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第20章 本物の意思

「何も彼女は知らないでいる。無知のままなんだ。本当の黒幕が一体誰であるか、を」

「…しかし疑問が残るな。お前と言う存在が殺戮狂であれ、仲間を助けに行ったりするものか?青梅の件のこと、私は既に聞いてるさ」

「…まだ気づかないの?」


そう言うや、彼女はカイアスの首元を掴むのを止め、再びベッドの端に座った。ざっくばらんに話す彼女に対してカイアスは今まで持っていた瞋恚や怒りと言った感情を弱め、徐々に疑問が勢力を強めた。

愚かな人間に対して、彼女は嗤っていた。ミゾロギーに至った天才博士を嘲笑う、遥かなる調子を孤高として佇む存在――それは世界を統べる王のように、両手を一天四海にまで拡げた。カイアスはそんな彼女の様子に、首元を押さえながら睨みつけていた。


「…あれは私の表の人格。私の過去が知りたくて、愚かにも零人理研究会に協力を要請した、救いようのない馬鹿。偽善が強くて、寡黙ながらも洞察力がある…そう、お前みたいに…『思い込んでる』奴なんだよ。ソイツが、私と言う殺人者によって初めて殺された」

「…最初は自分を殺したのか」

「その通り。正義ごっこで遊ぶのが好きな自分を此の身体から消し去った。そして私は"私と言う別人格の傀儡人形"となって、今に至るのさ。だから表の私に聞いてみな、『お前自身に罪は無いのか』、と。精神は違うと言うだろうが、肉体は経験則を以てして体験しているんだよ―――笑えるね」


すると彼女は唐突に両手で顔を隠した。眩暈であった。まるで夢美がカイアスの説明を終えた時に体験したような混乱の魔そのものであった。項垂れ、眩暈をやり過ごした彼女が両手を払った時、そこにあったのは元ある彼女であった。眼帯と長い髪の下から沈黙や深淵を覗く彼女……表立った彼女であった。

開幕早々、警戒した姿勢を見せる黒いマントの男を理解出来ないでいた。それがカイアスだと分かって初めて、彼女と言う存在は驚いた。どうしてカイアスさんが、と言う、突拍子もない文句であった。


「…ど、どうしたんですかカイアス博士。ワタシに何の用」

「…否、何でもない。…ただ、一つ質問いいか?」

「貴方の声、初めて聞きました。…どうぞ、お気軽に質問ドウゾ」

「――――そうだな」ここで彼は深呼吸を数秒行ってから、改めて口を開いた。「『お前自身に罪は無いのか』」


彼女は狼狽した。罪とは一体…お前自身と言う実存に先立った罪過―――彼女に分かる術は無かった。しかし、否定する確証も無かった。彼女は無何有の闇に挟まれ、凍るような寒さに襲われたようであった。

唇はわなわなと震えているが、其れが開く意思を持つことは無かった。彼女は二度、三度カイアスの顔を見てから下を俯いた。寒気がした。悪寒感情に畏怖さえする彼女は、カイアスの質問を脳内で何回も拝趨して理解しようとしたが、其れは叶わぬ夢であった。


「…ワタシ自身の、罪―――」

「どうやらソレは『本物』のようだな」


そう言ってから、カイアスは部屋から出た。

意味深長な言葉を呟いた彼に、彼女は少し不安な気持ちを滾らせた。心の深奥に切迫する謎の感情、本物と言う概念が謳ったプラトニックな夢。…彼女は現を抜かしていたのであった。

今先程まで彼と喋っていた――そのような感覚があったのは事実であった。しかし何を喋っていたのか、かのカイアスと喋った事の一切を思い出せずにいた―――。

彼女は何処か、不思議な達観に到達していた。そのままベッドに寝転がろうとした時、再びドアをノックする音が聞こえた。そのノックの主は声で簡単に把握できた。


「オル~?ちょっとさ、お話があるんだけど…」

「…分かった。今行く」


彼女はすぐに立ちあがってから、簡単な準備を済ましてドアを開けた。


◆◆◆


声の主は彼女に対する呼び方でも理解出来るものであった。ドアを隔てた向こう先には、にとりの微笑む姿があった。彼女と随伴してヘテロもおり、既に弁当は買ってきてるから昼飯序でに話でもしないか、と言ってきた。ヘテロは既に何処かで買ってきたのであろうガムをひとりでに噛んでいる。

