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第十八話

 状況を確認しよう。手にはホウキとチリトリ。

 周囲に明かりは僅かしか無く、目が慣れて来てもよく分からない。ただ広い部屋だということだけは分かった。

 ではどうするか? まぁ暗い部屋にいても、どうしようもない。少しだけ見える明かりに気を付けて近づき触れてみた。

 うん、布だな。つまりカーテンだろう。そう判断し、シャッと広げた。


 ……窓から見える景色は、なんか黒い森だった。黒い木なんてあっただろうか? 詳しくないが、たぶん海外とかにはありそうだ。

 ただし、見たこともない生物がギャーギャー言いながら飛んでいたりする点を覗けばだ。

 嫌な予感から心臓が高鳴っているが、手を当てて落ち着かせようとする。もちろん効果は無かったが、恐る恐る振り向き部屋を見回した。


 そこは石造りの部屋だった。天蓋付きのベッドがあったり、机やソファや家具もあるが、ただの部屋だ。

 しいていうならば、どことなく人の生活している気配がせず、寂しく感じた。


 困ったのはここからだ。部屋の中を調べてみても、なんの手がかりもない。

 妙なものはたくさんあるが、その中で一番妙なのは変な色に光っている裂け目のようなものだろう。

 恐らくここから俺は出て来たのだと思うが、また入ったら戻れるのか? ……そんな保証はどこにもない。


 ならばどうする? 連れて帰って来れる人を探すほうがいいだろう。

 たぶん、ここはあの四人のどこかへ繋がる場所だと思う。なら、ここで待てば帰って来るのじゃないか?

 うんうん、悪くない推理な気がする。突然来たことを怒られるかもしれないが、無事に帰れることのほうが大事だよね。


 ソファにでも座って待とうかな。そう思い腰を下ろそうとしたとき、ガチャリと扉が開かれた。

 入って来たのは、眼鏡をしメイド服を着たメイド。腰かお尻か分からないが、後ろに先が三角な尻尾が見えている。

 ワンチャンコスプレの可能性もあるが、人間じゃない可能性が高い。


 彼女は俺を見て、ぴたりと固まった。俺も身動き取れず固まっている。

 迂闊だった。ソファに座ろうなんてせずに、どこかに隠れるべきだったのだ。

 ベッドの下でもクローゼットの中でもいい。見つかるかもしれないが、見つからない可能性だってある。

 なのに俺は、あの空間から出れたことで警戒心を緩めてしまった。


 いきなり殺されたりはしないと思うが、どうする? 考えてもできることは、たかが知れている。

 そう、笑いかけることだけだ。ぎこちなくでも笑いかけ、敵意がないことを示してみせた。


「ど、どうも」

「……ここで何を? 掃除ですか?」


 彼女の視線の先は、俺の手だった。手にあるのはホウキにチリトリ。

 異世界の掃除道具がどんなものかは分からないが、掃除だと言ったところから、近いものだと考えられる。

 この場をやり過ごせる道具を持っていたことに、ぐっとガッツポーズをしかけた。


 しかし、そんな余裕はない。訝し気な目で見られているし、答えるほうが先だろう。

 俺は笑顔を崩さぬことを忘れないようにしながら、彼女へ頷いた。


「そうです! 掃除です! この部屋の掃除を頼まれたのでやっていました!」

「なるほど」


 信じてもらえたらしく、彼女はにっこりと笑ってくれた。

 今後、常にホウキとチリトリを持っていることにしよう。異世界転移に必要なものは、ホウキにチリトリ! 俺は一つ大事なことを学んだ。


 ん? なぜか彼女は笑顔のまま、じわじわと後ろへ下がっている。

 メイドっていうのは、あぁいう下がり方をする決まりでもあるのかな? 不思議に思っていると、彼女は廊下へ出て大きく息を吸った。

 廊下で大きく息を吸う? ……まずい! 何が起きるかを判断し、俺は咄嗟に駆け出した。


「この部屋の掃除は、メイド以外に許されていません! 敵襲!!」

「敵じゃないです!」

「あっ、敵襲! 敵襲です!」


 人を……人? 考えるまでもなく、人のはずがない。人じゃない物を集めようとしている彼女の横を抜け、俺は走り出した。

 あばばば、どこかに隠れないと! 隠れる? いや、誰がいるのかは分からないが、四人を探さないと!

