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私が魔王になる前に  作者: よしや
第二章
109/145

研究所

「エルンスト、被験者は……その…希望を聞いてから逃がしていたりとかするの?」

「どうしてそんなことを聞くのですか?」

「自ら希望して実験を受ける人もいるみたいだから、そのような人たちはどうしたのかしらと思って」

「私が逃がしたのは銀竜家の者たちではなく、素材となる生き物たちです」


 そっか、そうすれば実験は滞るし助けても恨まれることは無いよね。それを聞いて少しだけ安心した。

 コハクの術を受けて少しずつ顔色がよくなっていくエルンスト。走ることは無理でも空を飛ぶことは出来そうだ。


「他に助けた方がよさそうな人はいる?」

「味方は全部逃がしましたし、大丈夫です」

「ご主人様ーヴェイグはどうするんですかー」


 おぉっと、忘れてた。顔に出ないように顎に手を当てて考えるふりをする。むむむと難しい顔までしてみせる。吸血の衝動を抑える薬がここにしかないのなら、結局は戻ってこなくてはならないし、そうなると私が連れ出す道理が無くなる。


「学校にもしばらく来ていないよ。俺と同じクラスなんだけど」


 ウィルの一人称がいつのまにか僕から俺に変わっている。制服で僕って言っていた記憶はあるから、夏休み中に何かあったのだろうか。指摘をしてからかいたいんだけど、お年頃だものね。黙っておこう。


「何?アリシア、にやにやして」

「えっ、ううん、何でもない。それでヴェイグはどうしよう?リッカ、位置はここから近い?」

「えっとー近づいてきてますね」


 エルンストを立ち上がらせて地上に出ると、そこにはまがい物の月を背に立つ銀髪の美青年……美少年?細面の、女装しても似合いそうだなーって位の男が微笑みながら立っていた。


「あれが夜型のヴェイグですー、くっ、一度見て免疫ができたとはいえ破壊力抜群ですねー」


 リッカは頑張って耐えている。気絶するほどの美形……?私は首を傾げてヴェイグの顔をじっと見る。今は私よりも背が高くなっているので顔を下から見上げる形になる。そのつもりはないのだが眼を付ける形になっていたようでヴェイグの微笑みが崩れたじたじと後ろに下がった。あ、中身はそのまんまだ。


「アリシアは平気なんですか?」

「んー、うん、平気!そっか、今は夜なのね?」


 エルンストに聞かれたけれど、本当に平気だ。リッカ以外の女の子の反応ってどうなんだろう。ヴェイグはがっかりした表情で肩をすくめる。


「あんたの反応見てからかってやろうと思ったんだけどな……残念だ」

「何か御用かしら?」

「案内役から連絡受けて迎えに来たんだ。まさかそのまま帰るつもりじゃないだろう?」

「そのつもりだけど」


 ヴェイグの顔が引きつった。エルンストを助け出し、素材の被験者もいない。グロテスクなものを見ないで済むならその方が良いし、自分と違う常識を持つ人たちとの交流は見聞を広げる程度ならいいけれど、染め上げられて私自身を素材に差し出してしまいそうで嫌だ。


「ルロイ先生に魔力の供給を頼まれたんだろーがっ」

「エルンストを餌にされただけでそれを引き受けるとは一言も言ってないわよ」


 一刻も早く帰りたい。ヴェイグは知り合いが犠牲になったから実験を嫌悪しているみたいだけれど、成功していたら私を素材として確保する側に回っていたかもしれない。

 私の答えにヴェイグは引きつった顔をしていたが、やがて渋々と頭を下げる。


「お願いします。付いて来て下さい」

「仕方ないわね、分かったわ」


 ほっとした顔で「こっちだ」と歩き出すヴェイグ。捕らわれの身となっていることを想像していたけれどどうやら大丈夫そうだ。……下っ端感が否めない、と言う感想は心の中にとどめておこうと思った。


「その格好じゃとても寮には入れないな」

「ああ、毎日ここへ帰る羽目になるんだ。嫌になる」

「制服が大きいのは間に合わなかったときのため?」

「よく気が付いたな」

「最近学校休んでいるのはどうしてだ?」

「あんたに関係ないだろう」

「一応生徒会長だからね。学校に何か問題があるなら力になるよ」

「……家の問題だ」


 ウィルとヴェイグが話をしながら歩く。私はエルンストを気遣いながらその後を追った。コハクはしんがり。リッカはウィルたちの方へふらふらーと吸い寄せられるようにして飛んでいる。

 牢屋を出てから人が一人もいない。町があった建物を出てからも天井には空の映像が映し出されていて、今は夜だ。魔力を供給するのはどれくらいの時間がかかるんだろう。明日の授業に間に合うだろうか。


