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第3章 聾唖の白馬

オルタナは、言われるがままに自己を再び顧みては、思索に耽った。

白河は椅子に座り、パソコンの画面を見ている。パソコンはそのまま横の大きな機械に接続しており、それからコードを媒介してオルタナの身体に吸盤で貼りつけた。

彼女は考えた、考えに考え、考え抜いた。その結果、彼女はとある一つの、真っ白な事象を目の当たりにした。其れは黄ばんだ記憶そのもので、埃被って脳裏の押し入れに入ったものであった。

取り出し、思考のタオルで埃を払い、バグを消し、其れを手に取った。分厚い本のようなものだったが、あろうことか表紙が開けない。

何百ページもありそうな、鈍器にさえ為り得るそれを、彼女は幻想の中で垣間見た。括目した。瞠目した。表紙はどうだ、自分の霞みがかった姿が映えている。

苔さえ纏い、蔦に覆われたそれを、純粋な理性が手となり、それらを拭い去った。そこに在ったのは、かつて研究所にいたワタシの姿―――ワタシ?ワタシ、ワタシだ。

此れは何だ。ジクロロジフェニルトリクロロエタンで、ヘキサクロロベンゼンで、枯らしてやる。サレ、キえろ。ワタシの前を、ジャマするな―――ジャマ?ジャマすること、ワルいこと?ワタシは、ワルい?やめろ…やめろォ…なんだ、この感情。

紙を広げ、写し取ろう。…恐々と冴え渡る絶望の墨で、これほどまでの数寄を凝らそう。明日にでも、万一、ワタシの言う苔、蔦のものがミントのように鬱陶しいものなら…ワタシは執る。筆を、執る。

文字だ、文字だァ。ナンだ、この漢字。〈斃〉――爾があって、攵があって―――死がある。なんじうつぬ。―――お前は、撃つ。そして死ぬ。…死に倒れる?ワタシ、シぬの?アッハッハッハ、酷いなァ。

結局、レイチェル・カーソンが嘆いた事実が、ワタシの中では踏ん反り返って寝ている。傲慢、倨傲だなァ。これでも哲学者は「汝は死が近きことを悟る」とでも言うのかなァ。それとも、「存在者が存在する」かなァ。これじゃあ聾唖の白馬だァ―――。

ワタシのバアイ、死も存在も、内在的な局面、仮面のような虚偽溢れたものだから、不思議と受容出来るよォ。しかし、銑鉄の地獄車が、其れを轢き曝し、真鍮の地獄鍋が、其れを焼き尽くすのサ。おぎゃあ、おぎゃあ―――。


「…オルタナさんの思考回路の中から、過去のものと思われるべきデータが見つかったね。大体、記憶の伝播の遅さからして相当時間が経っているものでは無いのかなぁ」

「データが見つかった?それって、どんな?」にとりが白河の椅子に両手で掴まって聞いた。

「今まで発見され、解析されたサーカムフレックス体のデータと照合してみると、不思議な事に一つの場所と一致する。場所は此処から遠いがなぁ」

「遠い?要は、オルも今までのサーカムフレックス体も、皆が其処から産まれたってコト?」

「そう端的に言い切るのは早い話だ。俺が思うに、その場所―――もう今や跡地なり更地なりなっていると思うが―――其処にカギがある」

「カギ?」

「そう、カギ。―――オルタナの自己への干渉を可能にさせる渇望性を持った、密室からの脱却そのものだ」


彼は言った。そして、真剣な眼差しをオルタナに向けた。


「…其処に行ってみたら、何か手掛かりが掴めるかも知れない。これは東京大同病院零人理部の、総出で行わなくてはならないコトだ―――少し時間が欲しい、待っていて欲しい」


ワタシは、やっぱり稀有で、珍重されるものだから―――そうやって組織絡みでワタシを手助けしようとする。

やっぱり、ワタシは酸化さびつきがされていても、自己の本質的で楽観的なモノ―――あれェ、楽観出来るの?仮象ゼロは、ワタシに微笑んでくれるの?

