第五話
今日の夕食はどうしよう。拭き掃除を終えた俺は、そう考えながら台所へ向かった。
悩みつつ居間へ入ると、台所にはキューさんがいて何かをしている。ふむ……?
近づいて後ろから見てみると、料理をしている。味噌汁とかも普通に作っているが、見たことがない異世界の素材が使われていたりするのだろうか?
俺、明日生きているのかな? そんな失礼なことを考えていたら、こちらを振り向いたキューさんがにっこり笑った。
「妾は家にいるとき、食事を作ることにしているのじゃ」
「……料理できるんですか?」
少しだけ失礼なことを、思うがままに聞いてしまう。だがキューさんはカラカラと笑ってくれた。
彼女は手際良く調理をこなしながら、後ろにいる俺へと返事をする。
「ほら、妾は偉いじゃろ? あっちじゃ料理とかさせてもらえんのじゃ。料理は好きなんじゃが、料理人の仕事を奪ってはいけんからな」
「へぇー、優しいんですね。家庭的なところもいいと思います」
「そうじゃろそうじゃろ? もっと褒めていいんじゃぞ?」
キューさんは、とても嬉しそうに料理を続けていた。物騒なだけの人かと思っていたが、最近は違う一面を見せてくれている。
なんとなくそれが嬉しく、俺は手伝いを願い出た。簡単なことしかできないが、彼女が嬉しそうにしてくれたからよしとしよう。
後、使われているのは普通の食材だけだった。一安心だ。
その後、帰って来たマオさんとゴブさんも交えて、夕食をとることにした。各自で食べてしまっていることが多いので、四人で夕食をとるのは初めてのことだ。
楽しそうに酒を飲みながら食べる三人。おいしい食事と、今日も仕事が終わった解放感からだろう。
楽しそうな三人へ、せっかくなので聞いてみたいことを少し聞いてみることにした。
「そういえば、三人はどうやってこの家に来たんですか?」
「地下に魔法陣があるって言っただろ? ギヒヒッ」
「いやいや、そうじゃなくて、どうして魔法陣があるのかってことです」
「あー、そのことかぁ」
マオさんは「うーん」と呻きながら悩んでいたが、ぽんっと膝を手で叩いた。
もしかしたら、重大なことがあるのかもしれない。そう思い、俺も背筋を伸ばして話を聞くことにした。
「実は内緒なんだがな」
「はい……」
やはり三人共、どことなく緊張の面持ちだ。隠されていた謎の一つが解明される時が来た。
いやがおうにも、こちらまで緊張してしまう。ドキドキとしながら話を待っていると、マオさんが笑い出した。
「魔法陣がここにある理由は分からんのだが、俺様の城内で変な裂け目が空いちまってな! これどこに繋がってるんだ? 調査が必要! 新しい土地を得るチャンス! 侵略だ! ってな」
「……え? 侵略しに来たんですか?」
「そうそう、最初はそのつもりだったんだ。だが、どんなところかも分からないだろ? ってことで面白そうだし、まずは俺様がこっそり一人で見に来たわけだ」
面白そうだからって、魔王が一人で次元の穴にほいほい入るのはどうなんだろうか? 帰れなかったりしたら、大変なことになる気がする。
そこまで考えての行動だったのかと聞きたいが、マオさんのことだから思いつきだろう。部下の人たちが気の毒になった。
「で、来てみたらこの家の地下だ。見たこともない建物だし、こりゃおかしいと調べていたら、人間の爺さんと婆さんに出会った」
「ま、まさか爺さんと婆さんを!」
「そう、気づいたら座らされてお茶と菓子を出されていてな。愚痴っても全部聞いてアドバイスしてくれるし、こりゃ侵略できねぇってなるだろ。居心地もいいから、俺様だけの別荘にしようと思ったわけだ」
唖然とした俺は、額に手を当てた。かなり危ない状況だったように聞こえる。
爺さんと婆さん、恐れを知らなすぎだろう。魔王にお茶や菓子を平然と出しているとか、図太すぎる。
