第二十話
白い稲光に包まれる。俺は呆然と立っているだけ。
人生って世知辛い。これで終わりか……。
「なっ……!?」
メルディさんの声で目を開く。光が消えても俺は無傷だった。もう普通にピンピンとしている。
あれ? どういうこと? もしかしてマオさんが助けてくれた? ……いや、いない。ならメルディさんが?
それはないな、彼女が助けてくれたのなら驚いているわけがない。一体どういうことだ?
周囲も俺も不思議な顔をしている。事情が分かっている者はいない。
だが、彼女は一人納得したように頷き笑った。
「ふふふっ、ここまでされても攻撃せず、自分を防御魔法で守る。しかも私でも破れぬほどの高位魔法。大した物ですわ」
高位魔法? 防御魔法? 防御……防御!? そうか、四人がかけてくれていたあれか!
事情が分かり、ぐるぐるとしていた思考が纏まりをみせる。
今ここで誤魔化すしかない。もう一度だけ与えられた機会に、感謝の言葉しかなかった。
「み、見てくださいましたか? 今の防御魔法も、本当は秘匿すべきものです。どうか、これで信じていただけないでしょうか?」
しかし、周囲の包囲は無くならない。むしろ余計不審な目で見られている。
あれぇ? これはもう「魔王様の知り合いだ! 我々が間違っていた!」そういう展開になると思っていた。
だが現実は甘くないらしい。武器を構えているやつや、魔法を放つぞと手を突き付けているやつもいる。
魔法は防げるかもしれないが、武器はどうなのだろう? 大丈夫だよね……?
これ以上どうにもできないので、成り行きに任せるしかない。背筋を伸ばし、少しでも余裕な自分を演出した。この辺で勘弁していただきたい!
……そして、その望みは今度こそ叶った。
「分かりました。まだ全面的に信じられるわけではありませんが、叔父様のところへ案内いたしますわ」
「ありがとうございます」
顔は平然として笑ってみせたが、心の中では「ぶはーっ!」と大きく息を吐いていた。
良かった、ギリギリ生き残ったよ。後はマオさんに会って、帰らせてもらうだけ。そう考えると、目に涙が滲んできた。
バレないように窓から外を見るフリをしながら拭いておく。生きているって素晴らしい。
喜んでいると、メルディさんが話しかけてきた。
「では行きましょうか。私が案内いたしますわ」
「はい、分かり……あの、なぜ手錠を?」
「あれだけの魔法の使い手。叔父様に危害を加えられたら困るからですわ」
ガチャリと手には手錠が嵌められている。信じてもらえたとは、全く思えない扱いだった。
メルディさんは楽しそうに手錠の先にある縄を引っ張り、俺を進ませる。うん、まぁ後ちょっとの我慢だよね。
いきなり殺されるんじゃなければ、これくらいはしょうがない。そう思うことにし、素直に引っ張られることにした。手首が痛い。
薄暗い廊下を進み、大きな扉の前へと辿り着く。どうやらここが目的地のようだ。
「少し待っていただけますか?」
「もういくらでも待ちます」
「素直なのはいいことですわね」
扉の中へ入って行く彼女を見送ると、二人の門番がじろじろと俺を見ていた。
にっこりと笑って返すと、厳しい顔つきをしながら近づいて来る。なんか嫌な感じだ。
でも後扉一枚越えるだけ。何も怖いことはないと思っていたのだが、二人の門番は俺を睨みつけ出した。
「おい、お前人間じゃないのか」
「人間臭いな。なぜこんなところにいる。メルディ様になにをした」
「何もしてないと言いますか、見ての通り何かされたほうです……」
「ちっ」
一人は舌打ちし、もう一人は俺へ唾を吐いた。靴が汚れたしひどい扱いだが、マオさんに会うまでの我慢我慢……。
しかし彼らの態度は変わらず、俺の周囲でわざとらしく武器を振ったり、ガンガンと床や壁を叩いている。
どうしようもできないので小さく縮こまっていると、扉の先からメルディさんが戻って来た。
