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第二話

 前日連絡したにも関わらず、引っ越し業者へ都合よく頼むことができた。実家にも連絡してあるし、問題は無い。

 俺は荷物が全部運び出されたのを確認した後、バッグを一つ肩にかけ、爺さんの家へと向かうことにした。



 昼過ぎということもあり、閑散としている住宅街。駅から徒歩で十五分程の場所。そこに爺さんの家はある。

 数ヶ月振りに来たが、なにも変わっていない。二階建ての普通の一軒家だ。

 ……というか、昨日少し考えて疑問に思っていることがあった。


 この間、爺さんの家に来たときのことだ。あの時、シェアしている同居人だか居候なんて見かけたか?

 用が無かったので二階へ上がりはしなかったが、気配どころか物音一つ聞いた覚えがない。

 普通に働いている人たちで、日中だからいなかったとかかな?

 まぁたぶんそんなところだろう。俺はそう勝手に決め、昨晩爺さんから速達で届いた鍵を扉へ差し込んだ。


 ガチャリと音が鳴り、ノブを回すと扉が開いた。


「こんにちはー」


 一応声を掛けてみたが、返事は無い。当然仕事の時間だろうし、誰もいないのだろう。

 帰って来たら挨拶をすればいいか。いない人を玄関で待ち続けるのも変なので、俺は玄関すぐ横にある爺さんの部屋を開いた。


 中へ入ると、綺麗に片づけられている。どうやら俺のことを考え、最低限の荷物以外は片づけておいてくれたらしい。

 部屋は和室で、畳が敷かれている。箪笥なども片づけられており、中にあるのは机やTVなど。

 押入れを開いてみると、布団しか入っていない。一体どうやって片づけたのだろう?

 一年間のために、わざわざ箪笥などを物置にしまったのか? そこまでしなくても良かったのになぁ。

 感謝の気持ちと申し訳ない感情を持ちつつ、俺は荷物を手近なところへ投げた。


 ふと、机の上に置いてある物に気付く。手紙……? 俺の名前が書いてあるので、爺さんか婆さんが残したのだろう。

 封を開き目を通すと、二階は他の人たちの場所。一階の風呂トイレ洗面所は共有スペース。二階にもトイレはあるが、一階でも使う人がいるかもしれない。

 特に一階の広い居間や台所は、人が集まると書いてあった。


 ふむふむ、つまり俺が一人になりたいときは、この部屋に来るしかないってことか。

 二枚目の紙へ目を通そうとしたら、スマホが鳴った。……引っ越し業者が着いたらしい。

 休む暇もないのかと少しだけため息をついた後、俺は立ち上がり玄関へと向かった。



 荷物を全部運び終わったのは、15時過ぎ。来る途中で昼食を済ませておいて、本当に良かった。

 さて、一年も時間があることだし、焦って荷物を開く必要はない。とりあえず何か飲み物でも飲むか……。

 麦茶くらいは入っているといいなと思い、俺は居間へと向かった。


 扉を開き、居間へと入る。ダイニングリビング一体型と言えばいいだろうか。リビングには大きな液晶TVを囲うように、いくつかのソファと机。

 ダイニングスペースには、10人くらい座れそうな大きい机と椅子が置いてある。小さいころから変わらない大きな机が、俺はとても好きだった。


 冷蔵庫を開くと、案の定麦茶が入っていた。婆さんは、なぜ一年中麦茶を作るのだろうか? 特に夏はすごいペースで作る。ありがたいが、謎なところだ。

 適当にコップを出し、麦茶を注ぐ。すると、ソファのほうがピカリと光った後、声が聞こえた。


「もしかして、爺さんが言ってたお孫さんか? オレにも麦茶よろしく、ギヒヒッ」

「え? ……あっ、すみません挨拶もせず! とりあえず麦茶を持ってそっちへ行きますね」

「ギヒヒッ、焦らなくていい。どうせ一年一緒なんだろ?」


 ダイニング側の扉から入ったせいで、リビングにいる人に気付かなかった。一応見回しはしたのだが、見当たらない所からして、ソファで横になっているのかな?

 妙な笑い方はしているものの、相手も怒ってはいないようだ、……少しだけ気まずいけどね。

 俺は麦茶を冷蔵庫へしまった後、二つのコップを手に持ちリビングへと向かった。


 リビングに置いてある机へ麦茶を置き、俺は彼のことを見た。


「麦茶です。改めまして挨拶を……!?」

「ありがとな。まぁ楽にしてくれよ。ってオレの家じゃないけどな、ギヒヒッ」


 返事をした人物? は、ソファの上で横になり俺へ軽く手を振っている。

 彼は座り直した後、麦茶を手に取り、おいしそうに飲んでいた。

 俺は挨拶を忘れ、彼のことを凝視する。

 小さく骨ばった体。鷲の嘴のような鼻。上半身はTシャツ、下半身はハーフパンツ。そして……緑色の体。

 身長は130㎝ほどだと思われる、謎の生き物が俺の前にいた。

 しかもなぜか彼を見ていると、体がぞわぞわする。なんだこれは。


「どうした? 事前に聞いていても驚いたか? まぁ襲い掛かったり食ったりする気はないから、安心しろって。オレはゴブリンの王。つまりゴブリンキングだ。ここではゴブで通ってる。よろしくな、ギヒヒッ」

