第十七話
なんか暑い。暑いというか熱い? じりじりと俺を焼いているような日差しを感じる。
不思議に思い目を開くと……天井が無かった。というか、空が見える。そして上空でバチッバチッと雷や火が光っていた。なんだこれ。
「オーヤ、茶だ。ギヒッ」
ぼんやりと眺めていると、お茶が差し出された。どうもどうも。
ズズッ……あちゃちゃっ! 結構温度が高かったらしく、すぐに飲もうとしたせいで舌がひりひりする。
寝ぼけていた目はばっちりと覚めたが、少しやらかしてしまった。
「お兄ちゃん大丈夫? はい、お水」
ありがとうありがとう。今度は冷たい水が入ったコップが差し出されたので、飲み干さず口の中で水を転がす。
ひりひりとする舌には冷たいものがいい。癒される。
舌も火傷というほどひどくはなく、すぐに落ち着いてきた。良かった良かった……。
さて、では本題に入ろうか。俺はこほんと一つ咳払いをした。
「二人ともなぜ俺の部屋に?」
「「二人の見学だ」よ」
やっぱりあれは二人がやっているのか。見学じゃなくて止めてくれよ……。
一応声を掛けてみた。(届かない)
止めようとしてみた。(意味がない)
二人に頼んでみた。(笑ってる)
なので、仕方なくポテトチップスをとってきて食べている。朝からポテトチップスもあれだと思うが、できることがないからね。
呑気に朝食を食べていてもいいのだが、見ておかないと不安でもある。
「そういえば、あれって周囲の人に見られてないんですか?」
「結界を張ってあるから大丈夫だよ」
「周囲には常に結界を張ってある。いつやらかすか分からないからな。ギヒヒッ」
「助かります」
だが本当は、こういうことをしないでくれるのが一番助かる。でも結界張ってあるだろうし、家直してくれるからいいかな。
そういう思考になり始めている自分が危うくも感じる。もう普通の生活ができないんじゃないだろうか?
家が半分吹き飛んでいても慌てない自分。かなりやばい。
うーん、困ったもんだなぁ。そう考えていると、二人が降りて来た。どうやら一段落着いたらしい。
「妾は仕事に行く! もう時間が無い! マオ! 直しておけ!」
「はぁ? ざっけんな! 次はこんなもんじゃ済まさねぇからな雌狐! 時間が無いならしょうがねぇ! 家は直しておいてやる!」
仲がいいのか悪いのか……。まぁたぶんいいんだろう。そういうことにしておいた。
家は時間を遡るように直っていく。何度見ても不思議だし、一儲けできそうな魔法だ。
だが感心している場合じゃない。まずはしっかりと言っておかないといけないな。
俺はそう思い、ぶつぶつ言いながら家を直したマオさんへと声を掛けた。めっちゃ怖い顔をしている。
「どうして喧嘩をしたんですか?」
「聞けよオーヤ! あの野郎、俺様の卵焼きを」
「もういいです。喧嘩するなとは言いませんが、家を壊さないようにしてくださいね?」
「最後まで聞けよ!」
言いたいことはたくさんあるようだが、マオさんは仕事へ行く準備があると部屋へと戻った。
ゴブさんはいつの間にかいない。どうやら、もう仕事へ行ったようだ。
マオさんも仕事へ行くみたいだし、落ち着いて食事を食べさせてもらうことにしよう。
俺はウラミちゃんと居間へ向かい、二人で朝食をとることにした。
「ウラミちゃんは休み?」
「うん、そうだよ。朝から面白かったね」
「俺はあんまり面白くなかったよ」
「えー」
彼女曰く、魔王と九尾の対決なんてそう見れるものじゃないし、非常に面白い見世物だったらしい。
こちらからすれば、家は吹き飛ばされるし命の危険も感じるし、楽しかったとは思えない。
最近あっちの世界でストレスが溜まっているのか、マオさんは荒れている。
落ち着けば大丈夫だとみんな言っているが、なるべく早く落ち着いてほしいものだ。
まぁそんなこんなの朝が過ぎ、俺は掃除を始めた。
「ねぇ、掃除を見ていて楽しいかい?」
「楽しくは無いけど、話し相手がいるのは嬉しいかな」
「なるほど、確かにそんなもんだよね」
ウラミちゃんと話つつ、掃除をする。今日は電球を拭いておこうと思っていたので、脚立を出しての掃除だ。
日中にやらないと、夜は電気が点いているのでやるのが大変。この時間にやるのが一番だった。
