プロローグ
夏の暑い日、とある王城にて――
「陛下、お生まれになりました!ですが…」
侍女の言葉の切り方に一抹の不安が過り、王は次の言葉を待たずに王妃の部屋へと足早に向かう。ドアを少々乱暴にあけると困惑顔の王妃の顔が見えた。半ば叫ぶようにして王妃へと問う。
「…王子か?王女か?――生きて、いるのか?」
「王女です。生きています。でも」
言葉を切って王妃は視線を下に落とした。釣られて王も王妃に抱かれた赤ん坊を覗き込む。赤ん坊は泣くこともせずじっと王を見つめ返した。その瞳と髪の色を見て、王は息をのんだ。
「黒髪に、赤眼―――なんて不吉な」
竜を先祖にもつこの王家は髪の色や眼の色は基本的に遺伝しない。本人が持つ魔力の性質――火や水や光といったもの――或いは気性が色として出てくる。黒は闇、加えて赤い瞳は禁忌とされる組み合わせ。歴史上この組み合わせで生まれたものは国家、如いては世界に害を為すものばかりだった。
わが子の未来に暫し思いを馳せる。
父親としてならばこのまま手元に置きわが子の成長を見守りたいと願うものだ。
だが、王としてならば、死産ということにしてこのまま―――
「あァ~」
赤ん坊の無邪気な声に思考が中断される。王妃の顔にも笑みが戻り、子供をあやし始めた。その姿に自然と王の口元も緩んでくる。
恐ろしい考えを振り払おうと頭を振って、わずかな希望に縋り付くために侍女に尋ねた。
「予言師は?」
「先ほど到着されました」
「すぐに呼べ」
一人の予言師の言葉では納得できず、二人目の言葉では希望が捨てきれず、部屋の中には三人の予言師が
「「王女殿下は魔王に成らせられます」」
と、声を揃えて言っても。成らずにすむ方法は無いのかと王は諦めなかった。
「一つだけ不確定な要素が。魔王に成る時期がどうにも見えないのです」
「時期を遅らせて天寿を全うする直前に成ったとすれば」
「或いは成る前に殺害されたとなれば」
王ににらまれた三人目は慌てて口を閉じた。
「……遅らせる方法は?」
「それはご本人の努力次第かと。精神を鍛え、怒りや悲しみにとらわれず、大きな魔法を使わず、…王族特有の先祖返りをしなければ。堕ちる危険は減らすことができると存じますが」
王家には極稀に竜、即ちドラゴンに変ずるものが現れる。それは全身だけでなく翼や角など体の一部だったりもするのだが。
赤い目の黒竜。さぞかし邪悪に見えることだろうとため息をついた。
思考を切り替えて、娘が魔王になるのを回避する方法を模索する。普通に城で育てれば、悪意に晒されたり、誰かに利用されるかわからない。
城の塔に幽閉するか―――罪人と同じ扱いなどしたくは無い。ましてや精神を鍛えることなど出来ないだろう。
どこぞの神殿に預けるか―――容姿だけで異端扱いされ殺されるかもしれない。
もう一度娘を見やる。危険な目にあってほしくない。できればのびのび育ってほしい。
何処か無いか。
自らの記憶に一通り考えを巡らせた後、一つの結論にたどり着いた。
「森のばば様に預けるか…」
「あぅーあぁ~」
王の声に答えるように赤ん坊は無邪気な声を上げ、宙を掴むように手を伸ばした。
始めてしまいました。頑張ります。