夏祭り
ヴェイグに話しかけることが出来ないまま夏休みに入ってしまった。リッカに手伝ってもらって居場所を探り当てそちらへ向かうのだが、私が立ち入れない場所だったり、私が移動する間に相手も移動したり、告白されていたり(!)で、なかなか捕まらないのだ。私は本当に役に立たないと落ち込んでいると、コハクとリッカが慰めてくれた。ただ、気を遣わせてしまったと内心の自分はさらに気落ちすることになるのだが、せっかくなのでコハクをもふり倒し、リッカのファッションショーを楽しむ。異世界の民族衣装などが見れて結構楽しいのだ。
今年も夏祭りの季節がやってきた。いつもの調子で師匠が連れ出してくれると言う。怖いと言ったことはきっと忘れてしまっているのだろう。帰りが遅くなると物騒なので、夕方まだ明るいうちから出かけることにした。人ごみの中では虎でも猫でも危険なのでコハクはお留守番。人状態のコハクは、おのぼりさんぽくてもっと危険だ。寂しげに見送るコハクに後ろ髪をひかれながらリッカと師匠と一緒に出掛けた。
眩い光を放つランタン――日本で言う提灯や灯篭の様な形もの――が大通りの両側、路地裏、家々の窓辺などあちらこちらに見える。きっと暗くなれば幻想的な風景が楽しめるのだろう。屋台が立ち並び何とも言えないいい匂いが流れてくる。威勢のいい、客の呼び込みの声も相まって、町はかなり活気づいていた。
特設ステージのある広場の方からはどん、どんとお腹に響くような低い音が聞こえてくる。近づいていくと民俗楽器の様な笛の音や和太鼓のような巨大な太鼓の音がエキゾチックな音楽を奏でていた。
―――夏祭り。元々は疫病が流行った際の慰霊の目的だったものが、建国祭や、帝国との戦争の折に出た戦死者の鎮魂などが一つにまとまったらしい。建国記念日の前後一週間ほどをかけて行われる。本格的な祭りはそのうち三日間で、国中のと言ってもいいほどのたくさんの人が王都を訪れるらしい。
建国祭という事で城の方でも儀式やらパーティやらが長期間行われていて、エルンストはそちらの方で忙しいみたいだ。私もそのうち呼ばれるかもしれない。そうなったら父様は何と言って母様に私を紹介するのだろう。どちらにしろ、町での祭りが楽しめるのは今のうちだけかもしれない。
「嬢ちゃん、厄除け人形はいらんかい?」
屋台のおじさんから声を掛けられた。台の上に沢山並べられた人形は厄除けの異形の者ばかりで悪魔やモンスター、動物などに混じって黒い髪に赤い目の女の子の形をした人形があった。「厄除け?」と師匠に聞くと…。
「これはその年の夏祭りで買ったものに一年の厄を負わせて、次の年の夏祭りで焼くんだ」
と答えが返ってきた。リッカに鑑定してもらってから女の子の人形を手に取る。最後に燃やすのが目的なので粗雑なつくりだ。髪の毛は毛糸、顔や体には布の中に綿がつめてあって目や口は赤い糸で縫いこんである。一体ごとに目の位置が微妙にずれていて表情がそれぞれ違う。
「ああ、それは一番人気の……って嬢ちゃんも黒い髪に赤い瞳なのか。すまんな、気分悪いだろう?でもこれは昔からの習わしでな。普通に人形として家の中に置いても可愛いってんで女の子が良く買っていくんだ」
「大丈夫です。同じ見た目なら効果が有りそうね。一つ、くださいな」
最初に手に取った人形を買った。手のひらサイズの一番小さなものなので、首から下げていたポシェットの中に入れる。
それからもいろいろな屋台を見て回った。食べ物やランタンやおもちゃ……くじ引きなどのゲームができる店もあった。村とは規模が違うお祭りにかなりわくわくしている。見て回るだけでも十分満足できた。
お腹が空いたので食事をとろうと店に入ったが満席だった。きょろきょろとビアホールの様な店内を見回していたら師匠が店員に声を掛ける。どうやら師匠はここの常連で予約を取ってあったらしい。
「おう、ロベルト、二階へ上がってくれ」
「わかった」