合理的で、不合理的なそれが、私に到底微笑んでくれるとは、思えないのは、何デダロウ。何デ?何デカナァ。…溜メ息が出るよォ。白い、龍のような形を作って、そのまま天に飛翔していく。

かつ消え、かつ結びて―――留まるようなコト、今までアった事無かったハズ。ムジョウ、エンセイ。…無常、厭世? ……イイエ……マッタク……ソレは、いう風に……するとドウダろう……。

此の情景を、ワタシはどうしたいのだろう。胸が渦巻く。鳴門海峡で見る渦潮みたいに、全てを巻き込んで、何もかもを消し去って、そして去って行く―――立つ鳥みたいに―――跡一つ濁さない…。


「…ワタシが、待ったら―――何か分かるの?」

「いや、此れは私とにとりだけで動いていいようなプロジェクトじゃない。一応、私達とて組織の一員に過ぎない。そんなこんなで勝手に進めてみろ、俺たちが大目玉だ」

「…貴方の都合は、フクザツ。難しい―――」彼女は、言った。

「…取り敢えず、皆の相談が欲しい。今日は一先ず、うちの病院の病室の一つを無料で貸し出すから、其処で寝泊まりしていて欲しい。もし必要なコトがあったら、にとりに声かけてほしい」

「私は何時から"便利係"になったのかよ、オイ」

「お前が連れてきて、持ってきたビッグプロジェクトの一環だろう。何を今更、甘えた寝言を言ってんだ。仔猫でも言わないぞ」

「あ、あのォ……」


彼女は声を発した。弱々しい、小鳥のような声だった。


「…な、何だ?」

「これ、何時まで付けているんですかァ…恥ずかしいですよォ……」


彼女は、全裸状態に白いバスタオルで纏った状態の、一種の半裸に近いものであった。

頭や胸や腹に付けた吸盤状のものが違和感を生み出し、且つ恥ずかしい状況とあって、思えば純粋に思索できる状況では無かった。

此処で自分のいい加減さが露出し、過去の自分を見返りしては一発殴り込みたくなった。


「…グラビア撮影かな?」

「―――にとり、そんな暢気なコトも腹八分目にしておけ。俺らは職務の上だ―――決して私用を持ち込んではいけない」

「…いや、お前が脱がせたんだろ。何を今更、知らん顔して私に押し付けようとするなよシラー!」

「取り敢えず服を着させろ!俺らにそんな趣味も無い!良いから着させろ!そもそも此の検査に、欲望の一つでも出してみろ。今すぐ通報されてお縄だぞオイ、そうなりゃ磔刑より辛い、永遠の顔晒し刑だ」


そう言うや、にとりは慌ててオルタナに服を着させた。英樹の方に至っては反対側を向き、下を俯いては両手で顔を隠している。

そのままバスタオルを取り、一旦全てを晒した状態で、そのまま服を着直した。着直すと今まで失っていた安堵が戻り、オルタナも何事が無かったように感じた。

しかし、にとりと白河に至っては冷や汗を驟雨のように流し、目を丸くし、過呼吸に陥っている。

ワタシは、そんなにヒドいことをしたのかなァ………これはワタシの言う作用的感情…一旦緩徐的に、ワタシをナダめて―――ワラって―――そして、ナいて―――。

狂気も狂悖も、ワタシにとってはどっちも同じようなモノだ―――謎、永哲から外れた、論理の緒。緒、オ、オ―――慈愛の欠片も閻魔顔をした倫理も其処では笑うのかなァ。

紆曲的に、ワタシは"二極"を裏切った、辺獄に堕ちたんだ―――絶対不変のゼロ―――お前はどうして其処に居る―――?

元の心は藻抜の殻―――ヒトの形をしているだけにイヌやネコよりタチがワルい―――情ないとも何とも彼かとも…なろう事なら代ろうものをと…歎き悶えた揚句の果てが―――コレなのか?

幾多も、数多も、巨大数も、斯様なザマを見せて居ればああなるのか、あああ、ああああああ、あああああああああ…………。

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