表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/26

第10章 頽落的なマイノリティ

オルタナたちを乗せたワゴンは雪道の中を疾走する。元々降雪地帯でホテルを構えるオーナーとの事もあって、ハンドルを手慣れたように扱っていく。

ひどく寒さが車内にも渡って攪拌され、やはり防寒具を身に付けていないと身が震えてしまう。其れほどまでの寒さを、オルタナたちは体験していた。

まるで先験的ア・プリオリな<虚弱>を否定された哀れな第二の羊を、彼女は肯定している、否、されていたようであった。

飽くまで後験的アポステリオリな霊性、そして不可視のダイナミックな<暴落>―――至るところにまで圧し掛かろうとする極寒の吐息。

雪でスリップする音が多々聞こえる中、オルタナは一言も喋れなかった。歯をがちがち物を言わせ、先程の闘いでエネルギーを消耗した彼女に着け込む疲労菌ファティーグ・ファクター

見るだけ感じるだけで情けなくなった、自己への韜晦したいような、陰鬱且つ安穏な感情……まるで萬物は死んだ、とでも言いたげな其の醜悪な、そして魯鈍な「眩暈の」胎嚢性。

付けてあった眼帯から流れ出る疲弊、困憊が彼女をありのままに物語っていた―――蝕まれ、そして体内の全てが駆逐された―――とでも言いたげに…。


車内ではオルタナとアリス以外の人物が元気そうに会話を展開させ、無邪気に談笑を愉しんでいた。

愉悦に浸っていたヘテロたちに、後座部左寄り窓側に座っていたオルタナは窓をぼんやり眺めている。流れゆく、変遷された情景には白しか映えない。

家が、木々が、青い縁の小さな橋が、普遍的に降り行く氷雨の餌食にされ、頬張られるのだ。まるで銀の怪物が大口開けて喰らった跡のように。

それらを尻目に走り去る白ワゴンは、あらゆる意味で、そして、究極的な意味で<世界を翔ける船>みたいな未知の機関にさえ思えた。

遠くに見える世界線すいへいせんを追いかける其の様は、怪物に辛うじて被害を蒙りながらも耐え抜く、頑強で、強靭的な不変性を受け持っていた。

オルタナは考えた。此の世界はクロワ・ミスティークのような神秘性を一切持っていることは無いし、或いは、厳粛性を包摂した救済と破滅の対極化された陰陽のような霊視性を持っていることは無いのだ、と。

洞察を、省察を続けるだけで絶え間ない残酷的で且つ不可解な情念が滲み、そして溢れ、彼女の心拍を圧倒的に支配するのだ。

理性とは意識される法則。確かトルストイが言っていた―――そんな<諧謔主義的なパスルのような理性>が、世界を裏から操り糸で操っていたのだ、とオルタナは考えた。

そして、また頭が痛くなって、意識が朧げに陥ったりしては、目を覚醒させるのだ。髄脳の中の何かが目覚め、それからまた別の何かが眠りに落ちるかのように。…今まで、其れの繰り返しであった。


蒙昧とする意識にカバーディングする琺瑯のような感性の理が、必死に蠢いて、ただ只管に抗おうとするのだ。

冷却化された理性が其れを取り留め取り押さえようとするが、飄々とした調子の動きを見せる感性は易々と抜け出してしまうのだ。

頽落怠惰な理性が、果たして感性を捕まえられるのか―――それこそミゲル・パラモのような人物柄の、其処から僅かに在る人情を差し抜いたような<捨象されたもの>に、何が出来るのだろうか。

そもそも、前提的な話に舞い戻ってみれば、オルタナの描く理性が感性のようなすばしっこいハツカネズミを捕まえられるかどうかは逆転的な発想が無ければ不可能に近い訳なのである。

無論、其れが出来ないと断言主義に陥る訳では無い。しかし、ぬめぬめした泥鰌のような身体を持つ感性を鷲掴みしようとするのは無謀に近いだろうし、サイコメトリストな訳でもないのだ。

客体として常に慮られ、ゆめゆめ作用を及ぼされてきた被写体が、此処まで妨げられてきてもなお其の理性に捕まらない事実的<主体>は、齟齬や矛盾律が働いているかのように、まるで主体性の欠片もないのだ。

