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私が魔王になる前に  作者: よしや
第二章
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ただいまと、おかえり

「ただいま、師匠。お土産買って来たよ」

「お帰りアリシア。お前がいなくて寂しかったぞ」


 エルンストの屋敷の玄関先で師匠は両手を広げて満面の笑みで待っている。……どうすれば良いのかしら。私が躊躇しているとリッカが代わりに飛び込んで行ってくれた。


「リッカ、お前じゃない」

「えー可愛い可愛いリッカちゃんに抱き着かれたんだからーそこはほらー喜ばないとー」


 気を取り直した師匠が両手を広げると今度はエルンストが……


「お前じゃないっ」


 飛び込む前にはたかれた。うん、そう来ると思っていた。はたかれた頭をさすりながらエルンストはそのまま屋敷の中へ入って行った。師匠はさらに両手を広げるので私は足元にいる猫姿のコハクに目をやると、何やら冷や汗を垂らし困った顔をして私を見上げている。やがて諦めたように師匠のもとへ駆け寄って行った。


「よーしコハク、お前は主思いのいいやつだなー」


 座り込んでコハクをひとしきり撫でた師匠はすくっと立ち上がってまた同じポーズをとる。まだやるか。


「さあ、残るはアリシアだけだ。恥ずかしがらずにお父さんの胸に飛び込んで来い」

「……お父さん、うざーい」


 一人残った私はとっておきの言葉を掛ける。ガーン、と背後に書き文字が見えそうなほどショックを受ける師匠。あまりに可哀想なので仕方なく抱き付いてあげた。我に返った師匠が一瞬間を置いて抱きすくめようとしてきたので、その前にしゅっとしゃがんでその場を離れる。師匠の手は空を切った。


「アリシア、どこでそんな高等な技を覚えたんだ」

「行動でツンデレるなんてご主人様凄いですー」

「デレてないわよ。師匠、これお土産」


 買ってきたチーズを師匠に渡して屋敷の中に入る。屋敷の中ではセバスチャンとマーサが出迎えてくれたので、みんなで分けてとお菓子を渡す。ずうずうしいかもしれないが、帰ってきてほっとできるのはすっかりここが我が家となってしまっているからだ。ここに来たばかりの頃は見る夢のほとんどが森の家が舞台だったが、最近は段々と数も少なくなりその代わりにこの屋敷が出てくるようになっている。

 記憶は嫌でも塗り換えられていく。楽しい思い出もつらい思い出もあっというまに過去の物になってしまうから、今回の旅行もどんどん色あせていくのだろう。そう思うと旅を終えてしまったことが少し寂しくなった。


 夕食時、師匠に別荘で体験したことを語る。飛空船で出会ったドラゴンに再会したことを伝えると、懐かしそうに目を細めた。


「アリシアはいろいろなものを引き寄せる力があるな。良いモノだけでなく悪いモノもそうなんだが、これから先、窮地に陥った時には何が助けになるか分からないから出会いは大切にしておけ」


 私は神妙な顔をして頷いた。実は既にいろいろなものに助けられている実感があるのだが、恩を返せているのかいまいちよく分からないのだ。大切にできているかどうかさえ分からない。他人から見てどう思うかが知りたくて師匠に聞くと、実感を持っていて感謝の念を相手に伝えるだけでも恩返しになると言われた。助けられるのが当たり前になってしまって、感謝の念すら忘れてしまうのが人として残念な事なんだ、と。


「相手に見返りを求めて助けるのも残念なことだ。巡り巡って自分の大切な人に返ってくるかもしれないからな」

「それ、エリーゼに似たような事を言われたわ」


 詳しく放すとエリーゼのプライベートなことになってしまうので、その話題は避けて夕食を終えた。

他所の食事を食べていて思ったのだけれど、この屋敷での食事がふるさとの味になりつつある。ばば様が作ってくれていたご飯の味が、なんだかおぼろげになっている気がした。レシピの情報交換や一緒に作ったりもしていたみたいだから近い味にはなっているのだろうけど、少し、寂しい。


