第十六話
今日も今日とて、俺は掃除をしていた。
居間ではゴブさんがぼりぼりと煎餅を食べながら、TVを見ている。
毎日家事しかしていないが、これでいいのだろうか? 良くはないが、一年間はこれなのだからしょうがない。
その日の夕方だ。珍しく、全員が早く帰って来た。そして俺を居間へ呼び出す。
一体なにごとかと思っていると、座るように促される。まぁ断る理由も無く、普通に座った。
「今月の家賃だ」
「家賃? え? 家賃とか払っていたんですか!?」
衝撃の新事実だ。なんとなく家に居座り、勝手に飯食って寝ている存在だと思っていたのに、四人は家賃を払っていた。
もしかして、俺よりもこの四人のがしっかりしているんじゃ……? なぜかやるせない気持ちになり、少しへこんだ。
「なぜへこんでいるのじゃ? まぁ良い、今月分じゃ」
ゴトリと鈍い音がする。机の上に何を置いたのかと見てみると、そこにあったのは金塊だった。
おーう、これ知ってまーす! 金で覆ったチョコですね! ……いやいや、それにしては大きすぎる。
となると、金メッキ? 家賃は金メッキ? 爺さん変わった趣味があるなぁ。
そういえば、金庫にもたくさん金塊が入っていた。最初は驚きこそしたが、あまりにも量が多いので偽物だと判断したことを思い出す。
「これは俺様の分だ」
「ギヒッ、オレもだ」
「わたしもあるよ」
ゴトッゴトッと置かれ、気づけば四つの金チョコが置かれていた。毎月金チョコ四つとか、爺さんが何を考えているのか分からない。
まぁでも今は俺が預からなければいけないのだろうし、金庫にしまっておこう。
そう思い持ち上げようとしたのだが……妙に重い。明らかに人を殺せる重さだ。
四人は不思議そうな顔をしているが、無視して少しだけ思案する。
しっかりと調べ、かりかりと爪で引っかいてもメッキが剥がれない。まさか、ね?
こほんと一つ咳ばらいをし、四人へ聞くことにした。
「あの、これ金塊ですか?」
「おう、爺さんは何もいらんって言ったが、こっちの世界では金の価値が高いって聞いてな」
「こんなもんで済むのなら、大したことじゃない」
「なんじゃ、家賃を上げたいのか? 二本にするか?」
「みんなは二本が限界だよね。わたしは三本でもいいよ」
二本だとか三本だとか、余計混乱する。この人たちが偉いっていうのは知っていたが、ぽんぽん金とか並べちゃうの?
そもそも換金方法は? 無いから金庫に保管している? 何かあったら、怪しい財産ありますとかで、調査されない?
俺は頭の上に疑問符を並べていたのだが、視界が妙にキラキラする。
考えるのを止めて見てみると、机の上に金が並べられていた。
「魔王の財力舐めてんじゃねぇぞ!」
「金くらい鉱山からいくらでも掘ってやる。ギヒヒッ」
「とりあえず机が壊れたら困るので強化をしてっと。では妾の財力を見せつけてやろう!」
1円玉を置くかのような気楽さで、金が積まれていく。十本ニ十本と増えていく様を唖然としながら見ていると、ウラミちゃんがにたぁっと笑った。
とても、嫌な、予感が、します。
バンッと机を叩いたウラミちゃんは、三人を見回す。そして言った。
「三人じゃこれくらいが限界よね? わたしはもっとすごいから」
彼女がパチリと指を鳴らすと、ドーンと音がして床に金が積まれた。三人が出した量以上の数が積まれている。
なぜ挑発した! 心の底からそう思っていると、想像通り三人は歪に笑いだした。
「……ロリババアが」
「マオ! 今、なんて言ったの!」
「おらぁ!!」
ドーンと音がし、床がミシミシという。床の上には金が積まれていた。
あばばばばばば、この人たちなにしてくれてんだ? 競うところ間違ってるだろ!
