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第1章 存在の闇

歩行者が車道を自由に行き来し、他の場所では唸り声上げて駆ける車を其の場で見ることは無かった。

遠く、橋梁の上を緑色の筋が通った電車が走り去っていくも、其の喧噪は決して消えることは非ず、彼女は近くの黒色の、街路樹を守るように設置された柵の一つに腰かけていた。

目の前の通りには色々な顔立ちが見えては消えている。それらの人々の興味を惹かんとする客引き商売の売り子は、必死に店の良さをアピールしてはチラシを配るが、殆どが相手にされていない。

彼女は、ふと立ち上がった。彼女の背後の車道で、堂々と人が談話している。此処には車の危険性は無いものなのかと、頭の一つにインプットさせた。


電気街であるこの町の途を歩いて行くと、やがて川が見えてきた。

橋を渡って、右側に見えた巨大な本屋のビルを尻目にしては、彼女はそのままぶっきらぼうに歩いて行く。既に車道では車が走っており、先程の喧噪とは打って変わって落ち着きが取り戻されてくる。

其の最中、ポツンと佇む地下への階段―――地下鉄の入り口があった。彼女は、何故かその気分で地下鉄―――都営新宿線の岩本町駅へ足を運んだ。


電子マネーであるSUICAを用い、ホームに降りる。

地下鉄の駅にしては二つ島型のホームが在り、そのうちの1つに彼女は立った。

時間もそこまで経たないうち、電車が到着する旨の放送が流れ、時を移さずして電車は駅に入線した。ドアが開き、適当に空いていた椅子に座っては、ぼんやりする。彼女は特に行先は無かったが、列車の終点は本八幡と記載されていた。


やがて、座っている彼女の元に、1人の女性が姿を見せた。

吊り革を手に立つ人がちらほらと居る中、その女性は彼女―――オルタナレクリプスXVにとって極めて目立って見えた。すると、女性は寡黙な彼女へ話しかけた。

青髪の、スーツ服を着ては会社帰りを髣髴とさせるスタイルだ。右手には革の鞄を持っている。


「…キミ、サーカムフレックス体の1人だよね?」


オルタナは何も答えない。


「…まあ、人間の言葉には余り慣れてない機種かな。…私は河城にとり、行き成りのつっけんどんな自己紹介で悪いね。―――見た感じ、イシュゾルデ型かな?」


彼女は眼前のオルタナに向かっては、徐に聞いた。沈黙を制する彼女は、頭を俯かせては敢えて河城と言う女性の顔を見ないでいた。地下鉄の走行音と車内の談話が空しく響き渡る。

にとりは、意地でも人見知りを貫かんとする彼女の姿勢に戸惑った顔を見せた。しかし、そんな彼女が心を開くように努力して見せる。何回か話しかければ、きっと頭を上げてくれるだろう、そう言った確信のない自信がにとりを動かす。


「…此の後、何か用事ある?」

「ない」


彼女は端的に答え、増々心底が眩むと同時に、新たな打開点をにとりに与えた。

ならさ、と声をかけ、そのまま言葉を続ける彼女に、乗っていた列車が途中駅である西大島に到着する旨のアナウンスが邪魔をする。此処で頭の片隅に、ふと湧き出るようにしてアイデアが浮かんだのであった。


「…この後、一緒に船堀で―――降りない?久々にサーカムフレックス体に会えたから、さ」


久々に…?久々、ひさびさ、ヒサビサ……。

彼女の一つの言葉の音韻を頭の中で行き巡らせるようにしては、にとりの顔を見つめた。彼女は顔を上げたオルタナの様子を見ては、ふと口元に笑みを浮かべて見せた。

よし、決まり!と、彼女に左手を差し伸べては席から立たせた。既に乗っていた列車は地下から抜けて地上を走っている。


「まもなく、船堀、船堀―――」


◆◆◆


船堀駅を降りて、駅前を歩く2人。

持ち前の電子マネーであるSUICAを持っていたオルタナもにとりも、そう言った唐突な途中下車に融通が利いた。空は雲一つない快晴で、駅構内の時計の針は12時を示していた。…お昼時だ。