 薄暗く少し肌寒い廊下の中を、俺は必死に走り出した。



 曲がり角を覗くと妙なやつらが見える。山羊の頭みたいなやつや、黒いローブを着たやつらだ。

 敵襲と聞き、来たことは間違いない。……よし、やり過ごそう。

 俺は壁を見ながら、ホウキで床を履き出した。このまま通り過ぎてくれることを祈ろう。


 ……しかし、そんなにうまくはいかない。ガシッと俺の肩が掴まれた。


「おい!」

「ひゃい!」

「……? 何を慌てている。敵襲だと聞いたが、この先か!」

「はい、そのようです!」

「お前も掃除などしていないで、さっさとここから離れろ! 戦闘になるかもしれんぞ!」

「分かりました!」


 い、行ったか? 行ったよね? うん、行った行った……逃げろ!

 曲がり角をもう一度覗き込む。左からは足音、右からは何も聞こえない。なら、とりあえず右!

 どこに向かっているのかも分からないが、とりあえず離れないと危険だ。誰もいない方へ誰もいない方へと、ひたすら走る。


 数分走ると、前からバタバタと足音が聞こえた。これはまずい、一度戻るか? 振り向くと、後ろからも足音が聞こえた。

 駄目だ! 部屋に隠れよう! 手近な扉を開き、中へと入る。扉へ耳を当て、通り過ぎてくれることを祈るしかない。

 早く早く……いなくなった。生きた心地がしなかったよ。

 ぶはーっと息を吐いて振り向くと、目がくりくりとした可愛らしい銀髪の女の子と目が合った。

 髪も赤いドレスもふわふわだ。歳は13、4といったところか。赤い瞳がとても綺麗だ。


 一難去ってまた一難。どんな言い訳をすればいい? 頭をフル回転させていると、彼女が俺へ剣を構えた。


「あなた、人間ですか?」

「違います!」


 一発で看過されたことに焦りはしたが、即座に否定の言葉を放っていた。

 すぐに違うと言ったことが良かったのか、彼女は警戒しながらも「そう」と頷いてくれる。

 い、いきなり殺される状況は切り抜けたかな? だが、疑いの眼差しは変わっていない。

 えーっとえーっと……よし、そうだ!


「人間がここにいると思いますか? 掃除道具を持ってですよ? 敵襲だと聞き、避難しろと言われて咄嗟にこの部屋に入ってしまっただけです」

「そういうことですか。慌てていたのならしょうがないですわね……ですが」


 ですが、なんでしょうか? どぎまぎしながら続く言葉を待っていると、彼女はにっこりと笑った。

 そして机の上にあるティーカップにお茶を注ぎ、俺へ手招きをしている。座れってことかな……?


 今、逃げたら怪しいし、外からは絶え間なく足音が聞こえる。

 選べるような選択肢はなく、俺は彼女に促されるままソファへと座った。


 ここがどこかも知りたいし、人間じゃないと信じてくれた感じだから、言う通りにしよう。

 そうは思うのだが、心臓の高鳴りは止まらない。ぐぇー、後ろが気になってしょうがない。見ないようにするだけで精一杯だ。


「飲みませんの?」

「あ、いただきます。……あつっ! で、でもおいしい。いいお茶ですね」

「気に入ってくださってよかったですわ」


 にこにこと笑ってくれているし、こっちもつい笑ってしまう。少し休んでから、お礼を言って部屋を出ればいいか。

 しかし、彼女は俺のことをじっと見ている。う、嘘がバレているのかな?

 こっちは困っていたのだが、彼女は口元に手を当ててくすくすと笑い出した。なにか面白いことをしたかな?

 不思議に思っていたのだが、その理由はすぐに分かった。


「あなた、これだけ(わたくし)が魔力を出しても怯みませんのね。高位の魔族なのでしょう。ですが、見たことがありませんわね……」

「えーっと、城に来るのが初めてなんです」

「なるほど、納得ですわ。そういえば自己紹介をしていませんでしたわね」


 彼女は立ち上がり、スカートの裾を持って俺へと頭を下げた。どこぞのお嬢様っぽい感じだ。映画とかで見たことある感じのやつ。

 しかし、この後の彼女の言葉で、俺の動揺はさらに大きくなった。


「私の名前はメルディ。現魔王の姪。種族は吸血鬼ですわ」


 ……人間殺すって、マオさん言っていたよね? 他の魔族も同じ考えじゃないの? つまりバレたら殺されるんじゃないか?

 くらりときてしまい、なんとか耐えるだけで必死だった。

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