 師匠とエルンストはヴェイグから引き出した情報をもとに、銀竜家の研究所を調べるようだ。信用できる宮廷魔術師や騎士団の中でも隠密行動に長けたものを連れて潜入する心算らしい。細かいところまでは話してくれなかったけれど、万が一のことを考えて私に告げることを決めたと言う。


「被験者は状態によっては殺すことになるかもしれません。救出した後はどうするのか、銀竜家の頭首が気付いて何を言って来るのか、国の経済や魔石の技術にどんな影響を及ぼすのか……。これから計画を詰めて実行に移します。ロベルトは置いていきますので何かあった時には彼を頼ってください」

「私も連れて行けなんて言わないよ。全部を救えなんて無茶なことは言わない。だから、生きて帰って来なさい」


 命令口調は未だに慣れない。まだ少し照れと違和感があって、コハクやリッカ相手にはなれてきたのだけれど人が相手だとどうにもこそばゆい感じがするのだ。言った後で顔が火照るような感じがした。


「仰せのままに」


 エルンストは胸に手を当て、会釈をするように頭を下げて笑顔で答える。出来ない事なんて何もないのではないかと思っていたけれど、それでも心配は心配だ。約束は破られてしまうかもしれないけれど命令ならば生きて帰ってくる確率が上がる気がした。……こんな考え方している時点で、死ぬかもしれないことを少しでも考えているようで嫌だ。

 気を取り直していつごろ帰ってくるのか聞いてみた。暫くはここで根回しをしてから研究所に乗り込む事になるが、どれくらいの時間がかかるかは言わなかった。場合によっては長期戦になることを予想していたようで、確約が出来ないと。


「いつ帰ってくるか言っておくと、間に合わなかったときにアリシアが特攻してきそうですからね」


 師匠が有り得るな、と言って笑っている。むうっとふくれっ面をしてみるものの、否定はできなかった。場所が知らされなくてもこちらにはリッカがいるし、戦力としてはコハクもいるし、潜入が目的なら人数は少ない方が良い。考え込んでいるといつの間にか寄ってきた師匠に顔を覗き込まれていた。


「何をたくらんでいるんだ?お前は留守番だ」



 エルンストは、夏休みが終わって新学期に入っても帰ってこなかった。私は寮に戻って何事もないかのように学校生活を送る。外部に情報を漏らすことの無いようにエリーゼやコルネリアにも別荘での話は控えるように言っておいた。リッカの情報によるとヴェイグは学校に来ていないらしい。ウィルにも話しておいた方が良いだろうか。師匠に意見を聞いてからにしよう。


 目安でいいから期間を言ってほしかった。待っている方は気が気でない。寮に戻ってからからひと月が経ち、最初は時折入った連絡もすっかり途絶えてしまった頃の週末……。


「エルンスト様が帰ってこなければロベルト様が紫竜家の次の頭首になります。我々はそのように言い含められておりますので」

「あいつがそんなにあっさりやられるワケがないだろ。その話は本人からも聞いているが、俺はまだその時期ではないと思っている」


 深夜、セバスチャンと師匠の言い合いが聞こえてきたので声のする方へ向かう。主を失うかもしれないという心配を微塵も感じさせない冷静なセバスチャンに、師匠は腹を立てているようだった。師匠がこちらに気付き、気まずい空気を誤魔化すように咳払いをする。ばば様の時もそうだったけれど、万が一の時の取り決めを私は知らされていないことが多い。


「アリシア、お前はちゃんと寮に戻れよ。あいつがどんな状態であれ、お前の生活に支障が出ることはあいつだって望んでいない筈だ。俺も騎士団や宮廷魔術師団に掛け合って様子を探ってみる」


 師匠も少し余裕がなくなっているようだ。当たり前だよ、家督を譲られるほどの親友が中々帰ってこないのだもの。心配しては見るものの動くことが出来ないのは私だって同じだ。こういったもどかしさを私は何度も経験しているけれど、師匠はひょいひょいと自分で動けてしまう人だから免疫が無いのかもしれないな。


「分かった。私もエルンストにお帰りを言いたいから、もし帰ってきたら直ぐに知らせて頂戴」

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