飛べるはず
無断で侵入してドラゴンや実験動物を逃がしたこと、仮にも紫竜家当主を拘束したこと。どちらも公にされればいろいろな審議が為され罰則が与えられても仕方のないことだ。が、当主同士の話し合いによりお互いに不問に処すと言う事で話が決まった。そんなに簡単でいいのかと思ったが、銀竜家は私の魔力が目一杯手に入ったし、エルンストはドラゴンが助けられて大満足らしい。
脅されてここへ来て魔力まで提供した私と、付き添いで学校を休むことになってしまったウィルが損をした気分だ。そう言うとウィルは否定した。
「銀竜家当主と繋がりを持てたのはアリシアのお蔭だよ。他の家の貴族と繋がりを持てるのは、これから先の俺にとってかなりの収穫だ」
そう言って感謝された。まあウィルがそう言うならいいか。ヴェイグもこれ以上犠牲が出ないことを喜んでいたし、……私だけが何か腑に落ちないものを抱え込んで事態は収束した。枢機卿や他の人たちを殺したグイードへ罰が与えられなくていいのかとか、ここで引き下がって本当に大丈夫なのかとか、不安その他諸々を全部飲み込んだ私に今できることは王都に帰る事だけだ。
「エルンスト、今回すごく頑張ったから何かご褒美上げようかしら。何が良い?」
「ドラゴンになった貴女の背に乗りたいです」
転移陣に戻る途中、エルンストに尋ねたらそんな答えが返ってきた。今までドラゴンの姿で空を飛んだことは無い。ましてや人を乗せてうまく飛べるかなんて自信は無い。それなのに。
「外に出るならこっちだな」
「俺も乗っていいよね、アリシア?」
「え、今から?いきなり人を乗せて飛ぶのはちょっと……」
ヴェイグの案内は向きを変え、私が是とも否とも言う前に決定する。この場所は山裾に海が迫っていて飛ぶには適さない場所だ。秋なのでまだ風は弱い方だが、気流も決して穏やかではない。飛ぶ前にイメージを膨らませる。羽ばたいて真上に上昇し、山脈をいきなり飛び越えるのは無理なので海側に進んで旋回しながら南の王都へ戻る感じか。飛行機と言うよりはヘリコプターの様な感じで想像する。
広い場所でドラゴンの姿になってリッカだけ案内の為に頭の上に乗ってもらい、エルンスト、ウィル、ウィルに抱えてもらった猫型のコハク、ついでにヴェイグが私の体をよじ登っていく。命綱も何もつけない状態は私の方が怖いので、実験用のドラゴンに使っていた首輪を借り、そこから各自の腰にロープをつないでもらった。
「皆、準備はいいかしら?」
自分で話をしているのにくぐもった声に聞こえて違和感がある。鼻をつまんでしゃべっている感じだ。後ろの方から「大丈夫です」とエルンストの声が聞こえた。
翼を何度も羽ばたかせて地面を蹴ったが、浮かずにどたっと地響きをさせて落ちる。何度か繰り返すがうまく飛べない。
何故だろう?前に一度とんだ時は……落ちている最中に羽ばたかせて揚力を得たのか。だったら崖に向かって落ちる感じで飛べばうまくいくかもしれない。幸いにして案内された場所は他より少し高い場所だった。海に向かって突進すると背中から誰かの悲鳴が聞こえた。
崖っぷちで地面を蹴ってググッと海面すれすれまで体が下がったが、翼を羽ばたかせなんとかうまく風に乗れたみたい。体を傾けたりして進行方向を調節し上昇気流に乗って高い位置まで上った。飛空船よりもかなり速く進む景色に、背中に乗せている皆が心配になった。
「リッカ、みんなちゃんと乗ってる?」
「はーい、大丈夫ですよー。約一名青ざめていますけど。あ、ヴェイグが元に戻ってます。もうすぐ朝ですねー」
リッカの言うとおり、山脈の東側へと回り込むと朝日が昇ってきた。朝の清浄な空気の中、風を切って飛ぶのはすごく気持ちがいい。川、平野、道、家。眼下の景色があっという間に後方へ流れていく。早めに戻らないと人に目撃されてしまうかもしれない。
「もうすぐ王都ですー」
「どこへ降りればいいかしら」
