命は投げて捨てるもの
ーーそうだ。飛び降りよう。
十三階段というと、絞首刑を執行される人間が最後に登る階段という認識が強い。
これは戦後の日本に入ってきたアメリカからの文化のうちの一つであり、十三という数字の不吉さが元になったのかもしれない。
あるいは、学校の怪談において、普段は十二段のはずが真夜中には一段増えるという話のほうが一般的だろうか?
そこまで考えて、僕は一人自嘲する。
別に縁起担ぎをする性格ではないし、この階段は十三段よりも多いし、そもそも、階段を登る『目的』を考えれば怯える要素なんて皆無だ。
――だって、僕はこれから死ぬんだから。
◇◆◇
階段を登りきった先にある扉を開け、僕は屋上に足を踏み入れる。
「寒っ……」
風が強い。はためく制服のジャケットを抑えつけ、僕は屋上の柵に近づいた。
僕の胸のあたりまでしかない高さの柵から身を乗り出せば、真下はコンクリート。他の生徒がいない今なら、周りの迷惑なんか考えずに死ねるだろう。
「おい、危ないぞ」
そう声をかけられたのは、僕が柵を超えた辺りだった。
邪魔が入ったという事実に舌打ちしかけたが、今までが順調すぎたのだ。これくらいの妨害は仕方がないだろう。
「危ないって、落ちることに対して? もしそれなら心配いらないよ」
僕は振り返ることなく言葉を続ける。
「だって、落ちるんじゃなくて飛び降りるんだから」
さようなら、僕の人生。声をかけた君にはトラウマになっちゃうかもだけど、屋上に居た君が悪いってことで。
「待てって言ってるだろ。飛び降りなら余計放っとけるか」
体重を前に傾けた瞬間、強い力で腕を掴まれる。そして支えを得た僕の体は、そのまま柵の外側に留まることとなった。
「ーー! 何するんだよ!」
怒りを込め、僕の腕を掴んでいる相手を睨みつける。
相手は僕より頭一つ分ほど背の高い、短髪の学生だ。見かけない顔だから、少なくとも同じクラスではないだろう。
「それはこっちのセリフだ」
彼は相変わらず淡々とした口調で、僕の行動を戒める。
「自殺未遂を見て止めるのは当然だ。それより、何故飛び降りなんてしようとしたんだ」
「……別に。あんたには関係ないだろ」
そう。彼に僕の事情なんか関係ない。
どうせ、上っ面だけの善意で助けようとしている自己満足の偽善者野郎だ。
「……死にたくなるようなことでも有ったのか?」
彼は神妙な面もちでそう尋ねてくる。
短絡的だな、と僕が言いかけた瞬間―ーー
「まさか、『飛び降りたい』とか頭悪そうな理由ではないだろう?」
「……」
こんな奴に、頭悪そうとか言われた。
「む? どうかしたのか」
「手、離して。あんたと話しているのは時間の無駄だ」
「これからの時間すべてを無駄にしようとしているお前が言うな」
その点に関しては返す言葉がない。そんな事実が悔しかった僕には、取り繕うことなんかできなかった。
「うるさい。あんた変わり者だよね、うざい」
「ああ、よく言われる」
それは変わり者という点に関してか、うざいという点に関してか、もしくは両者か。
その日以降、僕は何度か屋上に行ったが、飛び降りようとすると毎回彼が邪魔をしてくる。
そしてそのたびに、「命は大事だから」などとのたまうのだ。
◇◆◇
どうやら彼は藤岡という二年生らしい。つまり、あのノリで自分より年上だということだ。
噂好きのクラスメートや先生に聞き込みをした結果、
「ああ、あのアクセル全開ノーブレーキ?」
「割とお節介だよね。悪気はないんだろうけど」
「付きまとわれてるんだ、ご愁傷様」
どうも、藤岡の名は変わり者という評価と共に広まっているらしい。
そして、最後には決まってこう言われるのだ。「悪いことしようとしてるなら、早くやめたほうがいい」と。
「また今日も止められるのかなぁ」
そう呟きながら、僕は屋上へと続く階段に向かう。
この頃になると、彼に飛び降りを止められるのが半ば日課と化していた。
◇◆◇
だがその日常は一つの事件によって幕を閉じることになる。ーー屋上が封鎖されたのだ。
「一体何があったの?」
屋上までの階段にロープが張られ、その周囲には学生たち多くの野次馬が集まっていた。
僕は近くにいたクラスメートに何があったのかと尋ねる。
「自殺だよ」
「じ、さつ……」
クラスメートは説明を続ける。
今朝、校舎裏に生徒が倒れていたのを運動部員が発見したのだそうだ。
周りの状況を考えるに屋上から飛び降りたらしく、一命は取り留めたもののそのまま病院に運ばれたらしい。
そして再発防止のため、屋上も今後立ち入り禁止になるそうだ。
「それで、飛び降りたの、……あの人なんだ」
「……そう」
『あの人』が誰を指すのかは、嫌でも見当がついた。いつも僕を邪魔していた藤岡先輩だ。
「なんだよ、僕には『死ぬな』って言っといて……」
もう屋上に行けないじゃん。
以前いただいた感想では「お前のような自殺志願者がいるか。と突っ込めばいいんですね。」というお言葉をいただきました。よくわかっていらっしゃる。
「命は~」ネタだけを聞いて書いた話なので、とりあえずタイトルはこのままです。