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私が魔王になる前に  作者: よしや
第二章
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リッカの好奇心

 私たちが遅めの夕食を食べ終わったのにエルンストたちはまだ応接室から出てこない。エリーゼ達と一緒に食事を届けに行こうとすると、丁度エルンストが部屋から出てくるところだった。


「ああ、どうもすみません。気を遣わせてしまって……」

「気になさらないでください。今夜は遅いのでヴェイグ先輩に泊まって頂こうかと考えているのですが、お話は終わりましたか?」


 エリーゼとエルンストが話している間に、私とコルネリアが食事を部屋に運び込もうとするが、エルンストが扉の前に立ちふさがって制止する。怪訝に思い、「エルンスト?」と聞くと何やら焦りながら言い訳めいたものを口にし始めた。


「ええと、その、吸血鬼の生態と言いますか、独特の食事をとるために魔眼の他にも相手を魅了するための手段として、容姿が昼間とは変わっていまして……」

「ヴェイグはその姿を見られたくないと言っているの?」

「いえ、私が見せたくないだけです。その、アリシアだけでなく他のお二方も心配で」


 そういえば、制服の時も先ほども体に合っていない大きめの服を着ていた。もしかしたら夜間には背丈が伸びたりするのではないだろうか。昼間の女の子の様な容姿から察するにかなりの美形になることが予想される。容姿に対してあまり言及することのないエルンストが言うくらいだ、私たちの年ごろの女の子が見たら人生狂わされてしまうかもしれない。私は少し考えて、足元にいる猫状態のコハクに話しかけた。


「コハク、人型になりなさい。これ持って行ってあげて。エルンストは自分で持って」

「察しが良くて助かります」


 二人は極力ドアを開かないようにして部屋の中へ入って行った。コハクの背中にリッカが張り付いて、なぜかこちらに敬礼をしている。まるで死地を覚悟して極秘任務を遂行する兵士のようだ。手を伸ばして声を掛けようとしたが、ぱたりと扉は閉められた。


「入っちゃたね、リッカ」

「大丈夫かしら……」


 三人で心配をしながら、扉の前で待つ。リッカの騒ぐ声なり悲鳴なりが何も聞こえてこない事が、とても不思議で、とても不気味だった。沈黙が暫く続き、耐えきれずに部屋のドックをノックする。


「リッカが入って行ったみたいなんだけれど、そちらにいるかしら」


 ドア越しに尋ねると、コハクがリッカを手の平に乗せて出てきた。私たちから中が見えないように後ろ手に閉めて、別の部屋へ移動するように促した。仕方なくまたみんなでエリーゼの部屋へ集まる。


「ヴェイグの顔を見た途端気絶した。声を上げる間もなく我の背中からポトリと落ちたので危うく踏んでしまう所だった」


 私がリッカを受け取るとリッカはとても安らかな、少しだけ満足そうな顔をして横たわっている。見た途端に気絶するほどの美形……想像もできないや。リッカが興奮しすぎたのか、それとも魔物に対する防衛本能が働いたのか。潜入したリッカから話が聞けないとなればコハクから聞くしかないわけで、三人に囲まれて人型のまま問い詰められることとなった。


「ねえ、コハク。ヴェイグ先輩どんな感じだった?」

「リッカちゃんが気絶するほど美形って、どんな感じなのか興味あるわね」

「コハク、リッカが気絶している以上あなたしか見ることが出来ないのだから教えなさい」


 人型だと言うのに猫状態と接し方が変わらない二人に、コハクの態度もまた変わることは無かった。二人とも結構な美少女だと思うのだけれど、迫られるような状態なのにいたって冷静だ。


「昼間の姿からおそらく想像できるのでは無いか?……そうだな、ロベルトの色を白くして若くして弱そうにした感じか。おそらくそれに無意識の魅了能力が加わる」


 コハクの言葉通りに頭の中の師匠を変形させていく。肌の色を白くして、十代くらいに若くして、筋肉のついていない、線の細い感じに……よく分からなくなってきた。


「ロベルトって誰?」

「あっコルネリアはまだ会った事が無かったのね」


 手短に師匠の事を説明する。エリーゼは面識があるがコルネリアはまだ会った事が無かった。どちらにしろ想像しがたいわねと私が言うと、エリーゼも頷いた。おそらくこの先、夜に会う機会なんて滅多にないだろうから今しかチャンスは無いのだが……三人で話し合った結果、下手に刺激して警戒されるよりはこのままそっとしておいてあげようという事になった。夜はもう遅い。明日は王都へ帰る日、思わぬ事態に遭遇したがとても楽しかった。



 次の日の朝―――

 エルンストが私の事についてどんな説明をしたのか分からないが、ヴェイグが開口一番謝ってきた。一緒に王都へ帰るらしく、手荷物を持って発着場への馬車を待っている間の事だった。……いつ、どこからヴェイグは荷物を持って来たのだろう?


