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第4章 〈ゼロのような直示〉

待つ、ワタシは…待つ。鄙びた病院内を、にとりを先導にして部屋に連れていってもらった。

簡素なベットと机、椅子が窓際に置かれている。太陽の暖かな光が差し込み、仄かな温もりさえ感じさせる。

椅子には彼女が座っては、足を投げ出し、適当に場を取り繕う為に一つ二つの話を口にし、オルタナも其れの相手をした。

どうも話す事は慣れないようで、寡黙な彼女が今まで貫き通してきたラディカルな信念たるものは簡単に傾斜しない。

だからワタシは喋るコトがニガテ、ニガテで……その……独自的な虚無性を達成してきた……のかなァ。

毎日毎日がツラくて、イきるコトに必死もがいてオヨぎ続け、殊更に世界をミる―――ミた―――あああ、ああああ、あああああ…。

これがワタシの求めてた作用的な"セカイ"――?―――オロか、何というオロかなのかなァ、ワタシは―――人に忘られ世に忘られて―――狂い藻掻いて命を絶つ―――?

クルっていやがる―――ワタシもセカイも同一性のカケラもありゃあしない―――奇抜だろう―――画一的だろう―――しかしソレは―――ワタシのモトめるモノじゃない―――。

……偏屈的な仮象も表象もモッての外だ―――死の残滓もヘイゲイさせる魂胆も―――無闇矢鱈に脳髄をオっかけマワしてるだけなんだ―――ハハハハハハハ―――。

虚構を頽廃させ、現実を礼賛するなぞ―――ワタシの、ワタシたる、ワタシが、そんなのをユルすわけナイ……ナイのだ……ナイったらアリャしない……のだ―――。

―――居心地がワルい、気がオちつく様子を呈さない―――見よ。聞け。驚け。呆れよ……コトゴトくワタシたちは〈ゼロの悪魔〉の餌食にされ、ムシバまれ、殺されるのを待つだけ…なのか?なのだろうか?…それとも…?

覚束ないやァ……どうしてかなァ―――何デ?何デ、カナァ。最大限の、最低限に接する"帰納的心理"が、ワタシを貪るんだ―――タスけてェ、タスけてェ―――ヤリキレナイ―――ヤリキレナイ―――。


壁の掛け時計は午後2時を指していたが、ずっと此処に居てもつまらない―――否、面白くない―――のであった。

ベットに腰かけて談話していた彼女は、さっと立ち上がった。病院内の空気はどうも性分が合わない……もう1人の自己が、そうも言っていた。

フラフラと歩いて見せる姿はまるで入院中の患者の面影を残すが、彼女は列記とした健常者で、そのまま外へ出た。

太陽の日差しが眩しい―――雲一つない青天で、何もしないで部屋に籠ってるのは外に申し訳ないし、何しろ思索は外で行うのが一番だ―――飽くまで自己の直感的な判断に依ったものに過ぎないが。