その時彼女は何時ものように快諾して見せたが、内心でにとりを嫌悪する情念が誕生した。それは孤独に闇の中で泣きながら、只管にオルタナに向かって訴え続けていたのである。――誰の所為でこんな逃亡劇を繰り広げる羽目になったのか考えろ、と。

しかし、親切は神であった。罪も神であった。彼女にとって神性を帯びたような運命を自ずと否定する訳には行かなかった――つまり夢と言うものは単純であったのである。情けなさが露呈した。同時に諧謔と捉えかねない内心が爆裂四散した。


そのまま3人は病院内の誰も居ない休憩室で昼食を取った。にとりが買ってきたのはコンビニ弁当で、中にお唐揚げなどの肉類で、彼女は自分の適合不適合関係なしに頬張った。

食べながらヘテロはにとりに疑問を投げかけていた。どうしてサーカムフレックス体はこんなにも狙われるのか。其処までサーカムフレックス体は貴重なものであったのか――等々。其れの答えは知らなかった。しかし、"答えたくて堪らない"自分が居ることに気が付いた。

その自分は先程の泣き続けていた情念と極めて類似しており、どちらにも明確な殺意が芽生えた。木の割り箸を持つ手が震えた。何に恐れをなしたのか。楽しく話していたヘテロは其れを見つけ、同時ににとりも発見した。震えは収まらなかった。


「…ど、どうしたのオル」

「……分かりたくても分からない。そして、分かる事を分かりたくない」


彼女はそう言ってから、弁当の中に入っていた燻製ニシンみたいなものを箸で掴んでから、それを"わざと"下に落とした。


◆◆◆


ヘテロは様々な問いかけをにとりにしていたが、彼女は一答一答真面目に答えた。それは今置かれている罪深き人のような堕落を全て直線状に繋げるようなものであった。

彼女は弁当を食べながら、その問答を傍で聞いていた。にとりは答える。「――どうしてサーカムフレックス体が狙われているか、と言うと、オーウェンはサーカムフレックス体に人間を超越した生が潜んでいる、と表明した。でも裏筋のところ、どうやらサーカムフレックス体は沢山居るみたいなんだ。其れが世間には公になっていないだけで」とか、「――我々が狙われてるのは全人間零人理研究会の裏の事情としか考えられない」とか、色々な事を憶測含めた彼女の意思で答えられた。


裏の事情、それが彼女に分かる事は無かった。

ただ、彼女の中でのたうち回っている意思が何かしらのディアノイアを描いているとしか考えられず、前景化の作用を果たす事が何かしらの確信を盾にしている事に気が付いた。殊勝、彼女は純粋であった。シンクロニーは常に彼女の齟齬的な意思を確立させてきた以上――そう言った紆余曲折の畏怖は彼女にとって致し方なかった運命そのものであったのかもしれない。


すると急に彼女は嘔吐の気配を催した。何かの毒を食べたようでもあった―――。

彼女はそのままバッタリと意識を失った。椅子からずれ落ちる彼女の身体を横目で見ていたヘテロとにとりは驚き、すぐさま他人を呼んだ。病院内であったため医師はすぐ近くに居た。

ヘテロはそんなオルタナの気を確かめ、涙さえ流したが、にとりに至っては電話をしたいと言って部屋の外へ出た。忽ち部屋の中は騒がしくなっていったが、にとりの声は鮮烈にも虚無に響いた。


「―――成功しました。後は頼みますよ、チルノさん」

「あたいに任せて。……あんな"生きてて恐ろしい奴"、早く処分しなくちゃ……。カミルやオーウェンの言う通りだった」

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