第六話
夜、食事を済ませた俺たちは……戦っていた。
「ここまでですね。そろそろ勝たせてもらいます」
「ギヒヒッ、勝利宣言は早いんじゃないかオーヤ? オレはまだ戦える」
「……これじゃ! ば、ババじゃないか!」
「がっはっは、ババアがババを引きやがった」
「殺すぞマオ!」
「ババババア」
「ぬうううううう!」
ババ抜きで。
明日も仕事があるはずなのに、元気な三人とトランプで遊びだした。
とりあえずババ抜きからと思ったのだが、ババ抜きが終わらない。
この三人は自分が負ける度に「もう一回!」と言うので、他のゲームへ移行させてもらえないのだ。
さっきの勝負はキューさんが負けたので、当然のように続行させられている。
もちろん、俺が負ければいいだけの話である。
そうしてもいいのだが、遊びは全力でやるもの。負けた人が続けたいといえば、続けるべきだろう。
……一度も負けていないので、気分がいいというのもあるんだけどね。
さてゲームに戻ろう。
手持ちのカードは三枚。俺はババを持っている。なので、ババ以外のを一枚だけ目立つようにはみ出させて持った。
俺からカードを取るのはゴブさん。彼は慌てず、にやりと笑った。
「分かっているぞ。さっきもそうやってババを引かせたな? つまり、ババはその目立っているやつ! お見通しだ! ギヒヒッ……ババだ」
「ぶははっ! お、お見通しだぞって言ったじゃねぇか!」
「ゴブリンキングも地に落ちたものじゃな!」
ひどい煽りっぷりである。ゴブさんの手はぷるぷると震えていた。
だが、彼もやられっぱなしではない。カードを机の下に隠し、シャッフルする。そして、マオさんへと差し出した。
「今度はお前の番だ。ギヒヒッ、分かるか?」
「これにしておくか。……おい、力を抜けよ」
「ギ、ギヒヒッ、本当にそれでいいのか?」
「いいって言ってんだろ! ババじゃないからって足掻くな! おらぁ! ……ババじゃねぇか!」
「ギヒヒヒヒッ」
悔しそうな顔をしながら、マオさんもカードをシャッフルする。そもそも、ババを持っているかは言わなくていいのだが、この三人は逐一報告していた。
そういう策略もあると思うのだが、ここまで顔に出ているともろバレである。本当にこの人たち偉いのかな……。
そしてマオさんがキューさんへとカードを差し出す。
キューさんは指を移動させながら、マオさんの顔をじっと見ていた。顔で見抜こうというつもりなのだろう。
「……どうした? 引けよ」
「分かっておる。これか? それともこっちか? ……今、頬が動いたな。つまり、こっちじゃ! ババではないか!」
「ぶははははは! 九尾よえー!」
二回ほど負けた回数が多いキューさんは、うぐぐと唸りながら俺へとカードを差し出した。
可哀想だが、勝負とは非常な物である。なによりも、キューさんは顔ではなく尻尾に全てが出ていた。
ババへ触ると尻尾がぴょんっと跳ね、それ以外へ触れると尻尾がへにゃっとなる。つまり、どれがババかはすぐに分かった。
……なので、俺は他の二人を引っかけてやることにした。
ババではないカードを引いた後、一瞬止まった後にカードを隠してシャッフルをする。その行動を、魔王とゴブリンキングは見逃さなかった。
「ギヒッ、ババが一週したか」
「……どうぞ」
「おい、ゴブ引くなよ」
「分かっている……これだ! ふぅ、セーフだな」
ババはキューさんが持っているので、慌てることはない。しかし、知らないゴブさんにはプレッシャーを与えられた。
問題無く俺の番まで周り、キューさんから引いたカードであがらせてもらう。その瞬間、二人が目を見開いた。二人の驚いた顔が面白い。
「お、おい、なんでオーヤが上がったんだ? お前、ババはどうした!」
「まさか謀っていたのか? ギヒッ……バ、ババはキューが持っているのか?」
「……さて、本当に妾が持っているのかな」
「マオ! お前、キューが引いたと嘘をついたな! 騙されるところだったぜ、ギヒヒッ」
「違ぇ! 俺様じゃねぇ!」
三人は誰も信用できない状況となって慌てだす。
その中、一人あがって高見の見物をする俺。勝てるかは分からないが、これでキューさんもいい勝負ができるだろう。
俺がそう思っていたときだ。ゴブさんからカードを引こうとしていたマオさんが、とんでもないことを言い出した。
「なぁゴブ」
「ギヒヒッ、なんだ?」
「……人間が、ゴブリン族の集落近くで目撃されただろ?」
ぴくっとゴブさんの肩が動いた。なんか、やばい話をしている気がする。
しかし、俺はもう現状を見守るしかない。黙って話を聞くしかなかった。
マオさんの揺さぶりは、その後も続く。ゴブさんの心を乱そうと、止まることはなかった。
「あれな、俺様たちのほうでは理由が分かってんだ。知りたいか?」
「分かった、もうそれ以上は言うな。……これを持っていけ。ギヒヒッ」
「ありがとよ! ……ババじゃねぇか!」
「ギヒヒッ! どうせ教える気なんてなかったんだろう」
「くそがああああああああ!」
ここからがひどかった。マオさんのせいでなんでもありだと二人も判断し、お互いに有益な情報をちらちらと出す。
冷静さを三人が失っていき、熱気が高まる。三人共青筋を浮かべているし、かなりやばい。
と、止めたほうがいい! そう思ったのだが、すでに手遅れだった。
バンッと三人は同時にカードを机へと叩きつけて立ち上がる。やばいやばいやばいやばい!