日々こつこつと掃除をしておくことで、大掃除のときが楽になる。これは会社で働いて学んだことだ。
こつこつこつこつ……。
掃除をしていると、当然汗を掻く。そうすると、どうしても真っ黒い格好の少女が気にかかった。
「なんでいつも真っ黒い格好なの? 暑くない?」
「似合わない?」
「とても似合っているけど、たまには白い格好とかもいいんじゃないかな」
「もうやだ、口説いてるの? お兄ちゃんの女ったらし」
にたぁっと笑ったウラミちゃんにバシバシと背中が叩かれる。親戚の小さな子に聞くくらいのノリだったが、違う意味合いにとられていた。
見た目は少女だが、最年長。精神的な部分では成熟している……のかもしれない。
さすがに実際のところはどうか分からないが、聞いて怒り出したら怖いしやめておこう。女性の地雷はどこに潜んでいるか分からないからなぁ。
気だるげに掃除をしていたのだが、新たに一ヶ所増えたところの掃除を思い出した。
それは地下だ。今まで全く掃除をしていなかったが、良く考えたら土足で移動をしていたのだから汚れているだろう。
下駄箱が置かれたが、地下倉庫の掃除も一度しっかりとやっておいたほうがいい。そう思い、お掃除セットを持って地下へと向かった。
地下の電気を点けると、閑散としている中に下駄箱や棚が見受けられた。床は言うまでも無く汚れている。
こりゃ結構時間がかかるかもしれないなぁ。まずは履き掃除をして、それから拭き掃除かな。
どことなくやり甲斐を感じてしまい、俺はうきうきとしながら掃除を始めた。
「バケツの水が真っ黒だね」
「うん、そろそろ水を変えないといけないかな」
「わたしがやって来てあげるよ」
そう言ったウラミちゃんは、ひょいっと持ち上げるわけではなく、ふわっとバケツを浮き上がらせた。
この能力があれば、力仕事をする人は助かるだろうなぁ。正直、羨ましい。
だが羨ましがっていてもしょうがない。とりあえず今のうちに、端に集めたゴミをチリトリでとっちゃおうかな。
ホウキとチリトリを手に、ゴミを回収する。すぐに終わったので、部屋の中を見回してみた。後はどこの掃除をしようかなっと。
次の瞬間、パッと床が光り出す。当然慌てて床を見たが、魔法陣が光を上げているようだ。
えーっと? 魔法陣が光る。発動する。バビューン?
そんな馬鹿なことはない。四人にも確認していたが、この魔法陣は簡単に発動しないらしい。
発動条件は
・魔力を流し込むこと
・特殊なロックを解除すること
・などなど
以上だ。
つまり、魔力を流し込んでもいない俺に発動できるわけがない。ということは、誰かが帰って来たのかもしれない。
ここにいたら危ないかもなぁ。呑気にそんなことを思いながら魔法陣から離れようとしたら、体が魔法陣に引き寄せられた。
なんてこったい、この魔法陣はダイソン製だったのか、すごい吸引力だ……。ってふざけている場合じゃない! 慌てていると、視界がぐにゃりと歪んだ。
全てが歪み、虹色に光っている。上下左右前後の感覚がなく、自分がどっちを向いているのかも分からない。
なにか……まずい!
そうは思ったが、身動きが取れない。
感覚的には、海の中で漂っている感じだ。どこかに流されるのでもなく、浮いているだけ。なのに体はもがいているだけだった。
どうする? どうする? 何か掴めるものは無いか? ずっと漂ってどうなるかが分からない。
必死にもがき掴める物を探すと、細い糸のような物を掴んだ。
助かった! これを手繰り寄せて進めば、帰れるかもしれない。
実際帰れるかはともかく、まずはここから出ることが優先だろうと、糸の先へ進む。
ほんの少しだ。本当に少しだけ進むと、視界がパッと開けた。
「ぷはーっ! びっくりした!」
ホウキとチリトリを手に、俺は汗を拭う。いやはや、もう出れないかもとか少しだけ思ったが、普段みんなが出入りしているんだしこんなもんだろう。
まぁ勝手にそう思っていただけだが、落ち着きを取り戻し伸びをした。
……さて、問題はここからだ。
この暗く誰もいない部屋は、一体どこだろう?
明らかに知らない空間に、俺は辿り着いてしまっていた。




