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第6章 LAフェイス

苛まれる。記憶が、記憶が、あの忌々しい"未知の過去"が蘇って、眼前を覆った。

誰だ。お前は誰だ―――ワタシは、どうして罪人の恰好を着せられ、牢獄に居る―――?いや、此処は牢獄じゃない。純白の部屋だ―――。

……101号室?この部屋の通称名カ?ワタシは、どうしてココに居るんだ…?……ダレだ、ワタシの前に現れた彼奴は……?

―――オマエは、誰だ。ワタシに、何をする?ワタシは、ワタシは、一体何をした!?……やめろ、その棍棒を下ろしてくれ、もう手荒なマネはイヤだ、イヤだ、イヤだ―――。

もうやめてくれ―――オマエがどうして其処に居て、薄汚いボロ雑巾のような衣類にさえ満たないものを纏ったワタシを…何故に虐めるのだ!?

ワタシは生殺与奪の中に置かれている―――家畜の豚に等しい―――ノカ―――?お前はワタシをどうする、痛い、辛い目を見せて、ワタシを永遠永劫の服従下に置こうと言うのか…?

……何故にカナシイ目を浮かべ、ワタシを殴る?ワタシを家畜を見るような見下げた目で、どうして侮蔑する?

椅子に固定され、手足を結ばれて不自由なワタシを、究極的に舞い降りて君臨する僭主のように、棍棒で殴る?

オマエは―――ワタシが―――ワタシ?それはワタシなのか?殴られてるのはワタシ?殴ってるのがワタシ?ワタシ、ワタシ、ワタシは―――――


朝、誰かに叩き起こされる感覚がして、目を覚ましてみれば髪の向こう側の世界には、にとりがいた。

彼女は酷く心配した顔を浮かべていて、寝起きの彼女を抱擁する。事実、オルタナは冷や汗を沢山かいており、悪夢でも見たかのようであった。

やつれたような顔だちを浮かべるオルタナは決して何もなかったとは言い逃れできないような「異常事態」を引き起こしており、向こうの世界ではにとりが口をごもごも動かしている。しかし耳が濛々としていて聞き取れない。

彼女はハッと起き上がり、腰を持ち上げた。ただ何も変わらない病室が其処に在って、一切の疑いようが無いように佇んでいるのだ。

全くの虚構因子を含んでいないそれを、彼女は目を見開きながら見渡した。何も変わっていない。彼女の前に座るにとりが、不自然な動きをするオルタナを注視しているだけで、寝る前と何一つ変わっていなかった。

閉じ込められていた101号室たる部屋などでは無かった。あれは夢だったのか―――?彼女はそのまま起き上がっては裸足で地面に立った。

その時初めて、にとりの声が耳に入った。


「…オル?起こしに来たけど、様子が変だよ?」

「……ヘンな夢を見た。碌でも無い夢だった」

「悪夢かな。ときどき私も見るんだよね、現実とは一切比類しない、掛け離れた夢。幻想性さえ感じるよ…」

「…いや、あれは、"あの夢は"、ワタシにとって簡単に受容出来てしまった―――何か不安が過る」


にとりはオルタナの話を聞いて、多少は安堵の情を表に出した。

そのまま部屋の後片付けなどを済ませる、言わば手伝い係の役割を忠実に果たしてくれていた。

彼女はぼんやりと、意識朦朧としたままに通路へ出た。冷や汗をかいたばかりの服の代わりはない。嫌でも着続けるしかない―――そもそも此処に来ること自体が予想できなかった事なのだ。

にとりは、よろめきながら通路に出た彼女の背中が貧弱なものである事に気が付いた。相当な悪夢―――それも彼女の真理に問うものである―――と明晰した彼女は、そのまま後を追いかけて行った。