そのうえ、やおら思わせ狂わせの描き調子で頭の中で絵をメタファーさせるのだから、アンビバレンスもいいところなのだ。


やがて白ワゴンはかなりの思索時間をオルタナに与えては目的地に辿り着いた。

模索に耽れる十分な猶予は、車を白雪積もった森の中にひっそり佇む洞穴の入り口まで来ていた。途中までは何時崩れるか分からないほどの獣道を通ってきたが、余程のテクニックが無ければ此処まで近づけないだろう。

洞窟はそれこそ不気味な雰囲気を醸し出し、入る事さえ躊躇いが出てしまうような薄暗さ、真空のような沈黙が、入る者を拒んでいる様に思えるのだ。

岩窟、それこそ巌が切り立っていて、鋭利な障害物が入るのを否定しているのだから、車から降りたオルタナは到底行こうと思う気にはなれないのだ。

途を踏み外してまで冒険者になるのは勇気では無く無謀の誤謬だ。それぐらいの分別は出来ているつもりでいた。何故と問われても分からない、不可思議な陰的霊性が、そう話していた。


「…はい、これ」

「……軍手?」オルタナはぶっきらぼうに白河から渡された軍手に幾回か連綿的に目を開閉させた。

「中は雪の解けた水で濡れてて危険だ。これから向かう場所は、それこそ生身で行けないような場所では無いけど、何も準備しないで行けるような場所でも無い」


そのまま役目を終えた役者のように踵を返す零人理研究者。

身勝手な性分だなあ、と自己がサーカムフレックス体である事を噛締めた上での意思を投企させた。

現実的ヴォルテックスが、自身を呼び覚まさせるのだ。深い眠りの床についた勇猛そのものに憧憬さえ抱いて、其れに対して右手を差し伸べさせたのだ。

案の定、隆起するようにむくむくと「それ」は起き上がるのだ。やはり眠らせたままでさせた方が得策だったのか、起き上がってしまった後で悩む話では無いが、懺悔はしていなかった。

飽くまで現実を見据えたレアール・ポリティークとして、若しくは現実性のシンジケートとして、世界に絵筆を下ろすのだ。


既にオルタナとにとり以外の全員は我先にと岩窟内へ入っていった。

にとりは入るのを躊躇する彼女が気がかりで仕方なくて、一旦岩窟に入ろうとしていた足を踏みとどまらせた。

再び戻っては白ワゴンに寄りかかって寒さで震える彼女を心配した。声を掛けられたオルタナは、にとりが良心良識の理解者である事を改めて実感させられたのである。


「…どうした?何か嫌なことでもあった?」

「なんでもナイ……」オルタナは会話を回避しようとした。が、逆に此れがにとりの心配感情の琴線に触れた。

「何か嫌な事があったら、言った方がいいよ。自分で溜め込むより、誰かに話した方が有意義だし、何しろ二分されるよ?」


彼女の言い方は極めて優しいもので、不意にオルタナは感銘さえ受けたほどであった。

信頼を寄せてもいいような、正しく其の様な人物柄に触れて、オルタナは徐に口を開いたのである。


「…まあ、その、あれだよ。…アリスの事が気になってさ」

「…さっきも言ったけど、アリスは貴方を警戒してる。この探索についてきたのも、もしかした意味深長的な考えがあるのかもしれない」

「それがコワい。何故ワタシは不可視の<睨み>を受けなくちゃならないのカ…。それが、はっきり言ってワタシの心の大部分を侵蝕した」

「あいつの過去に何があったかは分からない。でも、自己を築き上げていた殆どを反故にされてしまったらしいんだ、サーカムフレックス体に関係する何かによって。あいつはあいつなりに深い苦悩を抱えてるんだ、今のところは許してやってくれないか」


