第十四話
俺はなぜこんなことをしているのだろう? とても不思議に思いながら、符に妙な文様や字を書き込んでいた。
「そこ間違っておるぞ」
「え? 本当だ……」
「やり直しじゃ!」
謎の鬼教官、キューさんに見られている。
何枚も何枚も書き、チェックを受けて大丈夫か教えてもらう。キューさんが普段使う符らしいのだが、せっかくだから手伝えと言われた。
手伝うのはいいのだが、俺が書いても使えるのだろうか? なにか不思議な力とかを籠めなくていいのかな……?
分からないことは聞くに限る。そもそも、この人たちのことは分からないことだらけだ。
ということで、躊躇いなく素直に聞いてみることにした。
「ねぇキューさん」
「なんじゃ?」
「これ、俺が書いても使えるの?」
「なるほど、素朴な疑問じゃな。では妾と同じように、符を持ってみよ」
キューさんは二本の指で、符を挟み込む。俺も言われた通り、真似をしてみた。
気持ちはTHE・陰陽師といった感じで、ちょっとわくわくする。うへへ、悪霊退散悪霊退散!
少し楽しくなっていると、キューさんは符をひゅっと台所へ投げる。符は小さく燃え、そのまま消えた。
あ、一応水道から水を出して、しっかり消すんですね。火事対策はばっちりだ。
「オーヤもやってみるがよい」
「よーし」
符を構え、ひゅっと投げる。ふわりと動き、足元に落ちた。全然駄目じゃん。
できないじゃないかと、ぶーぶー言いながら彼女を見る。しかし首を横へ振っていた。どうやらやり方が違ったらしい。
キューさんは、俺へ丁寧に教えてくれた。
「符を構える」
「構える」
「力を籠める」
「はいストーップ! 今、急激に難易度上がったよ!?」
力を籠めるってなんだ、力って。不思議な力のことだろ? 魔力とかそういうやつだろ? 簡単に言うが、無理難題を投げかけられている。
魔力だか霊力だか知らんが、普通の人間にそんなものはない。よって、無理なんです!
そもそも、作った符を他の人がちゃんと使えるかを知りたかったのに、なぜ俺が使うことになっているんだ。
だが鬼教官殿は、にっこりと笑っていた。最初から諦めるな的なあれですよ。
「心配せずとも、力とは誰もが備えとる物。とりあえず集中し、炎をイメージして、符に気合を籠めるのじゃ」
「そんな簡単にできるわけないだろ……」
「妾が教えておるのじゃぞ? オーヤでもできるに決まっておる!」
なんだよその、俺じゃなくて自分への絶対的な自信は。これだからできるやつってのは、相手のことを考えもせずに……。
文句はいくらでもあったのだが、できると言われればやってみたい。魔法とか一度は出してみたいじゃん?
ということで再チャレンジです。符を構え、集中する。俺の体に流れる不思議な力を探し、それを符へ籠める……。
ふっ、全然分からん。不思議な力ってなんですか?
さっぱり分からないで困っていると、後ろからむぎゅっと抱きしめられた。豊満な双丘が背に当たり、思わず顔がにやけた。
「ほれ、全身を巡る力を指先へ集めるんじゃ。この辺りから全身に巡っておるぞ」
「ちょ、そこは駄目! セクハラ!」
「なにを言っておるんじゃ?」
だって、キューさんがへその下辺りを撫でるんだもん! 丹田とかってやつだろ? それは知っているけれど、この体勢で美女に撫でられるのはまずい。
とっても妙な気持ちになって……ん? なんか、感じる。一、二、三、四。四色のなんかが、俺の体を巡っていた。他にも何かある。これのことか?
彼女がなにかしたのだろうが、確かに感じる。そのうちの一つがちょうど良さそうだ。
それを指先へ集め、炎を意識? 炎っていうと、山火事的なあれか、火山的なあれかな。
ボーボーと燃え盛る炎をイメージし、集めた力を放つ!
