第14章 解放の応酬
彼が話していた時、不意にヘテロの懐が揺れたのであった。相手は白河で、瞠目して内容に目を通した。
白河と魔理沙とアリスは一緒の部屋に連れてこられたが、最後にはアリスが2人を裏切る形で、そのまま兵士を統率するようにして去ってしまったという。
その魂胆たるや、やはり彼女は最初から裏切るつもりだったのか、とオルタナの脳裏を過らせた。其れは立派で、それでいてみずぼらしいものであった。
同時に湧き出た憤怒の情が、改めてアリスに向かってベクトルを放つのだ。凄まじい閾値を誇る其れを止める術は知らないでいて。
ヘテロも同じで、オルタナのように隠すこと無く怒りを爆発させ、自分のスマホを地面に向かって勢いよく投げた。其れを拾い上げるノーエンデイルは状況を蒙昧ながらも汲み取った。
「仲間が研究会と通じていたのか?」
「……まあ、そんなところだ」
「裏切り、ねぇ…。……よくよく考えて見れば、あの時の俺らも、世間から傍見たらそうだったのかもしれないな」
「…どういうイミ?」
「そのまんまさ。ただ表裏の一切を拭い捨て、表の面だけを見て判断する。つまり俺らとて、実際は事実無根なのに『裏切り』の仮面を被せられていた訳さ」
「じゃあお前は悪者と断定するのは早いって言いたいのか!?仲間を見捨てたって言ってたのに!」
「…詳しくは知らないから此れ以上は言わないけど、さ」
この時、怒りに濡れるオルタナとヘテロを見て、"薄気味悪い何か"を、ノーエンデイルは悟っていたのであった。そもそも電波がジャックされている中で、どうやって相手は情報を提供したのか?そもそも感覚的に捉えていた本質は、全て嘘なのでは無いのか?知りうる中で数多の事実と反った現実が起きていたが、更に2人の思慮を絡ませると面倒だと思いこんだ彼は、言うのを止めた。
零落した中での反駁こそ、結果的に何も生まず、それでいて混沌を作り上げるものは無い―――確かにそうだった。そうであったのだ。だからこそ、彼の裏面はそう感じたのであろう。
だけれども、彼の中で沸々と沸き上がる"心意的感情"……身体がそう伝えるのだから、其処までして言い留める大義名分は一体何なのだろうか?
「…とにもかくにも、今はアリスを見つけ出して問い質すと同時に、皆を助けよう。其れが先決だ」
「ウン。それがイイ」
「…なら先に皆を解放してからの方が便宜がいい。俺も今日からは反乱分子の一員になろう。…先ず、入り口のシャッターを開放する為にセキュリティセンターに行く必要がある。セキュリティセンターの鍵は持っている」
そう彼が言った後、善は急げと言いたげにしながら、3人は駆け足でセキュリティセンターへ向かったのであった。
◆◆◆
3人はセキュリティセンターに行くまでに、多くの敵と対峙した。と言うのも、セキュリティシステムが行く手を阻むのだ。
天井に取り付けられた監視カメラがレーザー光線を放ったりと融通を利かせない為だけに作られた機械を前にして、3人は武器を介して戦う。
オルタナが中心となって剣で斬りかかり、ヘテロが拳銃で援護する。ノーエンデイルは、と言うと、彼は持ち前の剣――刀身が深紅に染まり、まるで灼熱の炎を添加させているようなもの――を手に。確立して戦っていたのだ。
その剣はオルタナが持つ剣より鋭く、苦労して一体のセキュリティシステムを倒している間に彼は何体もの機械を倒しているので、彼女に憧憬さえ感じさせた。
セキュリティセンターに着くと、彼は持っていた剣を服に隠れた鞘に仕舞った。蒸気が溢れた。このロジックに懐疑を抱いていたオルタナは、鍵を取り出そうとしていた彼に言問うたのであった。
彼は左脇腹の、多少に懐柔されていた油断箇所を人差し指で何度か優しく突かれたので、ふと振り向いた。
「…どうして剣からジョウキが出てるノ?」
「ああ、これか。此れは俺が独自に開発した剣でな。実際に石油を中で燃やしてるんだよ。その熱さが伝導してるわけ」
「ソウナノカ。中でセキユ燃やしてメリットあるのか?」
「実を言うと、此れは剣で斬る、と言うよりも溶断する、が正しい使い方なのさ。実際は石油を燃やして、中に在る高速振動装置を起動させて、発生した熱で溶断出来る。普通の剣より恐ろしい代物だぞ」
「…カッコイイ」
「御世辞も大概にしときな。…因みに剣の名前はレーヴァデイン。まあ俺と名前が似てるって事もあるんだけどよ」
そう言うや、彼はセキュリティセンターに入る為の鍵を取り出しては、眼前に立ち誇って聳え立つ鋼の扉の差し込み口に入れた。
鍵は円環に括りつけられた沢山の鍵の中の一つで、他にも別の部屋に入る為のキーが存在している。しかし其れらには歯牙にもかけない彼は、そのまま部屋の中に入った。
