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私が魔王になる前に  作者: よしや
第二章
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ドラゴン

 小さなドラゴンが親ドラゴンに話しかけるようにきゅーい、きゅきゅいーと鳴いている。親ドラゴンはやがてお腹に響くような低くて渋い声で話し始めた。口を開いてもいないのに声が出るのは何とも不思議だ。


「そこな娘よ。そなたは空飛ぶ船に乗っていた子供か」

「はい、お久しぶりです」


 やはり会った事のあるドラゴンだった。当時、リッカとコハクはいなかったはず。エルンストが静かに傍に近づいてくる。頼むから変に興奮しないでよと思っていると、意外にも静かにドラゴンに話始めた。


「攫われていたお子様のようですね、あちらの彼はどうやらこの子をあなたに引き渡すつもりだったようです」

「どうだか。人と言うものはどうにも信じられん。お前もな」


 エルンストは少ししょんぼりした。大好きなドラゴンと話が出来ているのに信じられないと言われて悲しくないわけがない。後で慰めてあげよう。ドラゴンは地面に顎を付けたまま、歯をむき出しにして威嚇する。


「そやつをよこせ、かみ殺してくれるわ」

「できません、彼も被害者なんです」


 ヴェイグをかばうようにして立つと、後ろでぱたりと音がした。振り向くと気絶して倒れているヴェイグ。結構な修羅場をくぐっていそうなのにそんなに怖かったのか。エルンストがもう一度勇気を振り絞ってドラゴンに話しかける。


「誰かを傷つけてしまえば、あなたは討伐対象になってしまう。先ほどの咆哮や攻撃を見て、冒険者が集まってくるかもしれません。そうなる前にどうかここから撤退してください」

「分かった。そなたではなくそこな娘を信じよう」


 エルンストの心がぽっきり折れる音がしたような気がする。こっちも弱いな……。

 ドラゴンは巨体をゆっくりと持ち上げ、翼を羽ばたかせ始めた。ドラゴンの背に小さなドラゴンが乗ると、辺りに風を起こしながらふわりと宙に浮く。やがて上空へと飛び立ち町の周りを旋回すると原種の森の方へと消え去った。



「さてと……ヴェイグは別荘に連れて行って様子を見た方が良いかしら?」

「さあ?そんな奴ほっておいていいんじゃないですか。考えてみればアリシアを殺そうとしたんだし、助ける意味が分かりません」


 エルンストがいじけている。仕方がない、私が運ぶか。持ち上げるのに一番楽な方法となるとやっぱりお姫様抱っこになってしまうんだよね。よいしょと掛け声をかけて持ち上げたが意外に軽かった。エルンストを無視しリッカとコハクに声を掛けて別荘へと歩き始める。とっとと移動しないと騎士警察やら冒険者やらが来るかも知れない。


「な、アリシア、少し冷たくありませんか?」

「炎を防いだエルンストはせっかく格好良かったのに……」


 独り言を言うように呟いてみると、エルンストはにまにまと照れはじめた。自分で言っといて何だが、ちょっと気持ち悪い。歩きながらメガネをしきりに持ち上げている。


「そ、そうですか?」

「コハクも格好良かったよ。有難う」

「そうか。お役に立てて何よりだ」

「リッカの案内も、本当に役にたったわ。有難う」


 エルンストを見ていられなくてコハクとリッカも褒めた。リッカがぽそりと「たらし…」と言っていたが気にしない。前回は救えなかったけれど今回は救えたのだ。自分一人の力ではないし私は親ドラゴンに話をしただけだけど、それでも人一人の命が助かったのは喜ばしいことだ。恩着せがましくするつもりはないけれど、私に向けられる敵意が少しでも緩めばいいな、とは思う。


