第9章 夕映えの雪
後に聞けば、オルタナたちが戦ったサーカムフレックス体のあれの顛末は既に鉄道会社の本社と確認を取ったらしい。場所が場所であったので、運転士が単独で線路状態を判断して、其れを只見駅まで一時的に運転するよう許可を得たと言うのだ。此の事はマスコミ関係者にも流れ、都会で暢気にしていた報道関係陣がごぞって山間の田舎町に足を運ぶようであった。
そんな事はいざ知らず、寝ぼけ眼であった彼女は起こされたからと言うもの、只見のホームに降り立った。だだっぴろい積雪平原の真ん中に、彼女は立っているのである。周囲には雪が土壌の上につもり、白の禿山となった山々が聳え立っていて、壮大さや雄大さを重々に物語っている。
彼女たちはそのまま駅舎へと向かった。こじんまりとしていて、中には石油型のストーブが設置されていた。雪の中で戦った彼女にとって、其れは有難味が深いものであった。
既にヘテロが使用していたが、オルタナも加わるようにして其の温もりの恩恵を受けようとしている。その、争いにも近い争奪戦の荒唐無稽な姿を、遠くでベンチに座ってはぼんやりと眺めていたにとりは笑っていた。
アリスは駅舎構内の数少ない自動販売機で設置されていた温かい缶コーヒーを買い、ゆっくり喉に通していた。
構内を徘徊していた白河は暇そうに辺りを見渡していたが、置いてあったパンフレットを一つ手にとっては中に目を通した。
紙には只見の街の地図が書かれていた。しかし粗放なまでに広く、何処か目立った観光地が存在するわけでもない。
だが空気は非常に新鮮で、都会の空気と比較すれば雲泥の差であった。別荘地には最適かもな、と彼はふと頭の片隅に浮かばせた。
此処から向かうべき場所は多少離れていて、車が無いと行けないだろう。その事を聞こうとした時、察した魔理沙はパンフレットを立ち読んでいた彼の右肩を静かに叩いた。そして徐に耳元で囁いたのである。
「私は其処まで垢抜けてんだぜ、同志よ」
「院長、ちゃんと手配してるんですか」
「ああ。それも、ヘテロが働いてると言うホテルのオーナーが『近いから車で送るよ』と言ってくれてね。多少、列車の到着時刻は遅れたが、直に来るだろうね」
やがて駅前に白のワンボックスが停車した。運転席から降り立っては、駅内へと入って行く。
魔理沙は入ってきた存在を歓迎し、その久方ぶりな再会を尊び、そして喜んだ。向こうも同じ反応で、互いに固く握手をした。
「久しぶりだな。越後湯沢では上手くやってるか、パチュリー」
「お陰様でね。私にはサーカムフレックス体はサッパリだけど、車の送迎ぐらいは頼まれてあげるわよ、何時も世話になってるしね」
「感謝する、同志よ」
車から降りてやって来た仲間の姿を見たヘテロは、その温まっていたストーブを吃驚した拍子で蹴とばしてしまった。
何とかオルタナが其れを抑えたが、やはりヘテロにとっては"突然の再会"であり、また仕事の日に戻った錯覚さえ与えられた。
寄与された現実的非現実の属性はよもや再来しないだろうと思っていた矢先の事象であり、心臓が先程サーカムフレックス体と戦った時よりも鼓動を打っている。
唖然としてはあたふた慌てる様子を見せる彼女に際するパチュリーは、近づいてはヘテロの頭を優しく撫でたのだ。
元から植え付けられていたイメージが、今の行為に対しての鑑賞的価値を大きく変えた。
「…オ、オーナー」
「アナタがまさか人間じゃなくてサーカムフレックス体だったとはね、種族詐称もいいとこだわ。確か履歴書には堂々と書いてあったケド」
「すみませんオーナー。今まで、ずっと隠し通してきた事実なんです。でも、堂々とサーカムフレックス体だと言えば何が起こるか分からないもので…仕方ない隠蔽処置だったんです」
「別に種族どうこうで差別する私じゃないわ。貴方の事情の事も含め、皆には秘密にしておくわ。…別に宇宙人であろうがロボットだろうが、私に忠実で、且つお客様を愛してくれるなら誰だって歓迎するもの」
其処にはパチュリーの、経営者としての本質が見え隠れしていた。
隠し通してきた事実が露呈した今でも、感情を表立った事をする事も無く、ただ一人のホテルマンとしての彼女を視界に捉えていたのである。
「まあ、今の私はアナタたちの遣いを頼まれてる存在。貴方の仕事に関して今は言う権利なんて無いわ。しっかり休暇楽しんできなさい。代わりに勤務日にはキッチリ働いてもらうわよ」
パチュリーは静かに、そして威厳を持たせて、一人の経営者として発言した。その言葉には、非常に重みのあるものであった。ヘテロはその声に反応しては頷き、その怯えの色を払拭させた。
改めて立場を転換させた彼女は、駅構内で暇そうにしていたオルタナ一行を案内するため、白ワゴンに乗るよう言った。一番暇そうであったアリスが乗り込み、続いて白河や魔理沙が乗り込んだ。にとりは乗ろうとしたオルタナに近づいては、耳元でこっそり囁くように物を言ったのであった。其れはオルタナの脳神経にまで響き渡るようなコーラス、木霊で―――何処か幻想的な属性を帯びていた。
「…アリスの態度、凄い憎いと思わない?故意的に切符を『こども』にしたり、不愉快になるような視線向けてきたでしょ?」
「……ウン」オルタナは肯定した。「居心地がひどく悪いキブンだよ」
「…ああ見えても、彼女―――サーカムフレックス体には恨みを抱いてるんだよ」にとりは静かに物を言った。「どんな事が過去にあったのかは分からない。でも、その復讐の為に零人理部の統轄にまで為ったらしい。…言えることはこれだけだけど、負けないで。何時かアナタに敵対してくるハズだから…」
そう言い残しては、にとりは車に乗り込んでしまった。
オルタナは一人孤独に、雪原に放っておかれたような居心地であった。横殴りに降る雪と言う名の記憶の雨が痛く当たって、不意に怒りが滲んできたのだ。理不尽な扱いを受ける現実に対してなのか、はたまたアリスに対してのものなのか。其れは彼女にも分からなかった。ただ、自分に対して投げやりなものが彼女の心の域の殆どを埋め尽くした。
泣きたくなった。眼帯の、睫毛に接している面が不意に熱くなった。目頭が濡れ、やるせなさが生まれた。此の怒りは一体ナンナノダロウ、アア、ワタシの想フ、"イカリ"……。
ユルセナイユルセナイユルセナイ……アアアアアア、アアアアアアア――――ツーツーツー…。
森閑とした暗黒がワタシを包み込むんだ―――頽廃的な何かが私を深淵に引きずり込んでいく―――アハハハハハ…………お父オさア――ン……お母アさ――ン……。
……体内を貼り廻った電纜管が一気にハジけトんで…ワタシは壊れた、あの時に壊れた……ワタシの本当のワタシは――――――アアアアアア………ツーツーツー…。