 皆でぞろぞろと連れ立って歩くうちに建物の内部は段々と実験施設の体を為してくる。鎖や檻、ガラスの水槽、機械から伸びているチューブ。どれにも捕らえられている者はいなく、空の状態だ。開け放たれた扉の奥には巨大な空間が広がっていて天井に空いた穴からは本物の空が見えた。


「ここに、ドラゴンが一匹捕らわれていたんです。他の生き物はすんなり逃がせたのですが、元気が良くて大暴れされちゃいましてね」

「それで逃がすためにエルンストが捕まってしまったの?」

「まあ、そういう事です」


 仲間を逃がしつつ、追手の攻撃を防ぎ、治癒魔法をかけて元気になった暴れるドラゴンの攻撃を防ぎ、逃げ道を作るために天井をぶち破る。一人この部屋に残った後も複数の状態異常や呪詛の類の魔法を一斉にかけられつつ、剣や弓で物理攻撃もされ流石のエルンストもなす術もなくなってしまったそうだ。


「死を覚悟したんですが……捕らえてどうするつもりだったのでしょうね」

「ああ、それは上でももめたみたいだ」


 私とエルンストの会話にヴェイグが混ざってきた。


「神殿の考え方に近いやつらはアリシアを捕らえるために使うつもりで、実験馬鹿はエルンストが人からどうやって変化したのか調べるつもりで、アリシアが紫竜家に良いように使われているから助け出せと言うやつもいて、後は素材を逃がされてしまったから魔力供給だけでも協力してもらおうと言う一派もいて……」

「ぐだぐだね……ちなみにヴェイグは魔力供給派?」

「ああ、素材がいなくなって魔力が備蓄されれば犠牲者はしばらく出なくなると思う」

「そういう事なら仕方ないわね。さっさと済ませるわよ」


 たどり着いた先は薄暗い部屋だった。魔力の流れが光となって貯蔵されるため、見やすいようになっているらしい。部屋の中には巨大な透明のタンクと、液体の中に人が入った筒状のタンクがいくつか置かれていた。……見たくない。エルンストがここを残したという事は、中の人たちもきっと狂気じみた考えの人なんだろう。


「銀竜家の人?」

「ああ、自分から魔力提供の為に中へ入った人たちだから気にするな。ここに手を当てて魔力を流し込むんだ。無理しなくていいからな」

「分かった」


 言われた通りに台の上に手を当てると複数の光の筋が回路のように走って行き、目の前にある巨大なタンクの中へ雨のように降り注いでいく。どのような構造になっているのかさっぱりわからない。魔力が液体のように貯蔵できることも知らなかった。タンクは五メートルほどの高さで、残っていた魔力は下から五センチ程度だった。私が手を当ててからはみるみるうちに貯まって行き、あっという間にタンクの上方に達したので手を放した。

 横にある機械の目盛をヴェイグが見ている。微妙にアナログな所がこの世界ならでは、かな?


「ひゃ、え、千年分?」

「あら、この機械千年も保つの。すごいわね」

「だーっ驚くところはそこじゃねえっ。あんた本当に何ともないのかよ。これ、数人がかりでやってようやく一週間分だぞ」

「契約が切れていないから大丈夫ですよー、ねーコハク?」

「うむ、流石は主」


 私の代わりにリッカとコハクが答える。二人とも何だか誇らしげでこちらまで嬉しくなってくる。

 ―――千年、犠牲が出ない状態を作り出せたという事だ。


「ヴェイグ、この人たちは解放されるのですか」

「さあ、そこまでは知らん」

「どうしたの、エルンスト」

「この中に入っているのは……神殿の、枢機卿ですよ」


視線の先には年老いたエルフがいた。病気だと聞いていたのにこんな所にいるとは思わなかった。魔力を供給してしまったという事はこの人たちがここから出る理由を作ってしまったという事で、このまま放っておいたらまた私を魔王にするために、或いは私を殺すために動き始めるのだろう。

 ここで私や周囲にとっての災難の芽を摘んでおけるなら……。


「殺しますか?」


 エルンストの問う声にびくっと反応してしまう。心を見透かされてしまったのだろうか。エルンストの顔が見られない。いとも簡単にそんなことが口にできてしまうエルンストが恐ろしいとも思った。

 私が出来なくても相手は無防備だ、エルンストに頼めば簡単に事が済んでしまうのだろう。みんな黙って私を見ている。



 私が出した答えは―――



アリシアは(がん)を付けたと思ってますがヴェイグは上目づかいか睨まれたか微妙な所だと思っています。どちらにしろ内心は心臓バクバクで蛇ににらまれたカエルの様な状態。

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