呼び出し
かちゃり、と音を響かせて私の背後で扉の鍵は閉められた。何度も想像してきた所謂いじめの一環で、普段使われることのない部屋に閉じ込められてしまったようだ。定番すぎる手段に何だか安心してしまっている自分がいる。せっかくファンタジーな世界なのだ、もっと奇想天外な手段を講じてほしかった。
誰々がどこそこで待っているから、と呼び出されればリッカに調べてもらって本当かどうか事前に確かめたし、次の授業の教室が変わったと言われればそれを言ったクラスメートについて行った。おかしいよね、教室が変わったはずなのにその子は真っ直ぐ別の場所へ歩きはじめるなんて。夏休みが終わってからこの所頻繁にそんなことがあって警戒をしていた矢先の事だった。
「旧校舎にて待つ」
そんな古めかしい文言の書かれた紙切れが、寮の自室の扉の隙間に挟まれていたのは今朝方の事。リッカとコハクに見せ、無視する方向で対処の仕方は決まっていたのだが……。寮母さんに相談する手もあったけれど、目立つことはしたくない。
そんな中、小耳にはさんだ情報がルロイ先生が復帰して、旧校舎に出入りしているというものだった。ルロイ先生は一番最初の座学の授業で私に怯えて逃げ出してしまった人だ。ヒルデガルド先生に真偽を確かめてみる。
「ええ、確かに復帰を希望されているけれど授業のカリキュラムや受け入れ態勢が整っていないのでもう少し待ってほしいと言ったら、旧校舎を使って研究をしたいと申し出があったの。元々先生を目指していたのではなくて研究者の道を選んだのに、いろいろあってここへ来たのよ」
「私が手伝いを申し出たらご迷惑でしょうか?」
「授業での様子を私は見ていないから、何とも言えないわ。一度声を掛けてから様子を見たらどうかしら?」
呼び出し状の事が頭になかったわけでは無い。ただ、女子寮に入ることが出来るのは女性だけであって、少し失礼かもしれないがルロイ先生に頼まれてそこまでする生徒はいないと思う。呼び出し状と、ルロイ先生がここに居るのは偶然だろう。手伝いを断られてもせめてお詫びがしたいと思い、リッカとコハクを連れて旧校舎に入った。
旧校舎は木造の古びた校舎で、かなりの年代物だ。こじんまりとした建物で研究棟として使われていたらしい。リッカによると二階に誰かいるらしい。誇り臭い空気を我慢して奥の方へと進み、一階を一通り見て回ったが誰もいなかったので二階へ上がる。どこからか風が吹いてくるのを感じて辿っていくと、窓の開いている部屋があった。部屋の中に入り、冒頭に至る。結局いじめの方に先に飛び込んでしまった。
「窓が開いているのにドアを閉められてもね……」
ふらふらと窓の方に寄って行こうとするとリッカが叫ぶ。
「動かないで!ご主人様」
ぴたりと動きを止めた私の足元には、魔法陣がかかれていた。危ない危ない、あと一歩踏み出していたら踏んでしまう所だった。ただのいじめかと思ったら随分と手が込んでいる。その辺に転がっていたペン立てを放り込むと魔法陣が一瞬光り、ペン立てが消えた。これは……。
「銀竜家の転位陣……よね?」
「ご明察……流石はアリシア様と言ったところですか」
「もしかしてルロイ先生ですか?」
扉の外から声が聞こえる。一度聞いただけなのどはっきりと覚えていないけれど明らかに生徒の声ではない。是とも否とも答えない人物は、そのまま物騒な言葉を続けてきた。
「アリシア様、魔法陣で転位するか、ここで死ぬか選んでください」
「行先はどこかしら?」
「銀竜家の研究所ですよ。可哀想な被験者を助けたいとお望みでしょう?慈悲深い王女様」
やけに饒舌だ。私を恐れて授業を逃げ出した先生とは思えないほどに、声は震えもなくはっきりとしている。リッカに聞くと確かにルロイ先生だと言う。ただ、前に会った時とはだいぶ変わっているらしい。慈悲深いなんて言われるようなことをした覚えは全くないのだけれど、誰から聞いたのかしら。
「悪いわね、怖ーい保護者達から勝手に出歩かないように言い含められているのよ」
「転移先にエルンスト様が捕らわれているとしてもですか?」
ゆっくりと瞳を閉じる。考えろ。この魔法陣の先に本当にエルンストが捕らわれているとして、私が助けられる可能性は?エルンストが敵わなかった相手を私が倒せる可能性は?全部終わらせることが出来たとして、私が魔王にならない可能性は?
おそらく一番いい方法は、この場を突破してウィルや師匠に助けを求める事だろう。でもせっかくの移動手段を逃してしまうのは惜しい。
「リッカ、時間を稼ぐからウィルだけでも呼んできて頂戴」
扉の外に聞こえないように小さな声でリッカに話す。リッカは魔法陣に懸からないように隅の方を通って窓の方に向かう。空を飛んでいるから突っ切っても大丈夫だろうと思うが……
私はルロイ先生に声を掛けた。今聞いてもおかしくないような質問をして、時間を稼がなくては。
「この魔法陣は複数が乗っても大丈夫な物なのかしら?」
「ええ、あなたが連れている、妖精も猫も連れて行って構わないですよ」
ウィルが来ても大丈夫、と。暫くは魔法陣に関しての質問を続けよう。
「本当にエルンストのいる研究所に通じている確証はあるの?」
「それは、入って頂かないと証明できませんね」
つまり罠でとんでもないところに飛んでしまう可能性もあるという事だ。
「どうして私をそこへ送りたいの?」
「あなたの豊富な魔力を少しばかり分けていただけば、研究への多大な貢献となるでしょうね。そうすれば私はこんなところで終わることなく再び研究所へ戻ることが出来る」
誘拐じみたことをしている感覚は無い様だ。すぐに返してくれるつもりなのだろう。魔法陣の向こう側にいる人もそうだとは限らないけれど。
「誰かを人質にされていたりするの?」
「何とまあ、本当にお優しいことですね。大丈夫ですよ、私の身内なぞ、疾うに被験者として死にましたから」
「それは……ご愁傷様」
「いいえ、二人とも銀竜家の為に尽くせると知って、喜んでいましたから。むしろみじめに生き延びている私の方が……」
思ったよりも根は深い問題かもしれない。被験体が助けてほしいと思っていなかったら?エルンストたちが助けようとした被験体は逆にエルンストたちを襲うかもしれない。……自分の意志で。そうしたら、助けに行っても意味がないのではないか。
「寮の部屋に手紙を届けたのはどなた?」
「話すことは出来ません」
「私はあの手紙とルロイ先生が結び付かなかったわ。先生を怖がらせてしまったお詫びとお手伝いがしたくてここへ来たのよ」
「ならばなおさらその魔法陣へどうぞ、それが一番の手伝いになりますよ」
リッカが戻ってきた。窓のふちに手が掛けられその後ウィルの頭が出てきた。魔法陣を踏まないように床に足を付けると、窓の外へ手を差し伸べる。もう一人現れたのは水色の髪。ひょっこりと出た顔はヒルデガルド先生だった。……エルフってこんなに面倒見がいい生き物なのかしら?
かちゃりと扉の鍵が外れる音がした。キイッと木製の扉がゆっくりと開かれるのを見たウィルが助走なしで魔法陣を飛び越えようとするが、空中で姿が掻き消えた。おそらく転移してしまったのだろう、急いで私も魔法陣に飛び込んで後を追った。
途中から敬語を外すアリシア。無自覚で敵と認定しています。