オルタナはエレベーターホールに置かれたベンチの一つに腰かけては、背凭れに寄りかかって茫然自失としている。

にとりはその横に座って、徐に話しかけた。


「……現実味がある夢だった?」

「現実味がありすぎて、夢とは思えなかった。ワタシにとってアレは悪夢であり、もしかしたら包摂し難い現実なのかもしれない」

「……視ている全てを包摂しろとは言わない。時々、そういったコトは起きちゃうからさ、リラックスも大事だと思うよ、オル?」

「…アドバイス、ありがとう」


オルタナは一呼吸おいて、話を転換させた。


「……結局、シラーの件はどうなったノカ?」

「その事なんだけど、もうすぐ零人理部と病院関係者の全員で極秘会議を催す事になってるの。其れで何だけど…もう来たのかなぁ」

「よお、オルタナ…元気にしてるか?何かゲッソリしてるけど」


エレベーターから姿を見せたのはヘテログロジアであった。

確かに彼女もサーカムフレックス体―――イシュゾルデ型であるが―――の1人で、オルタナと同じ条件を満たしていたのは事実だ。

丁度いい登場に、にとりはヘテロをベンチに座るように勧め、其れを彼女は受け入れた。オルタナの分の面積が狭まる。

互いに少しばかりの話を加えてから、にとりはオルタナへの会話を再開した。


「今回はヘテロさんも同行。因みに此の会議に出席する人たちは全員、味方だと思ってくれていいよ。昨夜に酷い声明があったけど」

「藤原妹紅って言う零人理研究者の声明だよな」此処でヘテロが口を挟んだ。「確かに正しいけど、公にこの事実が発覚したらまずいよなァ」

「あいつは前々から学会で問題視されていた研究者で、私も正直言って好きでは無い部類。金のためなら何でもやる、金のためなら情報をでっち上げることも厭わない、残酷な人間だよ」

「そんな奴の出した声明が、どうして速報としてニュースに為る程なんだ?」

「……才能はあって、世界的に著名な賞であるノーベル賞に、毎回毎回受賞者候補リストに挙げられるんだ。それだけ有名に成り上がった零人理研究者だよ。だから信者―――妹紅を遵奉する研究者は沢山いるだけに厄介」