「悪かった。ぬるま湯にどっぷりつかった守られてばかりの馬鹿王女なんて思ってた」

「そう、誤解が解けて何よりだわ」


 わざわざ言わなくてもいいことまで言ってきたヴェイグ。顔をひきつらせながら返事をすると安心したように力の抜けた笑顔になった。敵意は消えているようで安心した。ついでに前から気になっていることを聞いておく。


「そう言えば、ヴェイグは吸血鬼でしょう?普段から血を吸ったりするのかしら?」

「ああ、衝動を抑える薬は飲んでるし、定期的に同意を得て噛まないように頂いているから大丈夫だ」

「私の血を飲むと死んでしまうから気を付けてね」


 いざとなったら血を分けて上げることも考えては見たものの、私の血はたとえ種族が違えどもどのように作用するか分からない。私の言葉を受けて微妙な顔をしたまま、ヴェイグはエルンストに話しかけた。一晩語り明かして二人とも仲良くなったのだろうか。エルンストが銀竜家の研究所をどうにかするつもりなら、大事な協力者となるわけだからその方が良いだろう。


「なあ、このお姫さんやっぱり甘すぎないか?殺そうとした相手にこんな心配するなんておかしいだろ」

「そうなんですよ。村を襲った敵に対してもドラゴンに変身したものの、痛いのは可哀想だからって丸のみにしてしまったくらいですからね」

「「え?」」


 エルンストはメガネをくっと上げて昔のことを話すと、ヴェイグとエリーゼ、コルネリア、私の驚いた声が見事に一致した。私は周りに被害を出さないように配慮しての行動だとエルンストには言ってあるはずだ。敵が可哀想だなんて少しも思わなかった。

 ヴェイグは見る見るうちにもともと色白な顔をさらに蒼白にしてそろそろと地面に跪くと、床にひれ伏して土下座をしてきた。


「すみませんでしたぁっ!ドラゴンになって俺を食べるようなことだけはしないでください。あんなでかい口で……鋭い歯で……」


 きっと昨日のドラゴンとの対峙を思い出しているのだろう。床についたてや肩が震え、冷や汗が頬をつつーっと伝い落ちているのが見えた。見ていると可哀想なくらいに怯えている。


「心配しなくてもそんなことしないわよ。あなたが敵にならない限りはね」

「なりません。絶対に敵にはまわりませんから、どうか御助けを……」


 現在は普段と同じ、女の子の様な姿だ。それが髪を振り乱して恐怖に怯えながら私に土下座をしている。あまり気分の良いものではない。今は別荘の玄関にいるけれど、もしもこれを街中や学校でやられたら……。


「そんなに怒っていないからどうか顔を上げて頂戴」

「なんて慈悲深い…力を持ちながらそれを驕ることをしないなんて」


 今まで斜に構えたような態度だったのに急に信者のように変わる。まるでエルンストが一匹増えたみたいだ。


「エルンスト、貴方何かしたでしょう?」

「ちょっぴり洗脳めいたものを…本当に気のせい程度なんですけど、学校であなたを二度と傷つける事の無いように仕立て上げました。まさかここまですんなりかかってしまうとは」


 洗脳を使う側のくせに自分が掛けられるのは弱いんですねとエルンストはやれやれと言うように首を振った。私は顔を両手で覆って息を吐く。私のためを思ってしてくれたのは間違いない、怒るのは筋違いだ。コルネリアがやけっぱちな声援を送ってくれた。


「アリシア、がんばれー」

「あら馬車の用意が出来たみたいよ」


 皆で乗り込んで別荘を後にする。飛空船に乗り換えてデッキからだんだんと後方へ下がる山脈を見ていると、空を飛ぶドラゴンの姿が見えた。小さなドラゴンが必死になって親ドラゴンに追いつこうと羽を動かしている。助けられてよかったと、私は一人微笑んだ。



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