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第三話

 頭の中を整理しよう。

 俺は爺さんと婆さんの留守を預かることになった。

 同居人がいるらしい。そして目の前にはゴブリン……。

 整理が完了した俺は、じっと見ている彼へと手を差し出した。


「ゴブリン! すごい! よろしくお願いします!」

「ギ、ギギッ? もっとこう、驚いたりとかはないのか?」

「いいじゃないですか! いやぁ、こういうことってあるもんですね! ゴブリンゴブリン!」


 完全に頭がおかしい人である。だが、テンションを上げて誤魔化すしかなかった。

 今、目の前にファンタジー世界の存在がいるのだ。しかも人間を殺している。俺の命は風前の灯火。

 しかし! 爺さんが同居を認めている以上、危険な人物なわけがない!

 ということは? ……そう、俺は本当にファンタジーへ足を踏み込んだのだ。


「ゴブさんはこっちで暮らしているんですか?」

「今日は休みだ。誰もいないのもあれだと思ってな。ギヒヒッ」


 うんうん、俺が来ることを知っていたらしい。

 こんなに頭がおかしい気分なのは、いつ以来だろうか? 爺さん先に説明しておくべきじゃないか?

 その後も楽しく? ゴブさんと話を続けていたのだが、いつまでもこうして居られない。


「っと、そうだ。爺さんに連絡を入れようと思っていたので、部屋に戻りますね」

「ギヒヒッ、そうか。また後でな、オーヤ」


 俺はなんとも言えない気持ちになりながらも、部屋へと戻った。



 部屋に入り、大きく深く深呼吸をする。頭の中は混乱の渦中。だが混乱している場合ではない。

 まずは、爺さんから事情を聞きださなければならなかった。


 スマホから音が流れる。早く出てくれ、頼むから説明を頼む!

 未だに、自分の目か頭がおかしくなったのではないか? という考えを捨てきれない俺は、祈るように出てくれることを願った。

 しかし、流れて来た音声は留守番電話に繋がる音声。無情である。


 スマホを荒々しく机へ置き、ごろんと横になった。

 改めて考えてみるのだが、ゴブさんは俺に危害を加えたわけではない。むしろ、優しく接してくれていた。

 ……なら、いいのかな? 一人になったことで少し落ち着いたし、あの妙なテンションで誤魔化さないでも平気そうだ。

 うん、なんとかなるだろう。自分のことを単純だとは思うが、まぁ悪くないと思いつつ部屋を出た。



 居間へ戻ろうと思っていたのだが、階段の前で立ち止まる。なんだ? この音はどこからするんだ?

 階段の横にある通路の奥。そちらからガシャガシャと変な音がする。金属と金属を重なり合わせるような音だった。

 一体なんの音だろう? 不思議に思い見ていると、地下へ通じる扉が開かれる。

 出て来たのは、全身に黒い甲冑を纏い、背には大きな黒いマントを携えた鎧だった。


「ったくよぉ、人間が攻めて来たからどうしたんだよ。そんなの援軍送ったら、他にできることないだろ? ちょっと人間が頑張ってみてるだけだって言ってるのに、あーだこーだ言いやがって……ん?」


 指差しながら口をパクパクさせていると、黒鎧に見つかってしまった。そりゃ見ればすぐ分かる位置にいたから、当然なんだけどね。

 そんな俺に気付いた黒鎧は、ガシャガシャと鎧を鳴らしながら近づいて来る。そして手を振り被ったので……俺はすぐさま頭を下げた。絶対にこいつはやばいやつだ!


「おーっす」

「すみませんでした! 勘弁してください!」

「お、おぉ? お前、爺さんの孫だろ? 話は聞いてるから安心しろ」

「本当にすみません! お金ですか? す、少しなら蓄えがあります! 今すぐ全額卸して来ますから、それで許してください!」

「駄目だ、聞いてねぇな」


 ぺこぺこと頭を下げるのだが、黒鎧は「落ち着け」と言いながら俺の肩を掴む。

 がっしりとした手が肩を掴んでおり、逃げられる気がしない。俺はこのまま殺されるのだろうか?