此処で岩窟内から2人に向けて声が届いた。

其れは2人が来ない事に気づいては戻ってきた魔理沙であり、金の長髪に粉雪を多少積もらせては叫ぶように言った。


「来いよ同志!怖いものは何も無いぞ!!」


そう言われたら仕方がない。オルタナは渋々後を付いて行った。


◆◆◆


滴る水雫。厳かに佇む天から生えた鍾乳石。外の世界とはまた別の、隔たれた閉鎖世界。

暗がりの中、渡された懐中電灯を元に、ついにオルタナは洞窟最深部の、サーカムフレックス体と因果づけられているであろう場所に着いた。

此処は最初、白河と河城の2人がオルタナに繋いで測定した<約束された地>であり、確かに零人理としてのスポットでは著名であったが、最近は雲隠れしていたのだ。

最奥には巨大な水晶―――其れも暗がりを燦然とかき消してしまう程の明かるさで―――が神のように君臨しては佇んでいたのである。

アリスは近くの巌に座っては休憩していた。事実、此処に来るまで結構な時間がかかっていた。

しかし、このレイヴスラシルのような救済者のようにさえ思惑を抱かせる巨大クリスタルに、自分の意識裡の何が結びついていたというのだろうか、其れが気がかりであった。


クリスタルは、その内なる輝きにオルタナとヘテログロジアを映し出した。

2人の姿は、まるでオーラに包まれた妖精のシンボリックになったようであり、幻想が正に其処に在ったのだ。

映画のように映えられる2人の姿。やがて2人の姿は忽ち融合を遂げ、また別の新たな姿を映し出した。しかし暗闇がその姿を覆い、正体は掴めない。

この時、全員が水晶に視線を釘付けていたが、背後から不思議な視線をオルタナは感じたのだ。無論、背後には知り得る限り誰も居ない。疑念が募った。

まさか、とは思ったが、此処で仮定的な疑問を発したところで荷物扱いされるだけなのが、投影された未来として簡単に図に浮かんだ。

深淵の中で佇む"其れ"こそ、彼女が夢の中で観た少女の輪郭とまるでそっくりで…何処か身震いさえした。


「…オルタナ、オルタナ」


其の名を呼ぶ声が聞こえた。重厚感のある声で、其れは洞窟内に大きく響き渡る。


「お前は本来、此の世界に存在しないはずの存在であった。しかし、非存在から存在へ成り上がったのは、お前が此の世界に使命を持って生まれたからだ。

次なる地にて、世界は大きく変革を始めるだろう。お前はそれを止めなければならぬのだ」

「変革、変革って何」

「やがて世界の何をも覆い込む悪夢そのものだ。それは人間を破壊し、新たなる生命体を築き上げようとしている。遠い未知の神秘は、人間によって破壊されようとしている。

今に、お前が思う「世界理性」を理解しなければならない時が来た。…時は満ちたのだ。

―――お前に力を授けよう。お前の想う、お前の意思によって、お前はその変革を、お前自身の手によって葬らねばならぬのだ。其れこそ、お前の使命なのだ。お前の罪滅ぼしを唯一可能にするものとして」


やがてオルタナの右手人差し指に、直径1cm弱のクリスタルの結晶が填められた指環が潜られていた。

其れは岩窟内に佇む水晶の欠片を採取したかのような輝きを同じくして持つもので、とてつもなく神秘的なものであった。

更に声はオルタナに告げた。


「お前は罪人なのだ。否、サーカムフレックス体と人間によって称された天使どもは、皆、罪人なのだ。罪滅ぼしの為に穢れた地上に立っているのだ。

お前は、その中で最悪と言ってもいい罪を犯したのだ。お前の罪は、其れに依ること以外で晴らせぬ。覚悟して決起しなければならぬ、すればお前は永遠に地獄を彷徨うだろう―――」


