第8章 礼賛雪辱
浦佐駅で、今度は只見線の乗り換え地点である小出駅まで上越線で向かう。
接続が偶々良かったものなのか、本数が少ない列車がすぐにホームに入線する。近代化された車両で、山間地の車両とはとても思えない立派ぶりだ。
其れに乗り込んでは、ロングシートの席に座り込んだ。やがて列車は発車し、雪景色の中を疾走する。
僅か二駅で列車は小出駅に到着する。そのまま反対側のホームに在る只見線に乗り換えて、オルタナたちはそのまま只見へと発車した。列車内は運転士を除き、彼女たちだけであった。
殆どがボックスシートの、とても旅情あふれるもので、オルタナは特に列車などに好奇心は示したりしないタイプであったが、この時ばかりは大はしゃぎであった。
都会から遠く離れたローカル線、其れに乗って更なる山奥に行くのだから、こんなに興味を持てることはなかなかない。暇つぶしは只見線内では必要無さそうだ、と彼女は見当づけた。
小出駅から出発した列車は、薮神、越後広瀬、魚沼田中、越後須原、上条、入広瀬と過ぎて大白川の駅に着く。この駅は既に山に覆われた土地で、列車で来れるような場所とは思えないぶりの秘境であった。
進行方向に向かって沿った形で座るオルタナは、列車から降りてはホームをスマホで撮影するヘテロの姿を見た。確かに貴重な機会であったが、駅を撮る趣味を持っていた事に少し驚きであった。
余裕を以て列車に帰還したヘテロを乗せて、列車は遂に六十里越に入る。屈指の長さを誇る六十里越トンネルに入っては、エンジン音を鳴らして奥へ進んでいくのだ。その様は勇猛果敢なものであった。
「……このトンネル、長いなァ」
「…六十里越トンネル。全長6,359mの、日本でもかなり長い方のトンネルなんだぞ」
「へぇ~、そうなのか」オルタナは感嘆の声を上げた。「それよりも、こういうのに詳しいキャラだったッケ」
「其処までじゃないが、こういうのは曾て好きだった性分でね。本格的とは言わないけど、機会があったら血が騒いじゃうんだよね。…あ、コレ要る?」
此処でヘテロはオルタナに持っていた菓子を食べるかどうか聞いてきた。ポッキーである。
チョコが塗られた菓子棒のそれを、小袋から一つまみ、おおよそ二本を貰っては食べていく。徐々に短くなっていって焦りさえ感じさせるのも、また一つの特徴であった。
雪は進むにつれて更に積もって行き、殊更に銀世界を描きだしていた。
するとどうだ、列車は突然急ブレーキをかけては一時停止し、車内に運転士による焦燥の籠ったアナウンスが入ったのであった。
「只今、線路内にて"謎の兵器"を発見しました!乗客の皆さまは決して線路に立ち入らないで下さい!!」
何事かと思い、オルタナはすぐさま立ち上がっては運転席の窓を見た。
其処には、前方僅かの場所に、恵比寿で戦ったアンティキティラ型サーカムフレックス体が、列車目がけて襲い掛かろうとしていたのだ。
遠景からでも、胴体にアンティキティラ型サーカムフレックス体"マックス・ホルクヘイマー"と書かれているのが分かる。両腕に幾多の枝に分かれたマシンガンを以てして、列車を襲撃しようと図ったのだ。
反射的に彼女は列車の扉を手で抉じ開け、そのまま線路内に立ち入った。雪が深かったが、こうとなれば話は別である。
線路上は除雪されていて安易に動きやすく、彼女は背中の武器を取り出しては真っ直ぐ前を見据えた。
エモノを見つけた捕食者のように、センサーで其の佇まいを捉えては、マシンガンの銃口を一斉に差し向ける。車内ではその様子が鮮明と写し取られ、運転士は慌てふためいていた。
此処でヘテロと魔理沙が参戦し、3人は武器を構えた。ヘテロは拳銃を、魔理沙は何処から持ってきたのかは不明であったがバズーカであった。肩に担いでいるバズーカは見るだけで重たそうである。
雪降る中、コンディションとしては最悪であったが、進む先では避けて通れない。
「…オルタナ同志、ヘテログロジア同志!油断はするなよ!」
「了解してるぜ魔理沙さん、なぁオルタナ?」
「……ああ」
暴力的な画一化をもたらしている事こそ正当の正義と言っている様子こそ、啓蒙の弁証法を論駁し、名の由来であるマックス・ホルクヘイマーを皮肉っているようであった。
彼女たちは構えた。此の先行くために立ち塞がる障害物を、乗り越えるために。