にとりは溜息を吐いた。其れは多分、妹紅に対してのものだ―――オルタナはそう予測した。


「…これでオルタナはサーカムフレックス体の可能性が浮上した人物として、研究者や野次馬の格好の的。変装しなくちゃ即気づかれる」

「変装…一体ドウヤッテ……?」

「奴らは警察当局とかの機敏性とかは無いから、服を着替えるだけで大丈夫。此方で用意した白服を譲渡するから」

「感謝する、ありがとう。にとり」

「礼には及ばないさ。それよりも、既に下では会議の準備が始まっているのかな?…どうだった、ヘテロ?」

「既に机が並べられたりしてるね。一番奥の部屋で、既に重役っぽい人たちも集まりかけていた」

「なら行こう。早く行くに損はナシ、だ」


彼女のシメの一言を以て、3人は会議を行う部屋に向かう事にした。

スマホで時間を調べてみると、現在時刻は朝の8時半。9時間半も寝たのか、と考えると、見た夢の深さ長さが気になって仕方が無かった。

全く嘘とは思えない鮮明さとだけあって、幽霊を見たかのような不気味ささえ感じさせる。

エレベーターに乗り込み、そのまま地下一階へ下りた。冷えた空気が、エレベーターの扉が開いた瞬間に頬に触れた。

そういや、まだ朝ご飯を食べていない。会議が終わったら食べるかな、と気楽なことを頭に浮かべていると、やがて眼前に大きな部屋が現れた。

其処には長机と椅子が長方形上に置かれており、3人は一番扉に近い席に座った。

奥には、東京大同病院のロゴの下に貫禄ある人物―――と言っても若い女性であったが、気のしっかりしていそうな―――が座っていた。

やがて扉が閉まり、椅子は多くの零人理部問わずして満席と為り、会議が始まった。


「……この会議は、其処に居る同志、河城にとり氏によって発見されたサーカムフレックス体2人について話し合う。他言は厳禁だ」


そう、オルタナが目を付けていた奥の人物が立ちあがって喋った。

同時に拍手がにとりに向かって送られ、部屋全体に沸き上がる拍手が一斉に彼女の物と為って、嬉しそうな表情を浮かべていた。


「…サーカムフレックス体の同志よ、安心して欲しい。私たち東京大同病院は、全力を以て同志の願いを応える、そして絶対に秘密裡に行う事を誓う。安心して欲しい」

「―――アナタは、誰なの」オルタナは立ち上がって、奥の人物に聞いた。「ワタシは、アナタを知らない」

「自己紹介が遅れてすまない、私の名は霧雨魔理沙だ、ヨロシク。2人の同志の名前は既に白河同志から伺っている」

「マリサさん……」

「そうだ、同志。序でに言えば、この東京大同病院の院長にして、全日本零人理研究会の書記を務めている者でな。まあ、"まさか出会えるとは"と思っていたよ」


彼女は再び椅子に座っては、徐にオルタナに向かって語りだした。


「…同志の記憶の解析結果から、今まで狙いを定めてた地点に我々は目を付けることが出来た。既に話は聞いているかもしれないが、場所は只見―――福島県の西にある町だ。其処に2人のサーカムフレックス体の同志、そして我々幾名かの研究者を連ねて訪れることにした」