 ……嫌だ、死にたくない。俺は相手の機嫌をせめて損なわないよう、必死に頭を下げ続けた。


「あのな、別に金をとる気はねぇから」

「なら土下座ですか!? 分かりました! すぐやります!」

「いやいや、そんなこと言ってねぇだろ!?」


 土下座をしようとしている俺の腕を、黒鎧が掴んでいる。止めようとしているようにも感じるが、本当にそうなのかも分からない。

 爺さんは、なぜ俺をこんな場所へ送り込んだのだろう。もし死んだら、化けて出てやりたい。

 黒鎧に腕を掴まれて半泣きになっていると、黒鎧の後方に、微かに人影が見えた。


「邪魔じゃぞ、退け」

「ちょ、お前!」

「ぎゃああああああああ!」


 体勢を崩した黒鎧が倒れ込み、俺を圧し潰す。

 為すすべ無かった俺は、そのまま気を失った。



 ひんやりとした物が額に載せられた。冷たい布を誰かが載せてくれたのだろう。

 まだ寝起きで頭が働いていない。声を出す気にもなれず、目を閉じたまま周囲の声に集中した。


「ギヒヒッ、どうやら爺さんが何も伝えていなかったようだな」

「なるほどなー、だからって気絶しなくてもいいじゃねぇか」

「出会ったのが、妾なら大丈夫だった」

「お前が俺様に蹴り入れたんだろうが! ぶっ殺すぞ!」

「お? なんじゃ? 人のせいか? 面白い相手になるぞ! 黄泉路へ旅立たせてやろう!」


 物騒な会話が聞こえた。ギヒヒッとか殺すとか黄泉路がなんとかって言っている。

 目を開くことが怖い。とりあえず、さっきまでのことは夢じゃなかったようだ。

 となると、やっぱり襲いかかってきた黒鎧に殺される? 逃げだす必要があるかもしれない。

 争う声は止まらず、俺の額に載せられた冷たい布だけが取り換えられる。少し骨ばった感じの、固い指が当たっていた。


 残り二人の声が誰かも分からないが、このままじゃどうにもならない。俺は目を薄っすらと開いた。


「上等だ! やってやるぞ雌狐!」

「遺言は残したか? 妾の部屋に鎧だけ飾ってくれるわ!」

「ギギッ、二人とも待て。オーヤが起きたぞ」

「……」


 俺が眠っていたのは居間にあるソファの上。隣にはゴブさん。

 そしてソファの向こう側では、顔に斜めの大きな傷が入った、190㎝はありそうなスキンヘッドの恐ろしい形相の男。黒のタンクトップに黒のズボンを履いている。隆々とした筋肉が目に取れた。

 もう一人は金髪で浴衣を着ている美女。浴衣からは胸が零れ落ちそうになっている。けしからん。

 そして……頭の上に耳があり、たくさんの尻尾が見えていた。明らかに人間ではない。


 黙って見ていると、二人は顔を合わせた後、俺へと向き直った。


「あー、俺様は魔王だ。こっちではマオって名乗ってる。なんか驚かせて悪かったな。後、お前へ圧し掛かったのは、この雌狐のせいだ。襲うつもりだったわけじゃねぇからな?」

「それはお主が……いや、これ以上言うまい。妾は九尾の狐、こちらではキューと名乗っておる。よろしく頼むぞ」

「……ヨロシクオネガイシマス」


 よく分からないのが二人増えた。悪気などはなく、襲いかかるつもりはなかったらしい。そこだけは少し助かったところだ。

 えーっと、魔王に九尾? ファンタジー要素がどんどん増えて来ている。あの爺さん、なにしてくれてんだよ……。

 ぶるっと体が震えた。なんかこの三人から、妙なプレッシャーを感じるんだよなぁ。体がびりびりする。

 とりあえず話す前に、トイレへ行っておくか。そう決めて、俺は立ちあがった。


「ちょっと小用を」

「小用? あぁ、便所か」

「女性がいるから気を遣ったんですよ!」

「おい聞いたか? 妾を女性と言っておるぞ? 見習え馬鹿二人」

「ギヒヒッ」

「がっはっはっ」

「笑うな!」


 うーむ、やっぱり悪い人たちではなさそうだ。

 俺は三人を残し、小用を済ませて手を洗い、居間へと……何か話している。ちょっと聞かせてもらうか。

 気配を消した気分になりつつ、俺は聞き耳を立てさせてもらうことにした。


「爺さんが最初、思い切りビビらせろって言っていたが……あいつ、ピンピンしているな」

「妾たちに威圧されて、平然としていられるとは思わんのじゃが……」

「爺さんがオレたちに、最初思い切りビビらせておくよう伝えた理由が分かる気がするな……ギヒッ」


 最初思い切りビビらせる? 一体どういうことだ? なぜ爺さんは、そんなことを頼んだんだ?

 さっぱり話している内容が分からず、俺は首を傾げながら耳を澄ませるしかなかった。


「爺さんが、うちの孫なら大丈夫じゃ! とか言う理由が分かったな。うちの部下だって目を逸らすのに、大したもんだ」

「ギヒッ、あの爺さんと婆さんの孫ってだけはあるな」

「もうやめじゃやめ。無駄に威圧するのも疲れるしな。後はだらーんと妾はさせてもらうぞ」

「俺も賛成だ。こっちの世界でまで気張ってるのは、かったるいからな」


 じ……爺さん? この人たちから、なんか妙な感じを受けていたのは爺さんのせいだったのかよ!

 理屈は分かる! 分かるが、納得はできん! ……いや、別に害があったわけではないか。

 だが、俺はなぜ大丈夫だったのだろう? うーん、分からん。

 まぁ考えても分からなそうなので、俺は居間の扉を開いた。


 三人はすぐに俺へ気づき、軽く手を振っている。

 とりあえず、挨拶かな。そう決めた俺は、深々と頭を下げた。


「大谷 幸、25歳。髪は黒髪、少し垂れ目なところが特徴です! 一年間よろしくお願いします!」

「まぁうまくやっていこうぜ」

「うむうむ、妾も安心したぞ」

「ギヒッ、よろしくなオーヤ」


 三者三様ではあるが、受け入れてくれている感じだ。

 やれやれ、一体これからどうなることか……。


 俺はこの日から、妙な三人と共同生活を一年間送ることになった。


 ゴブリン・魔王・九尾の狐。

 妙な三人との、妙な生活が始まった。

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