これ以上はまずいと止めようとしたら、ドーン! ドーン! と音がし、ゴブさんとキューさんの後ろにも金が積まれていた。
「ギヒッ、この程度の金がなんだって?」
「ちょっと歳を食っているからと、調子に乗ったな」
「……くすくす」
四人はお互いを牽制するように、笑い合っている。床は強化されているらしく、仄かに光っていた。
床が抜けないのは助かるが、まずは争いをやめてもらいたい。
この状況で助けてくれる人は誰か? もちろん、そんなやつはいない。彼らは誰が一番金を持っているかを、やめられない状況だ。
つまり、俺が止めないといけない。目がちかちかとする中、俺は恐る恐る手を上げた。
「ここまでにしましょう!」
「あぁ? 俺様はまだまだ」
「家賃もらいましたし、おいしいお酒を買ってきます! 高いやつです!」
「高い酒……? ギヒッ」
「全員分買ってきます!」
「う、うむ。そういうことなら、妾もこの辺でやめておこう。一番高い酒を頼むぞ
」
「……え? 一番高い?」
「一番高いお酒! 一番高いお酒! ……すぐ買って来てくれるの?」
「くそっ! 今すぐ買ってきます!」
全員が金を一本ずつ俺に渡し、その場は収まった。
俺は慌てて部屋へと戻り、金庫へ四本の金塊をしまう。あの爺さん、なにしてくれてんだ!
だが、今はそんな時間すら惜しい。俺は財布を手に持ち、半泣きになりながら家を飛び出した。
「へい、らっしゃい!」
「一番高い酒をください」
「へい! ……へい? 五万のがありますが」
「四本ください……」
「四本!? ありがとうございます!」
卸した貯金を、泣くのを我慢しながら渡す。酒屋はほくほく顔だ。
一日で二十万も儲かったんだ、そりゃ嬉しいよね。俺以外はな!
もう二十万使ったんだから、大した問題じゃない。
さらにケーキをホールで買い、つまみを大量に購入する。フライドチキンも食べきれないくらい買ってやった。
そして帰ると、目をキラキラとさせた四人組が待っていた。
「高い酒か!」
「高い酒です」
「チキンもあるぞ。ギヒヒッ!」
「チキンもあります……」
「おぉ、ケーキもあるではないか!」
「ケーキ! お酒!」
「持ってけ畜生!」
俺の自腹だと知らない四人は、嬉しそうに居間へと荷物を運んでくれた。貯金が物凄い勢いで減り、俺は涙しか出ない。
そして一人ブルーな俺と、嬉しそうな四人との宴会が始まった。
用意されたチキン、ケーキ、酒。
爺さんに請求するか、なんとか金塊を売るか。足がつかないかな? 不安しかない。
最初から爺さんの金で払っておけば良かった気もするが、出費が大きすぎる。帰ってきたら必死に頼み込んでみよう。
どんよりとした気分でいると、キューさんが俺の前に空のコップを置いた。
「ほれオーヤも飲め! 妾がお酌をしてやるぞ」
「いえ、お酒は……」
「飲めないわけじゃねぇんだろ? うまいぞ! たまには飲め!」
こ、この酔っ払いどもめ! 俺は腹立たしい気持ちを感じながら、コップを手に取った。
その姿を見て、キューさんが嬉しそうに酒を注ぐ。飲んでやる! 俺の貯金を飲んでやるぞ!
注がれた酒をぐいっと呷る。まろやかで、舌触りがよく……うまい!
「いいぞー! ギヒヒッ! もっと飲め!」
「はい! 飲みます!」
俺は血涙を流したい気持ちになりながら、酒を飲んだ。もうこれでもかというくら飲んだ。
そして……酔った。
「はぁ、俺はこのままでいいんでしょうか?」
「お、おう。オーヤ、その辺にしておいたらどうだ?」
「大丈夫です大丈夫です。たまにはこういう日もありますよね。でも将来の不安とか、今後どうなるんだろうって考えちゃうんです」
「ギ、ギヒッ、もう一杯だけだぞ?」
ぐいっと飲み干す。すぐにコップは空になった。
俺は空のコップを机に置く。みんなが変な顔をして俺を見ている。酔ってないですよ? 全然酔ってません。
そう思っているのに、なぜかウラミちゃんが横からコップを差し出して来た。コップならあるのに、なぜ新しいコップを?