「…暇だし、何処か行くの?見放さないように私も行くよ」

「―――この町を、散策する。ソレダケ…」

「じゃあ、どうせだし―――私が案内するよ。それでいいでしょ?」


やって来たにとりの提案を、すかさず彼女は許容した。

病院の建物を離れ、橋を渡って元来た山手通りへ出ようとしたところで、彼女―――オルタナの懐が不意に揺れた。

揺れた原因はスマートフォンで、彼女も携帯会社と契約していたからに使用できる逸物であった。其れが鳴き声を上げることは極めて珍しい。

一体誰か―――そんな疑念が頭をよぎったと同時に出て見ると、軽快な調子で電話口の向こうの人物は喋った。


「…久々だね、オルタナ」

「―――貴方は、一体」

「忘れた、とは言わせないなァ。…私の名前はヘテログロジア―――ヘテロだよ?思い出したかい?」


ヘテログロジア―――其の言葉を聞いたのは、一体何年振りだろうか。

ふと、彼女の名前の全てが浮かんだ……イシュゾルデ型サーカムフレックス体"ヘテログロジア・イド"…確か、そんな名前だった。

唐突に声を聞いたもので驚きの表情を俄かに表に出す彼女は、スマホを耳に充てて更に会話を続ける。


「…ヘテロ、久しぶり」

「数年見なかったけど、今は何やってるか?私は越後湯沢のスキー場付属のホテルで働いててさ、一旦東京に帰ってきた。今から会えないか?」

「今から―――ワタシは…何処へ行くんだ?」彼女は自問自答をした。

「いや、私はソレが聞きたいのだが…大丈夫か、オルタナ。何かボケてるようにも思えるぞぉ、おい。…おーい?」


彼女はスマホを一旦耳から離し、にとりの方を向いた。そして言問うたのであった。


「…今から何処へ行く?」

「私はオルに、アメリカ橋公園―――恵比寿だね―――に、連れて行ってあげようかと思ったんだ」


其れを聞いた彼女は、再びスマホを耳に充ててはヘテロに言った。


「…アメリカ橋公園。恵比寿だって」

「だって、ってお前…誰かと一緒に居たげな意味深長な発言してるが……まあいいや。恵比寿のアメリカ橋公園な。オッケー」

「其処で落ち合おう」


通話を終え、スマホを仕舞ってからと言うもの、目黒の桜並木と謂れる場所を通りすぎてから、彼女は曲がり角を曲がった。

にとりとぎこちない談話をしながらも、そのまま恵比寿の方へ向かっていく。道を歩いて行くと、遠くに見える建物が建物だけに良く分かる。

左側に何かの駐屯地みたいなものがあり、其れを印象強く受けた彼女は、直進しては線路上に架かる恵比寿南橋を渡る。

そのまま前に見えてきた、都会のオアシスみたいな場所こそ、2人の目指すアメリカ橋公園であった―――。

並木が太陽の照りの燦爛たりし光と映え、美しく佇む。その場所にあったベンチに、にとりとオルタナは腰掛けた。段差の上に並べて設置された、木のベンチであった。


「…どうしてこの場所に?」

「……どうして、かなぁ。病院の近くにもさ、中目黒公園って大きな公園、あるんだけど―――なんかこっちの方が私は好みなんだよなぁ。不思議と思われて承知の上だよ」


此処に、あのヘテログロジアが来る。どんな顔だったっけ―――其れさえも思い出せそうにないのは…ナゼだろう。ナゼだ、ナゼだ、ナゼ―――どうしてだろう。

記憶媒体がサびついて、ワタシと言う存在の感知性が遅延するようになった…ああ、そうなのかなァ。そうだったら、もしそうだったら、これも運命なのかなァ?

タッタ今地上にタタキ付けたばかりの泥ダラケの脳髄を指して、コンナ論証を続けているのかなァ、ワタシは―――碌でもないデモンストレーションを続けて…何のイミがあるのかなァ。

……あめ、の、みなかぬしの正統………ボルヘスが記した幻獣辞典にも、変容バカリ繰り返すワタシのような幻獣が載っていたっけなァ……何デダロウ…何デダロウ…。

変容…変容…変容変遷変化変幻変身変異―――滅ぶる生命の父なる者も―――ワタシたちとトモにイデてワタシたちとともにカクれ――ああああ、あああああ……。


「…な、何だアレ!?」


悲鳴が、その場に居た民衆の声が其れを生み出した。

突然起こった地鳴りと共に、地面を築いていた煉瓦が破壊され、穴の中から出てきたのは、巨大な蜥蜴のような機械であった。

頭でっかちなセンサーを取り付け、サイレン音だけは一丁前に響かせ、2人の前に現れたのだ。

人々は混乱し、そのまま悲鳴と共に遠くへ消えた―――同時ににとりも立ち上がり、暢気に過ごせまいとしてオルタナの手を引っ張った。

彼女は依然として座ったままで、寡黙なせいで寝ているのかさえ判別がつかない。


「おい、オル!逃げなくちゃ!」

「―――ワタシ、ニげない。……あれは、ワタシの同士。…戦わなくちゃ」


その時、彼女は背中に納刀されていた剣を構え、飄々としながらも機械の前に立った。

機械の両手に巨大な鋏を構える兵器と比較すると確かに圧倒的な差が存在していたが―――彼女はそのスカイブルーの髪の下から、兵器を睨んだ。

兵器には彼女の表情など到底感知できないだろう……嘲笑うかのように駆動部分を電流でバチバチ言わせ、一気に襲い掛からんとする。

銘柄として、胴体の脇部分にアンティキティラ型サーカムフレックス体"ジョン・L・オースティン"と書かれている―――此れが此の機体の正体と考えて差し支えは無いだろう。