声は此処で途切れたのであった。


◆◆◆


岩窟で起きた、謎の現象。それはその場に居た論証科学主義者の背筋を凍らせるに等しかった。

窟内元来の寒さを忘れさせる如し其の霊現象は、喩え神秘主義に近い零人理科学者とて、一驚に馳せられた。

オルタナは其の声の主によって与えられた指環を静かに見据えた。どんな場所でも輝きを忘却させないような希望そのものが、其処には詰まっている。

彼女は考えた。サーカムフレックス体が罪人であり、水面に映える自分自身そのものこそが下劣な罪人であるならば―――どのような罪を犯したのか。

穢れた地上、そもそも以前のワタシは何処に居たのだろうか―――古典的に考えれば月なのか―――考えるに考えても分からない。

ヘテロは指環を授かったオルタナに話しかけてきた。既にクリスタルには2人の姿は映し出されておらず、燦爛と輝いているまでであった。


「その指環、綺麗だな」ヘテロは指環を称賛した。

「…ウン。しかし、何時の間にか指に嵌っていたなんて…現実では考えられない現象だなァ」

「もう常識に囚われるのは時代遅れかもよ?そもそもサーカムフレックス体の実在って時点で世に常識を問うているんだし」

「…しかし、ねぇ。貴方、一体どんな罪を犯したのよ?」そっけない声で言問うたのはパチュリーであった。「永遠に地獄を彷徨うだろう、って…」

「ワタシは、知らない」オルタナは既知を否定する。「何も分からないノ」

「―――其れを捜すのが、我々零人理部研究員って具合じゃないんですかね?」此処で口を挟んだのは白河だ。「ただ、常識に囚われるのが時代遅れって考えには賛同」

此処で魔理沙が言った。「結局、同志の過去は分からなかったが、此れから嫌な予感がすると言う予言と神秘現象が確認できた。それだけでも収穫は大きいさ」

「此の後何処に行くの?もう只見は用済みかしら?」パチュリーが言う。「どうせなら、私のホテルに来ない?電車本数は少ないし、車で移動するのが良いと思うわよ?」

「その案に賛成」アリスがぼそぼそ声で発した。「只見線の本数調べたけど、次乗る予定の電車の時間は6時間後。駅舎で6時間待つなら、車の方が合理的」

「なら其れにしようか、同志」魔理沙が言う。「今から出よう。英樹とにとりは洞窟内で何か研究材料になりそうなものを採取してくれ」


◆◆◆


一行は何とか洞窟の出口に戻っては、白ワゴンに乗り込んでいく。

岩窟内は相変わらず滑りやすかったが、ヘテロが途中で一回足を滑らせて頭から後ろに転んだこと以外は一切何事もなかった。

無論、ヘテロは平気そうな顔をしては車内でお菓子を食べている。どんだけ買い込んだんだ、とオルタナの包含する疑念を尻目に、車は発車した。

にとりと白河が魔理沙の命を受けて集めた研究材料をじっと眺めているアリスに、白河とにとりと魔理沙とヘテロはしりとりをしていた。しかし最初はヘテロから始まった「しりとり」に白河が「倫理」と返すように、<り>返しが行われていた。

パチュリーはその様子を微笑ましそうに思いながらハンドルを操り、オルタナは窓際でぼんやりしていた。

ふと、懐のスマホが揺れた。手に取って確認してみると、オルタナがやっていたネット上の人たちからのコメントが来たようであった。

オルタナは何時からか―――それこそ頭の片隅に置いて忘れてしまったが―――SNSをやっていた。現実では臆していただからだろうか、ネットだと気軽に話しかけられる…と言うのも口を媒介とせず、指と画面を媒介させるから…であった。

自分の名を隠し、アカウント名は「ローレンス・ウォーグレイヴ」―――そしてSNSの名は<Google+>…対してやってる意味も無く、浮上(SNSを)している割合は低い。まだ無名のままであった。

だが、そんな彼女に親しみを以って接してくれるユーザが一人いた。…そして今回の相手もそうだった。


――――お前が思う、お前なりの最善の意思なら、俺はどんな結果になろうが何も思わんわ。


反応された投稿:3日前のワタシの投稿―――『ワタシが世界を揺るがすような存在で、もし皆を不愉快にさせてしまう結末を導いたら、皆はどう思う?』

"そいつ"は優しかった。ワタシにとって、最適の、そして最上の答えを返してくれたのだ。何故だろう。そう考えれば考える程、増々訳が分からなかったし、知らない方がいいような気もした。


やがて白ワゴンは浦佐を抜けて越後湯沢の街に入って行く。

ヘテロとパチュリーにとって見慣れた景色そのものが、ワゴンの窓を通して見えているのだ。遠くにはスキーを行っている人々の、楽し気な光景が広がっていた。

しりとりをしていたヘテロは突然に感嘆の声を上げ、湯沢の街を視界に映した。多くのホテル群が軒並みを連ね、観光客で賑わいを見せている。シーズン中である為、尚更であった。