「……ちょっとお手洗いに」

「なんだ腹でも痛いのか? ゆっくりしてらー」


 気楽に言う彼へ苦笑いを返した後、居間を出てトイレへと入った。

 ……用が足したいわけではない。便座と蓋を下ろし、その上へ座り込んだ。

 トイレの扉を見つめていたのだが、思考は全く纏まらない。落ち着きを取り戻そうと、顔を両手で覆った。


 なんだ今の? ゴブリンの王、ゴブリンキング? ゴブって言ってたか? めっちゃ気安く話しかけて来ていたよな。

 麦茶と一緒にお煎餅を出していたら、平然とバリボリ齧っていそうな感じだった。


 ゴブリンキング……ゴブリン? ゴブリンってあれか? よくゲームに出てくる、雑魚モンスターだ。

 俺はいつから異世界に行って、勇者か冒険者として働きだしたんだ? 爺さんが勇者で、俺はその孫? 爺さんが行方不明になったから、俺が世界を救うぜ?

 いやいやいやいや、落ち着けって! 俺は何を考えているんだ? そんなことがあるはずはない。


 すーはーと、トイレの中で深呼吸をする。その後トイレを出て、洗面所で顔を洗った。

 ……よし、夢だ。俺は仕事をいきなり失って、疲れているんだろう。部屋へ荷物を運びこんだ後、気付かないうちに眠ってしまったのかもしれない。

 大丈夫、俺は冷静だ。物凄く冷静。ちょっと精神が病んでいるかもしれないが、問題ない。困ったら病院に行けばいい。


 持ち直したことにし、俺はもう一度居間へと向かう。

 そこでは、さっきと同じように横へなっているゴブリンがいて、今度は煎餅をバリボリ齧っていた。


「おぉ、大丈夫か? 薬いるか?」

「大丈夫です。はっはっは、引っ越しとかでちょっと疲れていただけです」

「そうかそうか。若いからって無理すんなよ? 人間はすぐに病気になって死ぬからなー。オレたちに襲われる前に死ぬなっつーのな。ギヒヒッ」

「はっはっはっはっはっ」


 駄目だ、やっぱりゴブリンがいるように見える。しかも物騒なことを言っていて、人間殺すと言っていた。

 え? もしかして俺、殺されるの? 何もしていないのに、いきなり殺されちゃう? さすがにそれは勘弁願いたい。

 喉がカラカラなので、麦茶を一気に飲み干す。ふーっと息を吐いたら、少しだけ落ち着きを取り戻した。


「いい飲みっぷりだなー。もう一杯いるか? オレも飲みたいから、とってきてやるよ」

「いえ、大丈夫です。それより一つ聞いてもいいですか?」

「どうした? 煎餅なら、戸棚にまだ入ってるぞ」


 ゴブリンはバリボリと煎餅を食べる。俺の骨も、あんな風にバリボリいかれてしまうのだろうか?

 妙なほうに思考がいってしまい、顔が引きつっていることが分かる。しかし、彼は平然としているし、おかしいのは俺のほうかもしれない。

 ばくばくと音を立てる心臓へ手を置き、俺は冷静さを装い、彼へと話しかけた。


「自分の名前は大谷 幸です。いやー、初対面ですから緊張しちゃって」

「ギヒヒッ、分かる分かる。初対面ってとりあえず殺すか悩むもんな。まぁ仲良くやろうぜ、オーヤ」

「はい、よろしくお願いします。それにしても参っちゃいますよ。疲れているせいか、あなたのことが緑色の小さな妙ちくりんな生き物に見えるんです。すみませんねー、はっはっはっ」

「いや、おかしくないぞ? オレはゴブリンだから、小さくて緑色で妙ちくりんだからな、ギヒヒヒッ」


 頭の後ろに片手を当てたポーズで、俺の動きは完全に止まった。

 彼のことをしっかりと見直す。目を擦り、何度も見た。……しかし、何度見ても変わらない。小さい緑色の生き物以外には見えなかった。


 戸惑いを隠せないまま、俺はもう一度だけ聞いてみることにした。


「……ゴブリンなんですか?」

「そうだぞ。でも、ゴブでいいからな」

「ごぶっごっごぶぶっごっごほっごほっ」

「おいおい落ち着けって、ほら麦茶とってきてやるから」


 彼は立ち上がり、冷蔵庫へ行き麦茶を出して戻って来た。

 そして俺と自分のコップへ麦茶を注ぐ。俺は先ほどと同じように、ぐいっと麦茶を一気に呷った。

 ……ふぅ、なんだこれは。訳の分からない状況で、頭が全く働いていない。

 俺にできることは、彼を指差しながら口をパクパクとさせること。そして、一言絞り出すことだけだった。


「本当にゴブリン?」

「マジゴブ」


 爺さん、未知との遭遇を果たしたよ……。

本日は21時の投稿で終わります。

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