第十九話
魔王の姪、つまりここは魔王の城。
マオさんを探さないといけない! い、いや、まずは挨拶か。ここでバレてしまったら、元も子もない。
本当は深呼吸したいところだったが、それも我慢して立ち上がり彼女へと跪いた。跪いておけば大丈夫だよね?
震える唇を押さえ、失礼の無いようにと必死に口を開いた。
「これは失礼をしました。自分はオーヤと言います」
「オーヤですか。種族は?」
「しゅ、種族は……」
種族ってなんだ? 人間っぽい種族ってなんだろう? あぁ、なんでマオさんたちにもっと話を聞いておかなかったんだ。
えーっと魔族っぽい種族っていうと……ラミア? いや、あれは蛇だ。
なら吸血鬼? いやいや、彼女が吸血鬼だって言っているんだから、ボロが出てしまう。
エルフとかどう? エルフって耳が尖っていたよね。落ち着け、そもそも魔族じゃないだろう。
なんて言えばいいんだ。うぐぐ……。
もう頭も視界もぐるぐるとさせていると、メルディさんが首を傾げながら聞いてきた。
「もしかして、種族を教えてはいけないと言われているのですか?」
「はい! そうです! 魔王様の姪に話さないのは失礼だと思い、どうすればいいか悩んでおりました!」
「気にしないでいいですわ。職務によっては、秘匿している方もいらっしゃいますかしら」
都合の良い展開に感謝の言葉しか浮かばない。誰に感謝しているのか分からないが、とりあえず感謝だ。
疑いが晴れたのはいいが、問題はここからどうするかだろう。マオさんに会えれば解決すると思うが、どうやって会う?
一人で歩いていれば、また掴まるに違いない。なら……彼女に頼む以外、方法は浮かばなかった。
「あの、メルディさん」
「はい?」
「実は魔王様に呼ばれているのですが、魔王様が話を通してくれていなかったらしくて……」
俺がそう言うと、彼女は額に手を当てて「はぁーっ」と深くため息をついた。
も、もしかして怒っているのかな? 笑って誤魔化そうとしていると、彼女は手を前に出して左右に振った。
「あぁ、あなたにため息をついたんじゃありませんわ。叔父様のことかしら。信用している人に関しては、言わなくてもいいだろうとするところがありますの」
「よくあるんですか?」
「ありますわね。先ほどの敵襲というのも、あなたのことでしょう? 困ったものですわ」
おぉ、すいすいと話が進んでいる。無事生還できるのも目の前な感じだ。
後は彼女に頼み、マオさんのところへ連れて行ってもらえばミッションコンプリート! イエス! いけるぞ!
先行きが明るくなり嬉しくなっていると、メルディさんが頷いた。
「分かりましたわ。では、出会う者には一応事情を伝えて叔父様のところへ向かってくださいませ」
「……あの、それで大丈夫ですか?」
俺の問いに、彼女はなぜかきょとんとする。そして、すぐにくすくすと笑い出した。
さっぱり分からない。一体どういうことだ? 言って伝わるのなら、あそこで俺が襲われたりはしなかったと思うのだが……。
困っていると、彼女はそれに気付いたようで、笑いを止めてくれた。
「大丈夫ですわ。またかと誰もが思いますもの」
「そういうものですか?」
「えぇ。それに先ほども言いましたが、叔父様が言っていなかったということは、信用していたということ。理解できずに襲って来る者がいましたら」
襲って来るの!? それを回避したくてお願いしているのだが、どうにかしてもらえないかな?
だが彼女の話は終わっておらず、その先に続く言葉がまだあった。
「二、三人殺してしまえばいいですわ。実力を見せれば納得しますかしら」
「それは駄目ですよ」
「え?」
慌てて口を手で押さえる。やらかした、咄嗟に否定してしまった。
彼女もそれに驚き、唖然とした顔で俺を見ている。
あたふたと言い訳をしようとしたのだが……何も案が浮かばない。ただただ慌てている姿を見せることしかできなかった。
「……オーヤさん、あなた本当に魔族ですの? 駄目だと言った理由をお聞きしたいですわ」
「えーっと、いや、その、そう! 魔族だって魔王様の部下! 戦力を勝手に減らすようなことは、魔王様の反感を買います!」
「叔父様は気に入らなかったら殺しますわ」
マオさんなにしてんの! せっかく誤魔化せるかもと思ったのに、全然駄目じゃないか!
帰ったら絶対に文句を言おう! ……帰れたら、な。
気付けば彼女へ手をかけており、俺への疑いの眼差しが強くなっている。宥めたいが、言葉も浮かばない。
もう駄目か? そう思っていたら、部屋の扉が開かれた。
「メルディ様! 怪しげな人間を……」
「こいつですわ」
「あっさり売られた!? 違います! 違いますから! 人間が城に入れるわけないじゃないですか!」
しかし、その言葉はもう通らない。俺は屈強な魔族に掴まれ、廊下へと引きずり出された。
周囲を囲む無数の魔族。逃げ場は窓くらいしかないが、ちらりと覗くとめちゃめちゃ高かった。落ちれば死ぬだろう。
マオさん助けて。ゴブさん、キューさん、ウラミちゃん! 誰でもいい!
はぁはぁと息を荒げていたのだが、魔族が襲い掛かって来ない。すぐにでも殺されるのではと思っていたが、なぜか止まっていた。
理由は、すぐに分かる。それは目の前にいる彼女の影響だった。
メルディさんがいる以上、勝手なことができないのだろう。周囲の魔族たちはちらちらと、彼女の顔色を窺っている。
彼女を説得できれば、まだ助かるかもしれない。俺は一縷の望みに賭けることにした。
「メルディさん、話を聞いてもらえませんか?」
「話? 力を示すのでは無く話をしようとする。益々人間らしく感じますわ」
「聞いてください! 自分は魔王様に、無闇に殺さぬよう言われています! 力を見せることを禁じられているんです! 信じてください。魔王様に会わせてもらえれば、疑いが晴れます!」
俺の言葉を聞き、彼女は目を瞑りぶつぶつと何か呟きだした。
よ、よし。このまま話しかけていれば、どうにかなるかもしれない。というか、マオさんも異常事態に気付いて来てくれよ! プリーズマオ!
なんとかマオさんへ辿り着くために説得しようとし、はっと気づいた。
メルディさんが呟く度に、右手がバチバチと光りを強めている。あれは……マオさんがよく使っている雷の魔法だ。
もう彼女は、俺が何を言おうと攻撃してくるのかもしれない。しかし、すぐ攻撃して来ないのだから一言くらいは許されている……かも。
残されたチャンスは後一度あるかないか。これが最後かもしれないと覚悟を決め、口を開いた。
「魔王様に会わせてください! それだけで全て解決します!」
「叔父様は力無き者を認めません。会いたいのであれば、力を示しなさい」
「隠された計画があるんです! ここで使ってしまえば、計画に狂いが生じます! どうか、どうか信じてください!」
「……さようなら、嘘つきで弱い人間。少しだけ面白かったですわ」
「あっ……」
彼女が手を前へ突き出す。次の瞬間、俺の視界は白く染まった。
最後の言葉が「あっ」とか、遺言にもなりゃしない。手を動かし自分を守ることもできず、迫り来る白い光を見ていることしかできなかった。