駅前広場からそう遠くない位置に存在していた、チェーン店のドーナツ屋に足を運ぶ。全てにとりが奢ってくれる、と言う体裁の下、オルタナは肩身を狭くしながらも幾つかのドナーツを取り皿の上に運び、テーブル席の壁側に座った。反対側の椅子ににとりも座るや、彼女は切り出しとして口を開いた。


「…名前は?」

「……オルタナレクリプスXV」

「オルタナ系列…?」


にとりは自身の顎を撫でて、会話を続けた。

彼女はドーナツを頬張っているが、人見知りな性格のオルタナは緊張し、身を小刻みに震えさせては恥ずかしさで顔すら上げられない状況であった。

極度の消極的な彼女に、にとりは当惑の表情さえ呈していたが、オルタナと言う名は一切予想外で、対照的に興味を深めていく。


「…その様子だと、最後あたりに作られたサーカムフレックス体だね。この最新型の剣と言い…だが、聞いたこと無い名前だ」


にとりはオルタナの背中の鞘に納刀されている剣を指さした。


「…飽くまで予測だけど、キミは―――過去への記憶の一切が無い」

「うん」


彼女は静かに認め、頷いて見せた。

にとりは持ってきていた鞄を机上で展開し、中に入っていた資料を隈なく取り出した。その中の一枚にサーカムフレックス体の文字が刻まれているのを見て、オルタナは何処か頭が痛くなった。

やがて彼女はオルタナの前に一枚の資料を差し出した。其処には一人の女性の全身の姿の写真、そして付随するように説明の文章が書きこまれている。彼女は其れを薄目で見た。髪の中から見える、うっすらとした全貌。


「…イシュゾルデ型サーカムフレックス体の基調的な説明の資料だよ。この資料には今まで製造されたサーカムフレックス体の説明が入っている―――しかし、その中にオルタナレクリプスXVの名は無い。要するに、本来キミは居るはずがない、謎の存在…」


彼女は話を続けた。


「…キミが記憶を持たないのは、キミと言う存在が何らかの形で生まれた事に意味があるハズなんだ。そもそもサーカムフレックス体と言う事物が研究対象なのに、オルタナ系列なんて初耳だなぁ」

「…聞きたいけど、アナタは何者?」


オルタナは言葉を発した。にとりは唐突な問いに口を濁すも、すぐさま言葉を続けた。

戸惑いさえ見せたが、其れはオルタナの人見知りな性格の所以である。


「私は中目黒にあるサーカムフレックス研究所のしがない研究員だよ。…日々、キミたちサーカムフレックス体を研究している」

「…じゃあ、ワタシの正体が何であるのか…ワタシの過去を、もしかしたら暴いてくれる?」


彼女は片言の言葉でにとりに聞いた。

其れは彼女が真剣ににとりへ問い質したもの―――正しくして自己が今まで散々気にかけていた事象への干渉の可能性を見いだせたものであった。彼女は両手でにとりの右手を握った。その様子は、周囲から見ても、また主観的に見ても、彼女の真意に対する態度が顕わであった。


「…ワタシは、何も知らない。どうしてここにいるのか、何が目的なのか。もしかしたら、ソレを貴方は知っているかもしれないし、手掛かりがツカめるかもしれない」

「手掛かり、ねぇ…」


にとりはドーナツを頬張りながら、徐に思索してみた。


「…先ずさぁ、私たちのラボに来ない?なかなかサーカムフレックス体には出会えないからさ、此方とて好都合なんだ。キミも、もしかしたら自分の真実が知れるかもしれない」

「…行く。ワタシ、本当の自分を見つけたい」

「…なら決定。此の後、連れて行ってあげるよ」


そして、そんな2人はドーナツを詰め込むように食べたのであった。

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