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第18章 廃空の正義

夢美がカイアスの説明をした時、其れを受け流すように聞いていたオルタナは突然眩暈に襲われた。混乱の魔である。其れはカオスの中で漂い、終わりなき放浪を繰り返す彼女の足を引っ掴み、掻き回し、更なる黮黯へ陥らせるものだ。机上に両肘をつかせ、顔を覆い隠す彼女。その最中にも唐突に湧き出た錯乱的暗黒が彼女を覆った。辛苦に近いほろ苦さが、彼女の<夢>を占拠する。

その様な不自然な仕草を見せた彼女を、黒いシルクハットに韜晦されていた眼は見つめていた。不可解で、それでいて遍く価値を持つような「それ」を、彼は視界の範疇に捉えていた。今までの経験則に従う余地を見せない、相容れぬ「それ」を。彼は深く椅子に腰かけていた身を置き上がらせ、机上に置いていた足を地面に着地させる。一見何事もない動きであったが、沈黙こそ真理の彼にとっては重大な意思表示であった。


「お、オル……大丈夫!?」

「ワ、ワタシハ……平気。平気だよ」

「ほんとぉ?私は冗談抜きで大変そうに見えたけどね……」


にとりの問いに対して答弁した彼女に、天子は素っ破抜かんとして更に言問うた。彼女は否定しておき、場の調子を取り乱さない方向性に転換させる。天子の問いも無駄に終わって、場の空気は全人間零倫理研究会もちきりとなった。警察との関連性、狙われるサーカムフレックス体―――あらゆる可能性が指摘され、そしてヴェルサス体の開発に無理強いに協力させられている彼ら彼女ら、零倫理科と同盟を結ぶこととなったのである。その件は全会一致で賛成された――と言うのも、かのカイアスも頷きで賛同の色を見せた――からであった。ノーエンデイルは浮かない顔をしていたが、一応は賛成した。

しかし、此れからは一体どうするのか、と言うレヴィナスの問いに対して、オルタナたちは満足な答えが出せなかった。未来性なベクトルは図れても、その閾値が求め出せないのであっては意味が無い。1たす1が2であっても、2たす2が5であったなら意味が為せない時と同じように。


オルタナは畏怖を抱いていた。それは自らが特異生命体であり、人間たちから狙われることである。オーウェンの死生観が、熟した人間の奇天烈な発想が、自由への逃亡に際する意思が、彼女を震撼させた。それはヘテロとて同じであった―――結局、そうであった。

彼女たちは逃げたかったのだ。…人間と言う普遍的な存在になって、こうもして覚えのない追撃から早く逃れたかったのである。だが其れ一心にして何をも生まぬ愚劣者の名を馳せるのは御免蒙る話で、而して逃げたい意思が跳梁跋扈するのは俯瞰していて見苦しい。これは自由だ、そう思い込むことが自由である。私の実存は自由だ、自由故に不自由であって、行く先も戻る先も自由だから、考えなくてはならなかった。考えなければ、どうなるのか。彼女たちにとって見た"死"が迫るだけだろう。

絞首、斬首、磔刑、セメント靴、凌遅刑―――どんな死が差し迫るのだろうか。あの時にとりに発見されなければ、行き先の無い地下鉄に乗って何処までも行ってしまえば―――こんな目には"遭わずに済んだ"。それも自由だ。行く末消える末、訪ねる末去る末、表玄関に堂々と飾られた看板の名は「自由」であった。

その「自由」が、彼女を特異生命体にさせたのだ。優艶な存在であろうと、天賦の才であろうと、実存の格付けは自由によって執り行われる。一体、自由とは何なのだ!彼女はそう思い、怯え、震えていた。


「…幹部の誰かを気づかれないように捕まえて、割り出せばいいんじゃないかな。それを証言としてマスコミに流し、世論と言う最終兵器で研究会と警察を叩き潰す」


トフェスヴァルキリーが提案した。そこには今まで散々な事を押し付けられた憎悪が籠っている。

だが、それは警察さえ追ってくる危機的な状況の中で最も難易度が高く、最も効果的なものであった。例え魔理沙や白河を助け出しても再び攫いに来るのはオチである。だが、最終兵器はまだ使われていなかった。

此の事を公にすれば忽ち、かの究極召喚は敵を葬り去るであろう。オルタナは自己の中でそれを最適な方法と演繹し、トフェスヴァルキリーに対して頷いて見せた。周りを見渡せば、カイアス以外の全員が賛成していた。かのカイアスは何一つ表情を変えないでいながら、オルタナの事を気に掛けていたようであった。彼女も彼が自分の事を気にしている事実には気が付いていた。沈黙こそ正義、の彼にとってどのような意味を示唆していたのか、オルタナは結局分からなかった。


◆◆◆


その日は、警察に見つかってしまう可能性もあるので、向こう側からの薦めによって武蔵小杉病院に寝泊まりする事となった。5つの病室が部屋として与えられたが、オルタナは病棟の中で一番端の病室であり、純白のシーツが掛けられたベッドに彼女は寝転がった。大の字で、天井を見つめながら。

隣の部屋にはノーエンデイルが居る。壁は少し薄く、壁に耳をくっつけて見ると隣室の音が多少たりとも聞こえた。その既成事実に気が付いた彼女は暇だったので耳を近づけてみた。

――――ですので、ええ…――…そう言った事は無く、世論を味方につけるだの言ってます…――…ですから、ええ…―――…此処は任せます、カミルさん…―――

カミルと言う単語が、しかも尊敬の意の修飾語まで丁寧に付随している。何やら嫌な予感がした。頭が痛くなる。此れ以上壁の向こうの音を聞く自信が無かった彼女は、そのまま大の字で目を瞑った。


……―――わたしはお前を恐怖に落とす。それゆえ、お前は無に帰する。人が探し求めても、お前は永久に見いだされることはない。


エゼキエル書に書かれていた一文句を呟いてから、彼女は寝た。

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