「とりゃあっ!」
大きな炎の球が現れ、それが台所へ飛び、ドガーンッ! と音を鳴り響かせる。
残ったものは、吹き飛んだ台所だった。大きな穴が空いており、それを見て目をぱちくりさせるしかない。
これ、俺がやったの? どうしてこうなった? キューさんのお陰? 動揺しながら後ろを見ると、キューさんも目をぱちくりとさせていた。
「……さ、才能があったようじゃな」
「いやいやいやいや! 才能もいいですけど、これどうするんですか!? 俺が悪いんですけどね!?」
「まぁまぁ、これは妾が直してやる。ほれっ」
ぴっとキューさんが符を投げる。符は穴に壁があるかの用に張り付き、そこを中心として、瞬く間に台所は元の形に戻った。
炎を出すよりも、こっちを教えてもらったほうが一儲けできそうだ。
すごいなぁと思っていると、彼女が違う符を俺へ差し出した。
「次はこれで、妾に向かって撃つのじゃ。また壊されたら、直すのが面倒じゃからの」
「直す方法が知りたいんだけど」
「だーめーじゃ! ほれ、早くやってみるのじゃ」
一儲けできそうな話は断られてしまったので、渡された符を受け取る。今度はこれを彼女へ撃つらしい。
……え? キューさんに撃つ? 先ほどの惨状が頭に浮かび、俺は首を横へ振った。
「無理無理! キューさんが怪我をしたら嫌だよ!」
「ほう? 妾を怪我させるほどの威力が出せると? 驕ったものじゃのう」
あれ? なぜか怒ってる? 素直に心配したつもりだったのだが、勘違いをされている。
俺が言いたいのは、例え鎧を着ているのだとしても、ナイフを投げたりはしたくないということで、驕ったわけではない。
しかし、伝わらなかった。何度言っても「早く撃たぬか!」の一点張り。俺は仕方なく、彼女へ向けて符を構えた。
落ち着き、集中し、今度は威力を抑えて……。てやっ!
符を投げると、小さな炎の球が発現し、キューさんへと飛んだ。
彼女は慌てることなく、炎の球を手で受ける。バシュッと音がし、炎の玉が消えた。おぉ、さすがだ。
「威力を抑えてこれか。妾が作った符とはいえ、大したものじゃな……。オーヤは妾たちの世界で生きるほうが向いているかもしれんのう」
「無理です! 絶対無理です! 話を聞くだけでも殺伐としている世界ですからね。俺には荷が重すぎます!」
「なに、すぐ慣れるじゃろ」
「慣れたくないです……」
一体、なにに慣れさせようとしているのか。戦うこと? 殺すこと? それに慣れてしまうとか、超怖い。
というか、絶対に慣れないよ。表面上は平和な日本で生きている俺に、そういうことはできる気がしない。
まぁでも、異世界が向いているって言われると、勇者です! みたいでちょっと嬉しくもあるけどね。
その後も、基本的な符の書き方をキューさんに教わった。途中で彼女は夕飯の支度に移ってしまったが、俺は一人続ける。
なんか楽しい……。そう思っていると、三人が帰って来た。
「帰ったぞー、腹が減った! ……オーヤ、なにしてんだ? 符か? いいじゃねぇか、俺様も少し教えてやろうか」
「ギギッ、ならばゴブリンに伝わる秘術も」
「ここの書き方を少し変えて、こう書くんだよ? そうするとね……」
余計なことを言う三人にも、色々教わった。説明してもらうが、理解できていないうちによく分からない符ができあがる。
キューさんに教えてもらった文字だけでなく、四種類の文字が入り混じっている符だ。
これ、使うとどうなるんだろう? 爆発したりしないかな? 様々な要素が混じり合い、非常にあかん感じがする。
「よし! 俺様に使ってみろ!」
「ギギッ、マオに一応防御魔法をかけておこう」
「わたしは応援してるね!」
「使わないですからね?」
「いいからやれ! 物は試しだ! 四種族の技術が混じり合った符だぞ!」
興味津々といった感じの三人だが、本当に使っていいのか?
ちらりとキューさんを見ると、仕方ないと頷いていた。彼女の許可があるならいいかな。……よし!
二本の指で符を挟む。今日一日で、少しは様になった気がする。
集中し、魔力を籠め、イメージする。……なにをイメージするんだ? 火でいいかな? 小さな火をイメージしよう。後は気合を入れて、発動!
キラキラと光る球がマオさんに飛ぶ。そしてぶつかった瞬間、彼は絶叫した。
「ぐああああああああああああああああああ! ……強い衝撃はあったが、なんともないな」
「驚かさないでくださいよ!」
「悪い悪い。……ごふっ」
笑いながら、マオさんが血を吐いた。もちろん俺はパニック状態となったが、ゴブさんに宥められる。
食事の用意を中断したキューさんが調べてくれると、マオさんの胸には青痣ができていた。殴られたような丸い痣だ。
「……オーヤ、それは今後使うでないぞ」
「ですね。なるべく抑えたつもりだったんですが、殴られるくらいの衝撃はあったようです。マオさんすみません」
「俺様がやれって言ったんだから気にするな!」
素人がよく分からずにやってはいけない。そういったことを学べた日だった気がする。
だが四人は集まり、俺をちらちらと見ながら小声で呟いていた。
「防御……」「貫通……」「四属性……」「呪いも……」と、単語だけ聞いても物騒だった。
推測するに、なんか防御魔法を貫いて、呪いをかけてしまうようなやばいやつだったらしい。
四人も気を遣って隠しているし、もう使わないようにしよう。迂闊だった……。