……まぁマオさんのことは分かった。じゃあ、二人はどうして? そう思い見ると、まずはゴブさんが口を開いてくれた。
「ギヒヒッ、オレたちの集落にも怪しい穴が空いてな。大体同じ理由で一人調べに入ったわけだ。で、来てみたら魔王がいるわけだろ? 罠だと思い、戦う一歩手前になった」
「そ、それで?」
「気付いたら、爺さんと風呂に入っていた。ギヒヒッ、変わった人間だよな」
なにその綱渡りな状況。本当に一歩間違えば、この世界は侵略されていたということだ。
……しかし、戦いは回避された。
安心していると、今度はキューさんが頷く。最後に彼女の話を聞こう。
だが想像はつく。どうせ気づいたらお茶やお菓子を出されていたんだろう。
「妾も次元の穴を見つけて、楽しそうなので来たわけじゃ。そうしたら魔王とゴブリンキングに囲まれているわけじゃろ? こいつら手を組んだな、うまく騙された。そう思ったので、とりあえず吹き飛ばそうと思ったんじゃが」
「へぇー、やっぱりお茶やお菓子……吹き飛ばす?」
「まぁそうはならなかったんだけどな。こいつが一番早く順応してやがった」
「この世界の食事はおいしいから、妾も侵略はできんな」
「キューさん……」
彼女はけたけたと笑っている。吹き飛ばされなくて本当に良かった……というか、頬が少し赤くないか?
三人を見回してみると、なんか妙にテンションが高い気がする。これ、酔ってるじゃないか!
机の上にあるビールの缶を手に取ると、全て空き缶だった。瓶もほとんど空。三人でどれだけ飲む気なんだ。
「まぁまぁそういうこともある。オーヤも飲め。妾が酌をしてやろう」
「ありがとうございます」
俺はコップへ注いでもらった後、気付かれないよう隣にいるゴブさんの前へと移動させておいた。とある事情があり、酒は苦手だ。
ゴブさんはコップが増えたことを不思議そうにしていたが、全く気付かず飲み干していた。かなり酔っているな。
そして話の続きへと戻る。キューさんは俺にも酒が入ったと思い、油断している感じで話始めた。
「じゃが、その後はなんだかんだうまくやっておるぞ」
「そもそも、家を吹き飛ばそうとしないでください……」
「がっはっは、まぁ今でも週に一回くらいはぶっ飛ばしてるんだから、気にするなよオーヤ!」
「さらりと変なこと言いましたよね!? 週一回ぶっ飛ばしてる!?」
聞き捨てならないことを言っているが、笑っていて話が聞き出せない。爺さんと婆さん、こいつらに甘すぎだろ!
さすがに咎めるべきだと思っていたら、ゴブさんが俺の肩へ手を置いた。ゴブさんだけが頼りです!
ゴブさんは大きな鼻を擦った後、ギヒヒッと笑った。
「心配するな。爺さんと婆さんには防御魔法を常にかけてある。オレたち三人分だぞ? 傷一つつきゃしないさ。ギヒッ」
「ありがとうございます……? いや、家も守ってほしいんですが」
「無理だ」
「無理じゃ」
「無理だな、ギヒヒッ」
駄目だ。この酔っ払い共、話にならない。週一回家が吹き飛んでいたとか、ひどすぎ……あれ? そういえば、俺が来て一週間が過ぎている。
防御魔法とか言っていたが、俺にもかけられているんだろうか? 恐る恐ると、俺は三人へ聞いてみることにした。
「あの、俺にも防御魔法って」
「かけてねぇよ! がっはっは!」
「大丈夫大丈夫、オーヤは大丈夫さ。ギヒヒッ」
「心配せずとも、今度かけてやろう」
「本当にお願いしますよ?」
その日、夜遅くまで酒を飲み明かした。
部屋に戻り、横になりながら考える。週一度、大変なことが起きている。そして俺には防御魔法がかけられていない。
……もしかしたら、明日は目が覚めないかもしれない。死ぬかもしれないという恐怖を感じながら、俺は中々眠れぬ夜を過ごした。