「エルンストが城の庭に降りてくれってー言ってます―」
城の庭か……大注目を浴びるに違いないけれど、何か考えがあるのかな?王都の上をゆっくり旋回し、着地に適した向きを探る。滑走路みたいな場所が有ればいいけれどそれは無理だ。羽ばたきながら高度を落とし、位置を定めてゆっくりと降りていく。見張りの兵士が騒ぎ出し、やっぱり蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
足の裏に地面を感じ膝を折り曲げて腹ばいになると、背中の上からまるで虫が飛び降りていくような感触がする。ちょっとだけこそばゆい。
「お疲れ様ですー」
「皆降りた?」
「はい、大丈夫ですよー」
人型の自分をイメージしてしゅるしゅると体を縮ませていく。体制はドラゴンの時のままなので腹這いになったままだ。上体を上げ立ち上がろうとするとウィルが手を差し出してくれた。
「お疲れ様、大丈夫?」
「うん、そっちこそ怖くなかった?」
「揺れた。すごく揺れた。吐くかと思った。二度と乗りたくない。へたくそ」
と、ヴェイグが答えるとウィルがお腹に肘鉄を食らわし、笑顔でこちらに「大丈夫だったよ」と答える。
距離を置いて周りを取り囲んでいた兵士たちの中から数人がエルンストに駆け寄ってきた。
「エルンスト、よく無事だったな」
「俺ァもう流石の紫竜家当主も死んだかと思ってたぞ。なかなかしぶといなァ」
宮廷魔術師団や騎士団の人達らしい。エルンストにも仕事仲間のような人たちがいることに驚いた。私たちには普通に接しているけれど多少偏屈なイメージが有ったので、少しだけ安心する。にこやかに笑ったりど衝かれたりしているエルンストは……なるほど、これが仲間を逃がしたり副師団長を務めたりする時の顔か。
「アリシア…様が助けに来て下さったのですよ」
そう言ってエルンストが私を紹介しようとこちらを向く。ああ、城に降りた理由はこれか。自分の周りに私を知らしめて、何かあった時に少しでも私の助けになるようにしてくれているのかもしれない。
自己紹介しようと一歩踏み出そうとした瞬間。
―――私の意識は暗転した。
見慣れた天井は、エルンストの屋敷の私の部屋だった。城の一室でないことが少しだけ笑える。勿論自嘲と言う意味でだけれど。すぐそばにリッカとコハクがいた。二人とも涙で瞳が濡れている。
「起きた……うわーぁン、ご主人様ー」
「主、寝坊が過ぎるぞ…まったく」
「ごめんごめん。やっぱ魔力切れかな?」
二人とも頷いた。契約切れこそ起こしはしなかったものの、ドラゴン化して飛ぶなんて言う体力的にも精神的にも疲れることをしたせいで三日も寝込んでしまったらしい。
「いろいろな人がお見舞いに来てくれたんですよー。今も……」
「もう三日も起きてこないんだぞ」
師匠の怒鳴り声が別の部屋から聞こえてきたので、驚いて二人と顔を見合わせる。一体誰に向かって声を張り上げているんだろう。二人を連れて寝間着のまま声のする方へと向かった。
「お前がいながらなぜアリシアに無茶をさせた?人様の家の事情に首突っ込んで魔力をご丁寧に敵さんにくれてやった上にドラゴン化。飛ぶ練習もしていないのにエルンストやウィルを乗せて」
「師匠、だからこれはアリシアが自分で突っ込んでいったんじゃなくて、迷惑かけた先生にお詫びしに行ったら罠に懸けられて……」
「そこまでは分かる。だがその先は?どうしても止められない状況だったか?」
私のせいでウィルが師匠に怒られていた。
飛ぶ描写のために少し調べたのですが、垂直に飛び上がるのはドラゴンでも無理そうですね。まあ、そんなことを言ったら巨体を持ち上げるのにどれだけ翼を大きくしなければならないんだろうって疑問も出てくるんですが。きっと魔力も使っているんですよ。うん。
少し考えたのがハチドリ並みに翼を動かすドラゴン……ちょっと嫌だ……。