直示的に、抽象主義を崇拝させ、語用論を肯定するように眼下のオルタナを嗤うのは、名前をアイロニー化させているとしか思えない。


彼女は静かに視た。

暴走?静体?ただ、これだけは分かっていた―――慣例や一般論では、此の機械のような存在は、この時、此の如何なる世界精神を以てしても、許されざる事である、と。


「…にとりさんはニげて。私は戦う…負けやしない」


◆◆◆


彼女はすぐさま飛びかかって、抜刀された剣で徐に斬りかかった。

飛躍的に運動神経の良い彼女にとって、其れは容易い行為であったが、此の巨大な体を活かした機械は腕を振り上げた。

忽ちバランスを崩しそうになったが、瞬間チャージャー型の反重力装置を展開させ、宙を更に高く舞った。

この装置は一瞬しか用いることは出来ないが、再び地面に着地するとすぐに再用途可能な優れものであった。

其れを活用させ、一旦遠くへ離れたオルタナに、兵器は装備していたロケットミサイルを全弾放出させ、追尾させるようにオルタナを執拗に狙った。


此処で彼女は徐に入り組んだ動きを敢えて取って見せた。

するとどうだろう、ロケットミサイルはその複雑な動きに付いてこれず、そのまま相殺し合っては自滅行為を繰り広げた。

空中で爆発が続けざまに発生し、忽ち立ち昇る白煙が機械のセンサーを覆い隠した―――そう不思議な確信が瞬間的に興った。

すぐさま反重力装置を展開させ、横に飛ぶようにしては煙を掻い潜り、一気に剣の刃を剥いた。

恐怖心さえ煽るような展開を、オルタナは全くたじろぎもせず―――そのまま剣で機械の装甲を打ち破らんとした。案の定、紙のような装甲は簡単に裂け、中の緻密箇所が露呈した。

電流が溢れるのを、彼女は括目した。しかし機械も黙っては居なかった。


オーバーヒートを起こしたのか、それとも最初から暴走していたのか。

腕に取り付けていた鋏で、手当たり次第勢いよく挟んでいく。其れは回り込もうとするオルタナを離さないもので、何とか彼女も連撃を少しの点で躱していた。

此処で彼女は、持ち前の剣で近くに存在していた道路標識―――速度40のものであった―――を切り、そのまま剣を仕舞っては道路標識を担いだ。

易々と持てるのは彼女が超人染みたサーカムフレックス体だからであろう―――其れを反重力装置と照らし合わせ、一気に飛翔した。

当の機械は彼女の姿を見失い、辺りかしこに火炎放射だの鋏攻撃だので、多忙な様相を見せていた。

其の裏腹を突くように、彼女は突然、天から告示しに舞い降りた天使のように、道路標識を一気に緻密箇所に向けて刺したのであった。


その瞬間、道路標識はそのまま機械の腹を刺し抜け、動きが止まった。同時に彼女は離れ、瞬間的に大爆発を遂げたのであった――――。


◆◆◆


アメリカ橋公園に大量の警察が来たのは不文律と言うより、瞭然の域であろうか。

避難した一般人がその機械の事を警察に通報し、パトカーのサイレンが軒並みを連ねたのは彼女が戦闘を終えてからであった。

その後に、面倒な程の事情聴取をされたが、設置されていて且つ無事な監視カメラがその一部始終を捉えていた。幸い、これが決定打となり、彼女は"善の、守ってくれた恩人"となって、円満の笑みで囲まれた。気味悪いものだった。


「―――来るのが遅かったか」


サイレンの音が強く、その声は耳から外れそうになったが、何とかして捉えた声であった。

オルタナは振り向いた。其処には、何時か出会ったような、懐かしみの深い顔馴染みが佇んでいた。

紫色のロングヘアで、彼女と同じように眼帯をしている。黒の、漆黒を思わせる眼帯だ。しかし反対の目は誰彼も確認できるようにオープンになっている。

オルタナとは違い、髪の奥底で眠っているという訳では無く、重厚感の持った、気強い存在であった。


「……ヘテログロジア」

「よお、オルタナ。久々だなァ―――それも再会は戦闘直後なんてな、ツイてるのか、ツイていないのか」


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