃんだっけ?」
仲間をくりから亭に案内してからテッドと二人で村の中を見て回る。広場にあるじじ様とばば様の墓に手を合わせ、花を供えた。アリシアがそうしていたのを見て村の人たちもそれが習慣になったらしい。毎日誰かしらお供え物をし、手入れもされているのでとても綺麗だ。
「本当に亡くなったんだな……。まだ実感わかないや」
「アリシアの傍にいて上げられなかったのが悔しいよ。僕も後から聞かされたからね」
身近な人の死と言うものを二人ともまだ経験していない。ウィルはテッドの死にかけた姿を思い出し、テッドは自分の家族がある日突然いなくなるさまを想像してアリシアの悲しみがどれほどの物か掴もうとした。想像しただけでも辛くて苦しいのに、実際にそれを経験して乗り越えたアリシアの心はどれだけ強くなっているのだろう。もしかしたらまだ乗り越えきれなくて時々泣いているかもしれない。
師匠とエルンストがいてくれて本当に良かったと思う。もしもその時、隣にいたのが自分達だったら何もできなかったかもしれない。もしもアリシアが一人ぼっちだったら、隣に居られなかった自分を悔やんでも悔やみきれないだろう。
広場を後にして村長の家へと向かう。ウィルにとっては自分の家なのだが、王都の家の居心地が良すぎて逆に親戚の家に泊まりに来たような気分だ。只今と声を掛けて扉を開ければいいのだが、少しばかり躊躇しているとテッドが先に扉をノックした。扉を開けた執事がテッドの後ろにいるウィルを見て驚いている。
「護衛として雇われたのでウィル様をお連れしました」
テッドの言葉に苦いものが胸を過る。ウィルの知らない冒険者としての顔。……だから、嫌だったのだ。雇うものと雇われるもの。父さんが距離を置くように言ったのはこの為だったのかもしれないと今更ながらに理解した。それでも親友を止めるつもりはないけれど。
執事は二人を迎え入れると、丁度そこに兄が部屋から出てきた。
「何しに帰ってきた。ここはもうお前の家ではない。宿代を浮かせるために来たのか」
父によく似た顔で、父によく似た声で、父によく似た話し方で。でもそれら全てが父よりも一段と冷たいのだ。今のウィルよりも三つ下の時からそんな感じだった。よく似たコピーだが、ウィルに対してだけまるで気遣いと言うものが感じられない。
「いえ、村に一泊する心算でしたがここへはご挨拶に参りました」
「父さんならいない」
ぴしゃりと言い放ち、それきりウィルの顔を見る事もなく奥の方へ移動してしまった。それならそれで構わない。執事へ手土産を渡し、両親へ宜しく伝えるように頼んで家を出た。仲間を差し置いてテッドの家に泊まるわけにもいかないのでくりから亭へ行くことにした。師匠を連れてくれば師匠の家に泊まることが出来たのに。
歩きながらテッドは何やら考えている。
「……もしかしたら、小さい頃の俺はお前のにーちゃんととーちゃんの区別がついていなかったかもしれない。それで記憶が無いことも納得できた。うん」
テッドの至極真面目に自己解析して出した言葉にウィルは噴き出した。
「あはははは、それ、きっとそうだよ。王都に行ってから兄さん絶対に帰ってくることは無かったからね。余計にそうだったのかも」
ウィルが大笑いしているとテッドがむすっとした顔になった。なおも笑い続けているとテッドもそのうち表情が崩れ、二人で笑い転げた。父の性格が理解できるようになったとはいえあんな家に住んでいたらひん曲がった性格に育ちそうなものだが、テッドやアリシアのお蔭でウィルはそうならずに済んだ。二人には感謝してもしきれない。
掴みはオーケーの使い方が微妙に黒いウィル。




