説得
「このまま家に、王都に帰ろう。エルンスト」
努めて笑顔で答えた私にエルンストは片眉を上げる。リッカとコハクとヴェイグはほっと息を吐いた。ウィルは……呆れたような顔をしている。エルンストは静かに怒っているようで声が少し低くなっていた。
「ここで殺さなければ誰かが犠牲になるかもしれないのですよ?」
「自分の安全の為に誰かが犠牲になるのは嫌よ」
「貴女が死ぬだけならそれでも許されるかもしれませんが、……私が許しませんけれど……この者が魔王化を進めるのなら犠牲になるのはむしろ貴女の周りです。ウィルやロベルト、エリーゼやコルネリアが犠牲になってもいいのですか?」
私は首を振る。そんなことは昔からわかっている。何度も何度も自分に問いかけて追い詰めて迷って考えてきたことだ。
「魔王化を防ぐ一番効率のいい手段を考えたことがあるかしら?エルンスト」
エルンストは私から視線を逸らせた。きっと考えたことがあるのだろう。そしてたどり着いた答えは私と同じ……
「私自身が死ぬことよ。でもそれは父様と母様がばば様に私を預けたことも、ばば様が私を育てたことも、師匠達との約束も、村で過ごしてきたことも全部無駄にしてしまう。かと言って枢機卿を殺して生き延びたとしても魔王化の原因が全くなくなる理由にはならない。むしろ犠牲の上に成り立っている自分の存在に嫌気がさして魔王化の一因になってしまうかもしれない。そして銀竜家がしてきたことと何一つ違わないのよ」
私は早口でまくしたてた。全部吐き出したくて、怒りのこもった声になってしまったかもしれない。帰ろうともう一度言おうとしたその時。
「心配しなくとも、生命維持装置を外してしまえば死ぬ状態ですよ。ここは死期を悟った魔力の高い者たちが、最期まで銀竜家の役に立てるようにと自ら入る場所です」
入口から男の声が響いてきた。カツカツと靴音を立てて室内に入ってくるのは神経質そうな顔をしたやせ形で背の高い男だった。ヴェイグが脂汗を垂らしながら頭を下げている。ああ、この人がもしかして……。
「銀竜家当主、グイード・アルジェントと申します。以後、お見知りおきを、アリシア様」
そう言って男は恭しく礼をした。薄い銀色の双眸は人を人として見ていない気がするほどに冷たくて、良く出来たアンドロイドのように違和感のある笑みを浮かべている。彼も、何かしら実験を受けていたのだろうか。
「貴女が魔力を供給してくれたおかげで彼らが生きている意味もなくなった」
グイードがそう言って、筒形のタンクに付属している機械を触る。室内に響いていた複数の機械の駆動音が魔力貯蔵の物一つだけになった。生かす方向でまとまりかけていた考えは第三者の銀竜家当主によって断たれてしまう。しかもスイッチ一つであっさりと目の前で命が奪われた。躊躇いもなく、何の感情もなくその行動がとれる銀竜家の当主。実際に会って話をしていない枢機卿よりもこの人の方が恐ろしいと感じた。
「何てことを…」
「王女の敵を排除することが出来て本当に良かった。我が一族の恥さらしを処分する機会を私の手にゆだねて下さって有難うございます」
人を殺した後とは思えないほど穏やかな表情はやはりどこか歪だ。いや、もしかしたら表情などないのかもしれない。
でも……少しだけ、ほんの少しだけ敵がいなくなった事に安堵してしまっている自分が嫌で嫌で。せめて今まで犠牲になってきた者たちに何か報いることが出来ないかと、考えを巡らせる。偽善だ。自分の悪い感情を隠そうとするのは偽善以外の何物でもない。それでも……。
「王族の括りの中に私を認めると言うなら……王女の名において命じます。今後一切命を犠牲にする様な実験は止めなさい」
「なぜですか?この国の人々の生活は今ではほぼ魔力によって成り立っているのですよ。それらを保つことは担っているのが銀竜家の役割であり誇りなのです。魔力を持たぬ者はそれだけが希望なのに」
「魔力の必要性は理解しています。ここまでくる間に一族の方々がどんな思いを持っているのかも少しずつ分かってきました。家には家の考え方があり、道を説くほど私は徳が高いわけでもありません」
グイードの反論に私は頷きつつ、理解を示した。出来た人間ではないから、人道的に間違っているなんて説教をすることは出来ない。私が常々考えている人を殺してはいけない理由はあらゆる可能性をつぶしてしまうから、だ。でもそれは人を一人殺してしまっている私が言えることではない。ただ一つ、今の私が言えること。
「それでも、私がせっかく助けた女の子が殺されてしまったに事はちょっぴり…いえ、かなり腹が立ちました。例えそれがあなた方の言う『彼女が望んだこと』だとしても。ただそれだけですよ」
「そんな……ただそれだけで人類の進化を止めてしまうのですか」
そう、人が死んでもただそれだけの事と言い切れてしまうこの男に何とか実験を止めさせることは可能だろうか。命の尊さをいくら説いたところでおそらくは無駄だろう。だから別の方向から説得することにした。
「人や生き物を犠牲にしなければならないような進化の仕方をするくらいなら別の方向に進化しなさいな。魔力や魔石に変わる資源エネルギーを開発したりいくらでも方法はあるでしょう?一種類だけに頼ると、それを失った時に大変なことになるわよ」
この国は文明も文化も一定の水準に達しているはずだ。戦争もしておらず、教育も行き届いており、貧富の差はあるものの貧困で何千何万もの人々が死ぬわけでもない。平和を脅かす魔王……は私がならなければ大丈夫。
「別のやり方を探る土壌はあるはずです。赤竜家の魔石の仕事にも影響が有るでしょうから急激な進化を遂げなくていい。魔力の猶予はたっぷり千年。それだけあるのに今の状態を銀竜家が続けるのなら、愚かしいことこの上ないわね」
グイードはピクリと反応した。魔力の貯蔵なんて技術があるならば、発展しにくいこの世界でも何らかの変化は望めるはず。
「今の私にはあなたを監視する力もないし、引き換えに与えられたのは先ほど供給した魔力だけしかない。表だって率先して行動を起こせる立場でもない。ここから先は、あなたの誠意を信じられるかどうかしかない。」
グイードを真っ直ぐ見据えて胸の前で固く両手を握りしめ、説得の閉めの言葉を告げる。
「銀竜家の誇り、私に見せて下さいな」
これで犠牲が出なければ良いと思う反面、こんな少しの、私なんかの言葉で説得できるわけがないと心のどこかで思っている。
「アリシア様はまるで転移者のような考え方をするのですね……分かりました。魔力至上主義の銀竜家の意識を変え、犠牲を失くす方向で努力いたしましょう。私の代だけで到底為し得るとは思えませんが……」
いつも斜に構えたような表情のヴェイグが満面の笑みを浮かべたのがとても印象的だった。ああ、とても綺麗。これで、あの子も浮かばれたかな……。
「しかし……千年分ですか……王族の魔力がこれほどに多いならどうして協力を求めた頭首が今までいなかったのか不思議でなりません。もし改革がうまくいかなければ、この先も補充を王族にお願いしてもよろしいですか?」
「ええと、それは……」
「王族が許しても紫竜家が許しません。それにおそらくはアリシアのみが常識はずれな魔力の量なのでしょう」
エルンストが止めに入る。これを承諾してしまったら犠牲が銀竜家から王族に移り変わってしまうだけになる。グイードは納得して残念ですと一言だけ述べた。意識を変えると言った傍からこれでは道のりは長そうだ。私はため息をついた。
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