「入って構わないとのことですわ。……あら? なにかされましたの? やり返してもいいんですのよ?」
「大したことじゃないです」
「そう、ならいいですわ。あぁ、でも一つだけ申し上げておきますかしら」
この状況で申し上げる内容に、良い内容があるとは思えない。しかし聞くしかなく、黙って頷いた。
彼女はそれを良しとしたのか、ふんっと鼻を鳴らしている。うぅん、やっぱり疑っているよなぁ。
「叔父様の機嫌はとてつもなく悪いですわ。大嫌いな人間かもしれない厄介ごと。中に入った瞬間殺されるかもしれませんが、叔父様の知り合いなら大丈夫ですわね」
「機嫌が悪い? 入った瞬間殺される? あ、あの……出直すとかは」
「無理ですわね。人間とのいざこざがありましたので、人間だったら100%助かりませんわ。頑張ってくださいませ」
「いやだああああああああ!」
俺の意思は届かず、ずるずると中へ引きずられる。助かったと思ったのに、ここで殺されるのかもしれない。
マオさん信じてますよ? 信じてますからね! 俺は今日までの関係を信じ、中へと引きずられて入った。
中に入った瞬間、視界が真っ白に染まる。そして後方の扉と壁がドガーンと音を立て崩れ落ちた。
「この忙しいときに、一体なんの用だ。人間だろうがなんだろうが関係ない、すぐ灰にしてやる」
「叔父様、殺しますか?」
「当たり前だ。人間みたいな魔族だが人間だか知らんが、出来る限り苦しめる。さっさと連れて来い! 一言でも声を発したら、すぐに殺すぞ!」
「ご愁傷さまですわ」
くすりと妖しくメルディさんが笑う。先にはバチバチと雷を放っている黒い大きな鎧。玉座に座っていることで、よりその威圧感は増していた。
……あれ? もしかして、気づいてもらう前に殺される? しかも声を出しただけで駄目? 詰んでるじゃないですか!
せめて顔を見てもらおう。部屋は暗いが、見てもらえれば気付いてもらえる。そう信じ、顔が見えるように歩いた。
稲光が走る。ドーンッと音がし、目の前にクレーターができた。
「なにを偉そうに顔を上げている! ぶっ殺されたいのか!」
「俯いたほうがいいんじゃなくて?」
「は、はい」
ドーンッとまた音がし、柱が一本吹き飛んだ。なに!? 顔は下を向かせたよ!?
言う通りにしても駄目なの!?
軽くパニック状態になっていると、マオさんが怒鳴りつけてきた。
「喋るなって言っただろうが! あぁ!? 言うことが聞けねぇのか!?」
すごく理不尽だった。メルディさんに返事をしただけで、命が脅かされている。
過去、これほどに理不尽な経験はしたことがない。もうなんていうか、ヤーさんやマフィアの前へ連れていかれるイメージだ。
あ、でも魔王ってこんなものなのかな? うん、そうかもしれない。
こんな状況にも関わらず、俺はなぜか落ち着いていた。もしかしたら知っている声が聞こえているからかな? 単純なものだ。
だが顔を見てもらう前に吹き飛ばされては困る。俺は言われた通り俯き、口を開かずゆっくりと進んだ。
玉座の前へ辿り着き、ドンッとメルディさんに押される。いきなりのことで体勢を崩した俺は、そのまま倒れた。
いてて……。でも、この距離なら顔が見てもらえる。しかし顔を上げたら殺される? 声も出したら駄目? どうしたらいいんだ?
悩んでいると、またマオさんが怒鳴った。
「さっさと顔を上げろ! ツラだけ確認してから殺してやる!」
「見るなって言ったり見ろって言ったり、無茶苦茶じゃないですか!?」
「あぁ!? てめぇ、誰に向かって……」
ばっちり目が合った。いや、目が合ったとはいえ兜を付けているので、目が合ったような感じがしただけだ。
しかし、マオさんの動きが止まったことから、気づいたと思われる。
大丈夫だよね? そう思い笑いかけると、ガシャリと音を立てて立ち上がったマオさんが、俺を指差した。
「お……」
「ど、どうも」
「お前なにしてんだよ!」
本当なにしてるんでしょうね……。




