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私が魔王になる前に  作者: よしや
第二章
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成長

 師匠とウィルのいる部屋をノックし、返事を待たずに中へと入った。目に入ったのはウィルの襟首を師匠が掴んでいると言う、にわかには信じがたい光景。驚いた私はつかつかと歩み寄って師匠からウィルを助け出した。


「アリシア、良かった、目が覚め…」

「ウィル、大丈夫?苦しくなかった?」


 話しかけた師匠を無視してウィルの心配をする。大丈夫と言いながら小さくこほっと咽るウィル。私は師匠の方を向いて怒鳴る。


「師匠、巻き込んでしまったのはこちらの方。無事に帰れたことをウィルに感謝こそすれ、攻める筋合いはないと思うわ。ウィルがいなかったらどうなっていたかしら?知らない場所でびくびく怯えて神経とがらせて魔力を暴発させていたかもしれない。銀竜家の当主の所業に頭に来て全部ぶち壊していたかもしれない。なのになぜウィルを責めるの?」

「俺はただ、心配して……」


 私の勢いに飲まれたのか、師匠は目を泳がせ言葉尻は小さくなっていく。声が強すぎたかもしれない。私は一度落ち着くために深呼吸した。師匠に対してここまで食って掛かることは無かったから自分でも自分の剣幕に驚いてしまった。研究所でさえ感情が爆発することはなかったのに。冷静になり、師匠を諭すように静かな声で話始める。


「本当は師匠に連絡取ろうかとも思った。でもそこまでの時間はなさそうだったからウィルに来てもらったの」

「俺は、師匠の代わりに呼ばれたの?」


 しまった、別の所に火が付いた。ウィルの一言で自分が地雷を踏んでしまったことに気付く。黒い笑みが標的を私に定めたのを受けて、言葉がしどろもどろになる。手のひらがじっとりとしてきた。


「えーと師匠は保護者だけどウィルは違うと言うか…その……一人だと心細かったし、ウィルは頼りになるし」

「ウィル、主はロベルトと同じくらいウィルを頼りにしているという事だ。かなり信頼されているぞ、胸を張れ」

「そーですよー。今まではテッドやウィルを助ける側だったのがー助けを求める側になったんですからー」


 コハクとリッカのナイスフォロー。よくやった、後で褒めてつかわそう。ウィルの表情から少しだけ険が消えた。


「そ、そうよ。ウィルも成長したし強くなっているし頼りになるし、だから呼んだのよ。いけなかったかしら?」

「……分かった。俺の方は誤魔化されてあげる。けど、師匠の方を何とかして」


 師匠は椅子に座りこんで項垂れてしまっている。口がへの字に曲がって、呼びかけても目線を合わせようとしない。ウィルは成長したのに師匠は反対に子供っぽくなっている感じがする。見えなかった部分が見えてきたのか、私が成長したからなのか。


「師匠、心配かけてごめんなさい」

「お前に何かあったらチハルになんて詫びればいい?」


 かすれた声を絞り出すように呟く師匠の頭を撫でてみた。銀髪はサラサラで手触りが良い。ばば様を引き合いに出されると弱いなぁ、私は。


「ごめんなさい。流石に三日も寝込むとは思わなかったし、今まで魔力の限界とか感じたことが無かったから加減が分からなかったの。……心配してくれてありがとう。師匠がそうやって心配してくれるから、(たが)が外れることが無いんだと思う。例えどれだけ遠くへ行っても」


 師匠は顔を上げて私を見ると、立ち上がってぎゅうっと抱き着いてきた。私にとってもすっかりお父さんなので恥じらいとかそう言った感覚がほとんどない。……一瞬だけ、ばば様を小さく感じた時の記憶が蘇る。師匠を小さく感じることは流石にないけれど、私の身長が本当にどんどん伸びているなと実感できた。


「大きくなったな、アリシア」


 師匠がそう言った途端、それまで黙っていたウィルが急いで寄ってきて私の服を後ろに引っ張った。のけ反ってたたらを踏み、バランスを崩してウィルの方へ背中から倒れこむ。……前にもあったなこんな状況。さかさまになったウィルの顔が私を覗き込んだ。


「え?何、どうしたのウィル?」

「ううん、アリシアは何にも知らなくていいよ。悪いのはセクハラ師匠だから」

「何を言って…………な、馬鹿っそういう意味じゃねえっ」


 師匠は何かに気付いたようであたふたしている。ウィルの支えで体勢を立て直して少し前のやり取りから思い直してみる。……セクハラ?


「大きくなって……?ああ、胸の話?」


 師匠がぴしっと固まった。成長期なんだから当たり前だ。自分で襟ぐりを引っ張り中を覗き込む。ブラジャーはつけているけれどそんなに大きくなったかな?

 顔を上げると、後ろに立っていたはずのウィルがいつの間にか前に居て真っ赤な顔で目を反らし、師匠は顔を両手で覆い隠して天を仰いでいた。


「頼むから少しは恥じらいってものを持ってくれ……」

「中身もちゃんと成長しようよ、アリシア」


 当人としては中身も十分成長しているつもりなのだが、周りから見ればまだまだ足りないらしい。と言うか服を脱いで見せているわけでもないのに二人とも反応が初心すぎる。


 話を切り替えて三日間寝ていた時の状況を聞いた。

 エルンストは現在城でお仕事中、報告やら後始末やらで監禁されていたと言うのにあれから休みなしで働いているらしい。魔術師団や騎士団の団長に私を引き合わせたかったそうだが、挨拶するまもなく私が倒れてしまったので機会はまたその内にという事になった。城に呼ばれでもしない限りは私が行くことは出来ないからと今回のドラゴン化して降りたつ手段をとったらしい。無断でそんなことをしたので休みは無しの処分だそうだ。攻撃されたらどうするつもりだったのだろう。

 旧校舎にあった転移陣はヴェイグなど学校に所属している銀竜家の人間が必要としているもので、消すことは出来ないらしい。ルロイ先生に会いに行こうとしてうっかり転移してしまったという事でウィルとヒルデガルド先生がまとめてくれた。ルロイ先生は新しいことを始めなければならない銀竜家の、研究員に戻ることになった。脅されたことを私が黙っておけば万事解決だ。


「話は終わりでいいわね。ああ、お腹すいた。食堂行って何か作ってもらおうっと」


 そう言ってコハクを抱き上げリッカを呼ぶ。部屋を出るときに「コハクの奴……」と呟く師匠の声が聞こえた。コハクは精霊なのだからそんな事は考えない筈だと思うけど実際の所はどうなんだろう。


「コハクもそういう事考えているのかしら?」

「先ほど指摘されるまで気にしていなかった。今は何とも気まずい」


 ちょっぴり情けない表情のコハクは前足を私の肩に突っ張って、私と接する面積を頑張って減らそうとしている。プルプルと腕が震えているのが何とも微笑ましい。私は構わずその背中を押さえつけた。


「私は気にしないで抱き上げたいから、コハクも我慢してね」

「む…わかった。我はただの猫だ、猫だ、猫だ……いや違う、虎だったはずだ」


 コハクの言いっぷりに思わず噴き出した。猫でいいのに、自覚してしまうほどにほとんど猫の習性になってしまっているのに、やっぱりプライドが許さないようだ。

 三日間何も食べていないのでお腹もならないほどに空いてしまっている。……あ、もしかしてそれであんなにイライラしていたのか、私は。思いついて自分がかなり情けなくなった。師匠には完全に八つ当たりをしてしまったようだ。ま、いいか。今は他に被害を出さないうちにご飯だ、ご飯。

アリシアがセクハラ。ウィルは被害者。

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