「…ワタシは、負けない!」
◆◆◆
薙ぎ払うように備え付けのマシンガンで3人を襲い掛かるサーカムフレックス体。
其れに反応し、反重力装置を展開させた彼女は、粉雪が舞い振る中で天使のように空を駆け抜け、つられた動きを取ったホルクヘイマーはそのまま彼女に銃弾を放った。
此処で魔理沙が、囮を狙う機械に向けては出な一発を穿ったのである。散りばめられた粉雪を一気に空気に回帰させてしまう熱が満ち溢れ、同時にとてつもない衝撃音が誰も居ないような山間部に木霊した。同時にヘテロが拳銃で何発か射撃すると、蟠りを作っていた熱は瞬間弾け飛び、電流を迸らせた機械がその場に佇んでいたのである。
マシンガンの枝を持つ二本の腕をぎこちなく震わせて、其れは寒さに対してにも見えたが―――再びセンサーで眼前の2人を睨めたのだ。
「ワタシを忘れるナ!」
一切の間隙さえ与えないように、囮と為っていた彼女は真上から剣を胴体に刺し放った。
更に電流が溢れ、同時にヘテロと魔理沙のもとに戻る。再び剣を構えるや、しかし兵器は未だ倒れる事は無く、多少安堵の域に浸っていた3人に銃撃を放ったのである。
其れは列車にも襲い掛かりそうになったが、魔理沙が辛うじてのバズーカを撃ち放ち、一時的にマシンガンを止めた。この瞬間にヘテロが機械の胴体の上に乗り上がっては真下に向けて拳銃を穿ったのだ。オルタナが剣を刺した箇所は既に内部が露出されており、更なる攻撃を蒙った機械は神経線に影響を来たしたようであった。
電流が身体全体に溢れかえり、すぐさま離れたヘテロに対してオルタナが斬りかかるも、その溢れ出る電流を活かした攻撃―――電流を纏った左腕で薙ぎ払われた彼女はそのまま積雪の中に転がった。
すぐさま魔理沙が助けに行き、ヘテロが代わりに応戦する。
彼女は纏う電気をベールのように覆いかぶせようとする兵器に対して、華麗な動きを以ってして躱していくも、不幸な事に片足が積雪の中に入ってしまった。動こうとしても動けないのである。彼女は絶望を視た。真っ先に顔を見上げると、獲物に狙いを定めたホルクヘイマーの姿があったのである。
兵器はマシンガンを構えた。ヘテロは目を瞑ったが、オルタナが兵器の両腕を一瞬で切断し、そのまま溢れる電気ごと雪上に落ちた音を聞いた。瞬間的にヘテロは差し伸べられた手を頼りに脱出し、何とか態勢を立て直した。
「…ありがとな、ヘテロ」
「私こそだな、オルタナ。助かった」
「―――安堵してる暇は与えられないようだぞ、同志!!」
魔理沙の声で勘付いた3人は、すぐさま体当たりしてきた兵器の攻撃を躱した。
体当たりを仕掛けてきた事で、彼女たちは察しを付けた。他に攻撃方法を持っていない……腕を切り落とされたが故に自暴自棄に陥っているのを把握したのだ。
こうとなれば後は早い、そう思ったオルタナは体当たり後の隙を窺っては、一気に剣を差し向けた。咄嗟に閃光さえ付随させた俊敏な一撃が、真直ぐ伸びたベクトルと共に機械を貫いた。内部構造をも真っ二つに割れた兵器はどうする事も出来ず、そのまま暴走を繰り出した。
積雪ある平原をそのまま凄まじい勢いで駆け抜け、雪を跳ね除けながら川へ入り込んだ。その瞬間、大爆発が発生したのであった。
◆◆◆
列車内に戻った3人を手厚く保護し、助けたのは英樹とにとりであった。
アリスは列車から降り、川に飛び込んで爆発したサーカムフレックス体の残骸を必死に集めている。只見線は先程の"正体不明な兵器との衝突"によって、それこそ線路内は無事であったが、安全確認の為に運転士が一時的に運転見合わせの旨のアナウンスを入れた。
流石に雪降る中の、極寒地での戦闘とあって、指先が焼け付くような痛さを伴わせ、顔も凍ったように痛い。オルタナとヘテロは喋る元気も無く、ボックスシートに寝転がっては、席下のストーブで必死に温まっていた。
しかし魔理沙は戦闘を終えた後とは思えない元気をさながら見せつけ、残骸を集めているアリスの後を追いかけては何やら彼女と話している。院長としての、また、零人理部を受け持つ病院の一員としての仕事だろうか。
オルタナはそのまま眠り込んだ。
暖かい椅子が疲労困憊した彼女を眠気に誘うのは容易なことであったのだ。
やがて彼女が起きた時―――其れはにとりに起こされたものであったが―――既に列車は只見駅のホームに入線していたのであった。