真っ暗であった。常に明かりが点いているはずなのに、と逆説的感情が生まれた彼を他所に、オルタナとヘテロが足を踏み入れた。
薄暗い鉄の牢獄。雑然として置かれたパソコン。幾つかのモニターが真っ黒になりながらも監視中継を続け、映し出す幾多ものテレビ。飛行場のように何もないパイプ机。
其処は普遍的に存在するような監視室そのもので、シャッター開放のための方法操作を3人は探していた。
「…これだ」
ノーエンデイルがそう言うや、忽ち彼は機盤の中に存在していた紅いボタンを押したのであった。
入り口前の監視カメラが、モニターにシャッターの様子を映し出していた。どうやら無事に開いたようである。彼は胸を撫で下ろしたい気持ちを山々にして、次なる行動に出る。
オルタナとヘテロはモニターを興味津々に覗き込んだりしていたが、取りまとめて彼は次の作戦を指示した。
徐に溜め息一つ、この世の醜悪的な佇まいに慨嘆するような様子を見せるノーエンデイル。「飛行場のような」パイプ机の一つの上に腰を下ろし、重量を掛けた。
慣れていない様を呈する机は音を言わせるが、ひ弱な態度に二、三回鞭打つ彼こそ、世界を罵る、暴言的な横暴さを腹から滲んでいたのかもしれない。
だが此の世界はイングソックのような集産主義、もといコーポラティズムの集約的団体に対する契約によって築かれた脆く儚いものでは無いので、この机のように零落した態度は軋轢にも生まない。
「今度は…全員を救出する。そうしに来たんだろ?」
「しかし、捕まってしまうのデハ……」
「俺はこう見えても研究会では結構ランク高い位置に居てだな、重役って言うのか?役割の多寡は俺が引き受けてるのさ」
彼に続いて部屋から出て、元あった牢獄の前を通りすぎ、今度は彼は2人に隠れていろと言う。
オルタナとヘテロは壁の陰に隠れていながら、その様子を見ていた。静かに、こっそりと、四つの視線が一定方向に集中する。
其の先には、離れ離れになってしまった存在である天子も居たのであった。しかし束縛を楽しんでおり、浮かれたような笑い声を上げているので、気味さえ悪く感じる。
彼はにとりたちが捕まっていた大広間に出ては、胸に付けていた研究会バッジを見せびらかすようにして、そのまま何処かへ消えてしまったのであった。
数分経って、彼はそのまま広間に姿を現した。しかし今度は、隠れていた2人に対して手招きをして見せたので、オルタナとヘテロは信じ込んで広間に出た。
そして堂々と彼は目隠しだの桎梏だのを外すので、流石に気が引けそうになったが、此処でノーエンデイルがものぐさに言ったのである。
「……警備隊の奴らに、警備交換の旨を伝えておいた。既にオーウェンは家に帰ったらしい。今がチャンスだ」
「チャンス、ねぇ」
突然、轟々しい音が広間内に響き渡ったのであった。床が振動し、地震と錯覚してしまう規模であった。
咄嗟に全員の束縛を解放させ、パチュリーとにとりを解放、続いて楽しみ中の天子を解き放ち、現実を見させたのであった。
そんな彼女たちの前に颯爽と現れては、広間中に電気が灯った。明るい中で彼女たちは其の形姿を視界に捉えたのだ。否、捉えられない事が出来なかっただけなのかもしれない。
迷彩服を纏い、背中には虫食いのような穴が空いた漆黒のマントを風に靡かせ、年季の入ったベレー帽を被る男。金髪の若い顔立ちで、ルックスは(オルタナ判断で)良好。
見た目では研究会の連中とは到底思えないような存在が、其れで居て彼女たちの前に茶褐色の装甲を纏った戦車に乗ってやって来たのだから、唖然とする他ない。
その威圧放つ巨大な主砲をオルタナに向け、戦車を止めるや其の装甲の上に立つ彼。マントが夜の冷たい風に乗って良く靡いた。
カリスマさえ醸し出す其の佇まい、オルタナは何かを感じ取った。其れは謂うところの第六感みたいなものであったが、洞察や省察でどうにかなるような人物では無かった。
「―――余計な真似してもらったら困るんだよ」
「…お前は誰だ!?」ノーエンデイルの言葉が空間に、爆発のように炸裂した。
「私のことかい?…覚えていたまえ、私の名はロンメルゴースト。今日は此処の警備を任されていてね、オーウェンさんに雇われているんだ。だから契約通り、仕事させて貰う」
彼は徐に言い放った。現金な性格みたいだ、と内心嫌悪して見せるオルタナ。
金さえあれば飛ぶ鳥も落ちる、とでも言いたげに威勢よく構えるので、反射的に彼女も構えた。続いてヘテロ、天子とノーエンデイルも戦う姿勢を取った。
パチュリーたちは後ろに避難しながら、緊迫した事の経過を見守っている。
「生身で戦車に勝てると思うなよ。…契約通り、好き勝手やらせて貰う。この公会堂がどうなろうが…私には関係ないのでね!!」