「……幾名か?」

「そうだとも、同志。今現在では、発見者のにとり、白河、そして院長の私と零人理部総括のアリス・マーガトロイド氏は既定路線だ」


此処で、魔理沙の横に座っていた、寡黙な人物が立ちあがった。

瞳は蒼海のような群青、金髪で且つフリルのついた深紅のヘアバンドを付けていた、白衣の女性は徐にオルタナの前に立ちはだかる様であった。

コイツは何たる不穏を感じると、眼帯をした彼女は視界に堂々と映った女性の取り巻くオーラたるものを感じ取った。ひどく居心地がわるい。

少なからず、好印象を持てる魔理沙と異なり、根暗で、沈黙こそ正義と考えていそうな思想論を醸す空気に、彼女は嫌厭の意を示しているのだ。


「……貴方がサーカムフレックス体のオルタナね、よろしく。私の名はアリス・マーガトロイド、アリスと呼んでくれて結構よ」


彼女はぼそぼそと呟くように、静かに言った。

オルタナの返事も待たないではそのまま座り、魔理沙に話の続きを促すアリス。態度面でも、決して良い印象を持てない。


「出発は早めの方がいい。…何せ学会に気づかれると厄介だからな、既に妹紅が声明を出しているし。明日の朝6時、此処に集合だ。準備は済ませておけよ」


◆◆◆


オルタナは朝の会議を終え、何もやる事を無くなった。

にとりは本来の業務に加え、零人理部の研究者として為すべきことが山積みであったために、此処で別れてしまう。

そんな彼女の代わりにやって来たのは白河で、彼は暇つぶしに病室でヘテロと他愛ない会話をしていた所で姿を見せた。

ヘテロは椅子に座っており、机上には運ばれてきた朝食を綺麗に食べ終えた残骸が残されていた。

皺だらけの白衣は、彼の多忙をそのまま顕示しているようであった。


「あっ、シラー」部屋に入ってきた彼を見て、オルタナは言った。

「ご無沙汰してるね、オルタナ。…横に居るのが友人さんのヘテログロジアさん、だっけ?」

「私はヘテログロジア。…貴方の名前は存じているよ、白河英樹さん」

「―――なら話は早かったようで。俺とて先に名を知られていることを誇りに思うよ、ヘテログロジア」


彼はオルタナが座っていたベットの横に座った。

ベットの隅には、オルタナは読みかけていた文庫本が乱雑に置かれていた。其れを手にとって、白河は読んでみた。

題名に、ドグラ・マグラと書かれている。


「…ドグラ・マグラ、読んでるのか。俺にとってはサッパリな内容だった」

「オルタナってそんな小難しい本読んでたのか。先入観のイメージとは違うなァ」ヘテロが感嘆の声を上げた。

「…小難しい、と言うよりも…懊悩、煩悩が、ワタシに似ている。ソレダケ」彼女は静かに呟いた。


「そうだ」此処で白河は閑話休題して、話を転換させた。「只見に行く準備は出来たか、二人とも?」

「…準備なんて唐突に言われたし、全くやってないよ」ヘテロは不満垂れた顔で言った。

「ワタシもオナじ」

「突然なのは仕方ない、許してくれ。だけども、其処にサーカムフレックス体の神秘が眠ってるなら容易い話だと思わないかい?」

「まァ……」オルタナは声を発した。

「…明日まで自由時間だ、同時に今日中に準備の支度を終えなければならない。俺はそろそろやる事があるから帰るけど、只見は寒いぞ」


そう言って彼は静かに立ちあがり、部屋を出たのであった。


◆◆◆


「明日までに準備を終わらせろ、って唐突な話だよなァ。何支度すればいいんだ」

「取り敢えず暇つぶし」ヘテロはすかさず言った。

「本探しか?本なら神保町に在る大きな本屋がおすすめだぞ。私も東京にいた頃は何度か世話になってるからな」

「神保町…此処からどう行コウか」


2人は中目黒駅に来ていた。

神保町と言う場所に行く事は決定したものの、オルタナは行き方が分からない。此処で彼女のスマホが活躍を見せる。

日比谷線で日比谷まで行き、三田線に乗り換えて神保町に行く。神保町駅に着くや、大きな本屋の謂れを聞いて興奮してきたオルタナは、三田線ホームで階段を見つけてはダッシュで向かった。

しかし、そんな2人の前に立ちはだかった人物がいた。その人物は女で在りながら男の気色を纏っており、年の機した服を着ている。

彼女はオルタナとヘテロを見つけては、じっと睨みつけては拳銃を構えた。突然な妨害にオルタナは一驚に馳せ、同時に後ろに居たヘテロが立ち塞がる女性に言問いを投げかけた。

地下鉄ホームは寒く、列車が入線すると風が肌身に吹き、更に寒さを感じさせる。


「…忘れたとは言わせないぞ、オルタナ」


彼女は思い出そうとした。しかし、全く以て、そんな彼女の記憶が持ってこれなかった。


「……そもそもお前は誰だ。勝手に拳銃を差し向けるとは」


ヘテロがそう言った時、彼女は持っていた拳銃を天井に向かって発砲し、威嚇した。銃声が只でさえ地下な空間に響き渡った。

問うた彼女は腰を抜かすも、オルタナはしっかりとした信念を持ち、立ち続けた。

何も思い返そうとしないオルタナの都合主義、そして反面的に確固たる意思を持つ双方向のベクトル性に、拳銃を持った女性は苛立っていた。

虐めっ子は忘れても、虐められっ子は忘れないもの―――正しくそんな喩えが当て嵌まった。


「…何も思い出そうとしない、何も分からない―――都合主義とは便利なものだな」

「…ホントに、ホントにアナタを知らない。ワタシは、アナタに何か悪い事をシタ…?」

「―――調子乗るのも良い加減にしろよ。私は永遠にお前を追い続ける……例え地べたを這い蹲っても、だ。お前には借りを返さなくちゃならないからな」


彼女は静かにオルタナに銃口を差し向けた。

話し合っても和解できそうな雰囲気では無い―――それだけを悟ったオルタナも、背中に納刀してあった剣を構えた。

ヘテロは警察に通報しようと思ったが、何せ妹紅の声明が在り、2人の居場所が掴められてしまう。苦肉の策で、ヘテロも持ち前の拳銃を構えた。

女性は、飽くまで戦う意思を見せる2人を小賢しくさえ思っており、苛立ちは増幅していく。


「…思い出せないなら思い出せ。私の名はゲシュタルテ・イヴェハイム・ヴァルキューレ………お前に曾て母と父、妹と飼っていた犬をも殺された奴だよ!!」


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