二階は一階が見渡せる作りになっている。出される料理はお酒のつまみの様な料理ばかりだが、師匠はお酒を頼まなかった。気にしなくていいと言うと「一応護衛だからな」と答えが返ってくる。ノンアルコールの飲み物を三つ頼んだ。なんとこの店、妖精サイズのコップまで用意してある。よく見るといろいろな種族が食事を楽しんでいた。「かんぱーい」とリッカの掛け声に合わせてコップを掲げた。
「アリシア、この前は怖がらせて済まなかった」
今日一日やけに口数が少ないと思ったらずっと気に病んでいたらしい。乾杯が済むといきなり謝られた。問い詰められて白状したのは二週間も前の事なのに。
「本当に怖かったら一緒にお祭りになんて来ていないわよ。私こそごめんなさい。そんなに気にしてるとは思わなくて」
枝豆に似たお豆を鞘から出してリッカに上げる。あまり悩んでいることを表に出さないのは師匠の得意技だ。見習うべきところではあるけれど、反面、自分の知らないところで悩んでいるのではないかと不安になる。面倒見のいい師匠の事だ、私の知らない誰かの悩みまで付き合っていそうだ。
「もっと打たれ強くならなくてはね。いちいち誰かの怒った顔に怯えないように」
そういってにッと笑うと、師匠も安心したように笑う。解決したところで、食事を続けた。豆や根菜の煮物、サラダなどを追加で頼む。下手をすると師匠との食事は肉や揚げ物一色になりかねない。煮物に入っていた苦みの強い野菜を器用に避けている。師匠の弱点見つけたと、リッカと顔を見合わせて笑った。
食事を終えて一階に降りていくと調律のされていないピアノの音が聞こえてくる。リズミカルで景気のいい曲だ。いろいろな世界の文化が混じりあっている世界でも音楽を楽しむ心は共通で、そのうちフィドルやギターが混じりジャンルのよく分からない曲になる。ステージの近くのテーブルがどかされてダンスが始まった。男女で腕を組んでくるくると回りパートナーがどんどん変わっていく。周りから囃す手拍子も聞こえてきた。
「よし、アリシア、俺らも混じるか」
「え、私も?」
音楽に合わせながらぴょんぴょん飛び跳ねるようにステップを踏んで、くるくると目まぐるしく変わっていくパートナーと踊って……。最初のうちはついて行くのに必死で強張っていた顔が最後には知らず知らずの内に笑顔になっていた。音楽が終わってみんなで拍手喝采。楽しい。私にはお城よりもこっちの方があっているかも知れない。
外に出ると既に辺りは昏くなっていた。ランタンの明りが夜陰に浮かび上がり先ほどよりも一層祭りの空気が濃くなっている。大通りは人でごった返していて師匠にしがみ付くようにして歩かないと人並みに流されてしまいそうだった。リッカはより身長の高い師匠の頭に乗っかっている。
広場では藁や木材で支えられて高く積み上げられた人形たちに火がつけられた。燃えている間にも人形が外から投げ込まれる。歓声が上がり、炎の熱気が辺りにじりじりと伝わってくる。
人々の厄を背負ってたくさんの人形が燃やされていく。髪の毛に火が付き中の綿が燃えて顔を覆う布地が消えて行って……まるで私が火あぶりにされているような感覚だ。見ていて気分のいいものではない。
予言があったからと言って城から追い出されるなんてひどいと、心のどこかで思っていた。ひどい扱いをされても、私は何も悪いことはしていないからと胸を張っていられた。でも、今日、人々の黒髪赤眼に対する扱い方を見てようやく納得した気がする。自分たちの悪いモノを人形に押し付けて燃やして浄化する。
そんな事のために生まれて来たんじゃないと暴れるか、黙って一手に引き受けて綺麗に笑いながら消えていくか。自分の在り方を突き付けられた気がした。でも、何となくだけど私は後者を選ぶような気がする。
祭りの熱気が最高潮に達したころ、城から花火が上がり歓声が上がる。隣にいる師匠を見ると、子供のような笑みを浮かべながら花火に見入っていた。来年は、私はどこにいて隣に誰がいるんだろう。
いつの間にか百話です。