やがて白ワゴンは越後湯沢から抜けて、越後中里の街に入る。其処にあった、巨大な白の建物に立派なエントランス……白ワゴンは其処に停車した。エントランスの岩の碑には大きく「エンゼルヴィナレッタ 越後中里温泉」と書かれてあった。


着いた旨が耳に入ったオルタナは、車から降り立った。只見と比べて若干気温が高い気がするが、それでも東京と比べたら極寒地に変わりはない。オルタナに続いて白河やにとり、魔理沙やアリスが降り立つや否や、そのホテルの立派加減に感嘆の声を上げたのであった。

中に入って行くと、フロント受付口に出た。此処で1人居た受付係が気づいたが、後ろからやって来たパチュリーとヘテロによって目を覚ました感じにハッとしては、素っ頓狂な声を上げたのであった。


「…ぱ、パチュリー様にヘテロ!?」

「……この人たちは来賓よ。空いてる最上級の部屋…そうね、スーペリアツインに案内してあげなさい」

「分かったよ。でも、人数分けは?」

「3部屋あれば向こうで決められるわ」


此処でパチュリーがオルタナたちを案内しようとしたが、ヘテロが真っ先に冷やかしに受付口の元に走って行った。もとい仲良しであったためなのか、頬を突く元気そうなヘテロに受付係は笑みで対していた。

よく目を凝らして見てみると、右胸部に付けられていた名札には、ただ小綺麗にも単調に『比那名居天子』とだけ書かれていたのであった。


◆◆◆


案内されたスーペリアツインは非常に広々とした部屋で、快適であった。

オルタナはヘテロと同じ部屋であったが、此れで良かったと思っている。掛け時計を見れば午後の1時、まだ時間には猶予があるだろう。ヘテロは彼女に買い物行ってくる、とだけ言い残して姿を消してしまった。

机上には、ヘテロが買いこんでいた菓子が詰まった白亜色のビニール袋が置かれている。孤独になった彼女はソファに腰かけては、ただぼんやりしていた。

ふと思いついた彼女はスマホを展開させ、ネットニュースをざっと流して目を通した。特にこれと言ったニュースは無い。やるせなさが出た。どっと疲れが押し寄せてきて、何だか情けなくなってきたのだ。


ふと思い立って、彼女は部屋を出た。鍵を持って行くが、そんな大用では無い筈だ―――そう思った所以、彼女はホテル内を歩き回った。部屋わけとして、アリスと魔理沙、白河と河城、そしてパチュリーは別の部屋で1人寝ると言う。ああ、此れがパラノイア的無心だろうか……言葉が頭の中で続かない。

彼女はそのまま、防寒具を部屋に置いてきたまま外に出た。雪が降っている。寒い、冷たい。何処か息苦しさ―――其れは自己の動静を収まらなくさせるモノ―――笑いが出た。

あははは、と一貫性すらない虚しさを響かせてみた。雪が身体に降り積もるだけだ。ますます情けなくなってきた。自分と言う億劫な存在が、何に導かれたのか。

ああ、サーカムフレックス体じゃなければ良かったのに。もし普遍的に存在する人間だったら、最初からテーゼもアンチテーゼも関係なしに全てを導き出しては類論でアウフハーベン出来るのだから。何もかもが壮観、スペクタクルに見えるのだ。しかし零人理は、その漢字が示すように人理的なものが"ゼロ"なのだ。…そうなのだ。それだけで、素晴らしいのだ。


駐車場に出た。

停めてあった車の全てに雪は襲い掛かったが、その中で黒い外套を羽織る男がオルタナの前に現れた。彼はまるでドラキュラ伯爵のような漆黒で、しかし青年面で在る為に、もしや伯爵の子孫では、とふざけた思考が頭の片隅に生まれた。其れを捨てた彼女は、雪が降りしきる中、ぼうっと立ち尽くして見せた。