まぁだが酒ならいい。高い酒はうまい。本当にうまいかは分からんが、気分的にうまい。
飲めば嫌な考えも忘れられる。そう思い飲み干そうとし、味が違うことに気付いた。前に俺がキューさんにやったのと、同じ手段だ。
「……ウラミちゃん」
「な、なに?」
「これは水だね。心配してくれてありがとう。俺なんてみんなと違って働いていないし、水でも飲んでろってことだね」
「妙に愚痴っぽくなっているのう。オーヤ、後は水だけにしておいたらどうじゃ?」
「はい、そうします……」
「妾の話を聞いておらんな。普通に酒を注いでおる」
ぐいぐいと飲み干す。……あーっ、おいしい。でも飲めば飲むほど、不安も増す。安定していて、残業が少ない仕事がしたい。
後、人間関係も面倒じゃなくて……できれば家で仕事がしたい。人に合わせるのは大変だ。
ん? 酒が空になっている。コップに入れた酒がすぐになくなってしまう。俺の将来と同じで、コップも空っぽだ。
俺はぶつぶつ言いながら、コップをカンカンと叩いた。なんとも言えない表情でゴブさんが酒を注いでくれる。おいしい。
周囲を見ると、四人が困った顔で俺を見ていた。はぁ……何をしても迷惑をかける俺は駄目なやつだ。辛い。
「皆さんなんか本当にすみません。愚痴っぽくなってませんか? すみませんすみません……」
「普段は愚痴を聞いてるばっかりだからな。こういうときくらいいいんだぞ?」
「ありがとうございます、すみません」
「鬱憤が溜まっておったのかのう」
「お兄ちゃんがお酒を飲まなかった理由が分かったよ。愚痴っぽくなるんだね」
「……そういえば、一ついいですか?」
俺が言うと、みんなが目を向けた。こんなどうしようもない俺の話をちゃんと聞いてくれる。本当にすみません……。
若干ふらふらとしながらだが、俺はもう一杯飲み干し、話し始めることにした。
「廊下や二階がざらざらしてますよね? 皆さんは帰ってきたときに、靴のまま入って来てるからです」
「そういえばそうじゃな」
「あれやめてもらえませんか? 掃除の手間が増えますよね? 地下に下駄箱を用意しますから、そこで脱いでください。あぁでも、俺ごときがこんなことを言って……すみません」
「う、うんそうだね。掃除も大変だし下駄箱を置こうね」
「いいんですか? 面倒ですよね? やっぱり置かないでいいですよ。俺が掃除しますから……」
「ギ、ギヒッ、それくらい気にするな! 下駄箱を置こうじゃないか!」
四人が頷いてくれている。あぁ、本当に申し訳ない。他にも言いたいことはあったかな……。
朝、目を覚ました。体は若干重いが、なんか妙にすっきりしている。
これはあれか? 経験上、酒でやらかしたときのあれじゃないのか?
ガバリと起き上がり、寝癖を直す暇すら惜しみ、俺は居間へと走った。
「おはようございます!」
「おはようオーヤ。朝食なら妾が作っておいたぞ」
四人は俺を見た後、目を逸らした。なぜか体も震わせている。やばい、これは間違いなくやらかしているな。
俺にできることは一つ。頭を下げて謝罪の言葉を述べることだけだった。
「昨日はすみませんでした! 全然覚えていませんが、本当にすみません!」
「いや、俺様たちも良くなかったからな」
「ギヒッ、地下に下駄箱は作っておいたぞ」
「え? 下駄箱?」
下駄箱ってなんのことだ? さっぱり分からないが、下駄箱を作ったのか。掃除の手間が減るからいいかもしれないが……もしかして、そのことで文句を言ったのか!?
どうせ掃除ばっかりしているから、そこまで気にしていなかったのに、悪いことをしてしまった。
反省するところばかりで落ち込んでいると、ウラミちゃんが袖を引っ張った。
まだなにかやらかしていたのか……。
「でもわたしたちのこと好きでいてくれたんだね。まだ扱いに困っているのかなって思ってたよ」
「……ごめん、なんでそうなったの?」
「だってお兄ちゃんが自分で『俺は皆さんとの生活が楽しいんですよ! めっちゃ好きです! 大好き! だから楽しく過ごせるように頑張りましょう!』って熱弁していたよ?」
……? ごめん、なんだって?
ふと見てみると、みんなが俺をにやにやと見ていた。俺、本当にそんなことを言ったの!? もしかして震えていたのは、笑うのに堪えていた!?
だが誰も答えてはくれず、返ってくるのはにやにやとした視線だけ。あああああああ!
叫び出したい気持ちを押さえ切れず、俺は顔を両手で覆って部屋へと逃げ帰った。
布団に包まり小さくなっていると、扉の外から声がする。
「じゃあ俺様は仕事に行くぞ。また夜な、大好きなオーヤくん」
「ギヒヒッ、オレも仕事だ。夕飯は適当に頼むぞ、大好きなオーヤくん」
「妾は休みだから、夕飯を作ってやるぞ。後で手伝ってくれるか? 大好きなオーヤくん」
「わたしも仕事に行くね。今日はゆっくり休んでね? 大好きなオーヤくん」
「ぐああああああああああああ!」
二度と酒は飲まない。本当に飲まない。ちょびっとしか飲まない。本当にちょっとだけにしよう。
心の底から反省し、そう思った。