「てめぇら魔王舐めてんじゃねぇぞ!」
「ギヒヒッ、それはこっちの台詞だ。ゴブリン族こそ最強の一族。その強さを教えてやってもいいぞ?」
「これだから野蛮な者たちは……妾を少しは見習え、雑魚ども」
「ま、待って……」
しかし俺の声は届くことが無かった。ドーンと轟音が鳴り響き、気づいたときには天井へ穴が空いている。なぜ空いたのかは分からない。
さらにマオさんが出した雷が俺の横を通り抜ける。避けられず巻き込まれるところだったのだが、ゴブさんが庇ってくれた。信じていました!
次にキューさんがゴブさんへ符を投げつけようとする。ゴブさんは俺を盾にすることで、キューさんの動きを止めた。ゴ、ゴブさああああああん!?
俺を前に出すことにより、動きを止められると全員が気付く。そこから先は地獄だった。
俺は三人から守られ、盾にされるを繰り返すことになる。当然、生きた心地はしない。
悲鳴を上げることもできなくなった頃、誰かが撃った魔法で砕け飛んで来た破片が、頭に当たり俺は倒れた。
「やべっ! オーヤしっかりしろ!」
「ぼ、防御魔法をかけておらんかった! すぐに妾が治療を!」
「ギ……ギヒッ? やばい量の血が出ているな。オーヤ! 聞こえるか、オーヤ!」
喧嘩をやめた三人の俺を心配する声を聴きながら、意識は遠のいていった。
目を覚ますと、自分の部屋の布団で横になっていた。
三人は俺の横で気まずそうに座っている。正座はしていないが、俯きがちにだ。
……つまり、さっきのことは夢じゃなかったのだろう。俺は隠すこともせず、大きくため息をつく。
それを聞いた三人がびくっと反応し、我先にと口を開いた。
「いや、防御魔法をかけていなかったと思っていなかったんだ!」
「怪我は全部治したぞ? じゃからその、まぁお終いと言うことにしておこうではないか」
「ギヒッ、オレたちといればこういうこともある」
反省していないような言い方ではあるが、彼らは頭を下げずとも反省している。そのことは見れば分かったので、俺は笑って返すことにした。悪い人たちじゃないからね。
……しかし、それが良くなかった。三人はここぞとばかりに、自分の非を無かったことにしようとし出したのだ。
「そ、そうだよなー! 俺様たちも悪いが、あんな簡単にやられるオーヤも悪いよな!」
「妾たちは気を付けていたからな。体を鍛えたほうが良いのではないか?」
「ギヒッ、ゴブリン族の戦士くらいには戦えるようにしてやろうか? なぁに、そうすればあの程度のこと……」
「…………」
三人は俺の様子に気付かず、いつまでもぐだぐだと言い訳というか、俺が悪いと言っている。
さすがにカチンと来た。嫌味の一つでも言ってやろうじゃないか!
殺されるかもしれないなどの恐怖より、苛立ち解消を優先し、俺は口を開いた。
「いやー、自分が悪くても謝れないって大変ですよね。あ、もしかして人のせいにして生きて来たんですか? なるほど、そうやって偉くなったんですね! はっはっはっ」
「「「……」」」
三人が、口を閉じ俯く。
思っていた以上に効果があったようだ。プライドに障ったのかもしれない。
少しだけいい気分になったので、それ以上言うのはやめておくことにした。この辺で退いておこう。
「まぁ俺が悪いってことで、この辺にしておきましょうか」
「がっはっはっ……オーヤ、魔王に喧嘩を売るとは大したもんだ」
「くっくっくっ……さすがに、妾も堪えられんな。自分たちが悪くても、許せんことがある!」
「ギッヒッヒ、ゴブリンと思えば敵だと決めつけやがって。相手になるぞ、ギヒヒッ!」
「俺は別にゴブさんを敵だとか言っていませんよね!? それ、絶対に自分たちの世界の話でしょ!? 後、悪いのはそっち……ぎゃああああああ!」
三人が俺の腕やら足を掴んだり、ひっちゃかめっちゃかになる。殴り合うようなものではなく、頬を引っ張ったりする些細なものだ。
しかし、基本スペックで負けている俺に勝ち目は無い。気づけば、俺の上に三人が乗っていた。
「ぐぞぉぉおおおお」
「がっはっは! 俺様たちの勝ちだな!」
「俺様たち? 妾たちじゃろ?」
「ギヒヒッ、まぁどっちでもいいじゃないか」
三人は俺の上で楽しそうに笑っている。納得いかない気持ちもあるが、こういうのも悪く無いかもしれない。
また少し、この困った三人と仲良くなれた気がする。そう感じられる日だった。