彼は徐に口を開いた―――何をも寄せ付けない調子狂わせで―――言ったのだ。


「……キミが越後湯沢のホテルに来ている、と話を受けてね。まさか本当だったとは」

「…ワタシに何かヨウ?」

「用が無ければ此処には来ないし、わざわざ雪に当たる必要も必需性も無い」


彼は徐々にオルタナに近づいた。背丈はオルタナより少し高い位で、ちょうどオルタナの天辺が額の上部に来る。


「キミは確か、イシュゾルデ型のサーカムフレックス体…違うかい?」

「合ってる」オルタナは認めた。「その通り」

「意外と素直に認めたなァ、予想外。…突然の奇天烈な発言で申し訳ないが、キミは此の世界に居てはいけない存在なのだよ。…簡潔に言えば、我々全人間零人理研究会にとってキミはコペルニクス的展開をさせるような存在だからね。ニュースか何かで見聞きしたハズだ、あの憎き妹紅が捜索開始の声明を出したことをサ」

「…ナニが言いたい?ワタシを脅すためか?」

「脅迫紛いの事は嫌いでね。…キミと一度話しておきたかったんだ。……何処かで話せないだろうか、雪の中では"我々人間にとって"身体に悪いのだ」

「…そもそも、アナタは誰ナノ」

「…紹介遅れたね」


彼は雪降る中で、着ていたスーツの裏ポケットから名刺を取り出しては徐に渡した。雪が紙っぺらの名詞を濡らす。名詞には「全人間零人理研究会書記 レフィエルム・ウェーバー」とだけ端的に書かれていた。


「…書記のウェーバーと言う者でね。昨日のニュースでも僕の事が大々的に報道されていた……そもそも意見のどうこうに意見を示しただけで誇張的に拡散されるのは誠に遺憾だ」

「…所詮はマスコミ」

「分かってるじゃないか。所詮、結局、帰するところ、彼らはマスコミなのさ。マスコミはマスコミ、愚衆を扇動させることしか出来ないし、また、其れしか能が無い。偶々その愚衆がサーカムフレックス体に興味を抱いてるが故に僕が飯を食べていけるのだし。…マスコミも、愚衆も、そして僕も、世論の隷と言ったところか」

「…で、ワタシに何が言いたい?」

「…単刀直入でワルイけど、キミを抹殺しておきたいんだ、何時か。…更なる被害を蒙らせない為にも、比喩を上げれば安楽死だ」

「…脅迫だな」

「そりゃあそうさ。僕だって言いたくないけどサ。でも、言ってあげよう。…もうじき彼らはキミたち、東京大同病院零人理部を囲むだろう、独断で益を出そうとしてるだの適当に理由をこじつけて引き渡しを求めて。すればキミは為されるが儘だ。本当にコレでいいのかい?」

「…なら戦うまで」

「……何処まで見通したのかシュミレーションしたのか分からない勇気は構わないけど、それじゃあ何時の原始時代か分からないのだよ。適当に棒を振り回していてもマンモスには勝てない」

「アナタたちはマンモスのような強さや頑強さを誇っているノ?所詮は人間デショ」

「その通り。所詮は人間、キミとは訳が違う。だから恵比寿の公園に突如現れたアンティキティラ型のサーカムフレックス体らしきものに勝てる訳が無いし、能力も無く、それでいて巧緻に狡猾なのさ。…まるで萬物は我以外に救済されぬと大声で言うように、ね。…無論、我々全員がその自惚れに耽溺している訳ではないし、果たして世界を導かんとしているのだよ、荒唐無稽この上ない」


彼は両手をズボンのポケットに突っ込んだ。

そして足元に積もっていた粉雪を少し蹴っては、話を続ける。


「此れからはキミたちがどう動くかは、僕が口を出せる領域では無い。ある種での聖域だ。だが、僕は全日本零人理側として動く。僕はマジョリティ派であってマイノリティ派では無いからね」

「…ワタシを迫害するのか?」

「僕自身が直接手を下すような乱暴は余りしたくない。でも気色の荒い奴ら…それこそ、あの妹紅だったり会長のオーウェンとかが何でもやりそうだな。少なからず僕はキミに希望を見出しているのさ」


此処でウェーバーは駐車場に停めてあった車に乗り込んで、そのまま帰ってしまった。

其の場にポツンと取り残されたオルタナであったが、急に不安が過った。ウェーバーの言う事が本当なら、と仮定的だけれども笑えないような話の幾多が螺旋状に組み合わさっていくのだ。

雪の寒さか、それとも不安の震えか。身体を震わす謎の感覚を持って、彼女はホテルに帰還した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