「アリシア、おかえりー。心配したよ、もう。ぐおーって大きな声がここまで聞こえてきて……ってヴェイグ先輩?」

「お帰りなさい。取り敢えず応接室のソファーでいいかしら?」

「有難う、気絶しているのをほっておくわけにもいかないから連れてきた」


 エリーゼに案内されてそっと下ろす。顔色は先ほどよりよくなったようだ。……まつ毛長いな。じっと見られるのは今だけかもしれない。起きている時に長い時間見ていたら絶対に悪態をつかれるに違いない。エリーゼが持って来た毛布を掛けながら、手短にエリーゼとコルネリアに説明した。二人とも心配そうにヴェイグの顔を覗き込む。リッカに状態異常がないか見てもらうと、にやにやしながらリッカは返事をした。


「異常は無いですけどー運んでる途中から既に起きてますよー」


 ヴェイグはガバッと勢いよく起き上がり、私の手をはねのけてリッカを掴んだ。とっても元気そうで何よりだ。顔を真っ赤にして私を睨みつける。


「くそっなんでお姫様抱っこなんだよっ。気絶するだけでも恥ずかしいのに何で追い打ちをかけるんだ」

「寝たふりして運ばれていたのは無かったことにしたかったんですかー?それともご主人様とみっちゃ…」

「うるさい」


 掴んでいたリッカを握りつぶそうとしたので慌てて止める。すーっと飛んで私の後ろに隠れたリッカがさらに喧嘩を売り始めた。


「女顔で背も小さいの気にしてるから余計に悔しいんでしょー」

「やめなさい」

「リッカちゃん、それも私はひどいと思うわ。めっ」


 エリーゼが小さい子を叱るようにリッカに注意した。気にしていることを攻め立てるなんてひどいと思う。どうやらヴェイグが私を攻撃したことに対してリッカやエルンストはとても腹を立てているようで、二人とも底冷えのするような目つきでヴェイグを睨みつけている。


「気にしなくていいわよ。私、力持ちだし、あの場に放っておいたら人が集まってきてもっと恥ずかしいことになっていたかもしれないもの」

「むしろ放っておいてくれ……」


 両手で顔を覆ってしまった。少しずつ落ち着いてあの時の恐怖が蘇ったのか、小刻みに震えているように思う。扉がノックされ、別荘の使用人が全員分の飲み物を持って来た。ほっと一息を付くと、村を襲撃してきた者のことを思い出した。私が開いた口はあんな風に見えていたんだろうか。


「生きていてくれてよかった。今度は助けられたわね」

「なんで俺ばっかりが生き残って……良かったなんて言えるんだよ……」

「ごめん。これはただの自己満足よ。偽善だと罵られても仕方がないわね」


 私は人を殺したドラゴンの立場の方の人間だ。なのに口から勝手に相手を気遣う言葉が出てくる。本当に……なんて自分勝手な言い分なんだろう……。

 ヴェイグは覆っていた手を外すと用意された飲み物を一口飲み、小さな声で独り言のように呟いた。


「子ドラゴンが手元にいるから攻撃されることは無いと思ったんだ」

「小さくてもドラゴンです。あなたは燃え尽きてもドラゴンは無傷でいられるから火を噴いたのでしょうね。引き渡す時が最も危険なのですよ。相手も殺気立ってますからね」


 おそらくエルンストは何度か同じ目にあったことがあるのだろう。相手が言葉を理解するとは限らないから動くものすべてを攻撃する可能性だってある。


「ともかく、あのドラゴンを助けてくれてありがとう。もしかしたら町が壊滅していたかもしれないもの」

「別のにお前のためじゃない。ドラゴンもそうだが他の犠牲者が出ていたかもしれないからな」


「皆さん。ヴェイグに聞きたいことがあるので席を外してください」

「私も聞く」

「聞いてどうするんですか。調査に加わるつもりですか。研究所でひどいものを見て魔王になるつもりですか。ああ、それは良いかもしれませんね。魔王がすべて壊した、だから紫竜家は関係ないと言えますからね」


 エルンストの言葉が冷たく突き刺さる。言い過ぎたと詫びることもなく、エルンストは続けた。


「魔王にならないように努力するなら、見てみぬふりをすることも覚えて下さい」


 鼻先で閉められた扉の向こうから、いくら耳をそばだてようとも声が聞こえることは無かった。諦めて皆と一緒に別の部屋へと移動する。

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