第十一話
一体なにごとだろうと思っていると、マオさんがウラミちゃんを怒鳴りつけた。
「オーヤになにした! 俺様たちに気付かれないよう、なんかしたんだろ? 昨日何度か妙な気配を感じたが、あれはウラミの力じゃねぇのか!」
「力は使ったけど、悪いことはしてないよ」
「お得意の呪いをかけたのではないのか? 妾たちを、そこらの盆暗と一緒だと思っておるなら、間違っておるぞ」
「違う……」
「ウラミ、正直に話さないならオレたちにも考えがあるぞ? ギギッ」
ぎゅっと。スカートの裾をウラミちゃんは強く握っている。
それに気付いた俺は耐えきれなくなり、ウラミちゃんの前へと飛び出した。
三人は俺を見て一瞬驚いたが、すぐに真剣な表情へと戻る。目が、そこを退けと訴えていた。
……だが退くわけにはいかない。この状況は、なにか誤解が生じていると思うからだ。
背のウラミちゃんを庇いながら、俺は口を開いた。
「あの、よく分かりませんが誤解していると思います」
「退けオーヤ。妾たちはウラミと話しておる」
「ちょっとそういうわけには……」
「なんでそいつを庇ってんだ! 分かってんのか? お前が相談していた異常は、そいつが起こしていたんだぞ!」
「わたしじゃないよ」
「ギヒッ、なら証拠を出せ」
「……」
詰め寄る三人はとても大人げないが、俺のためを思っての行動でもある。では、俺にできることはなにか?
……言うまでもない。誤解を解いて、事態を収拾することだろう。
ぐっと耐えているウラミちゃんへ、にっこりと笑いかける。彼女は驚いた顔をしていたが、任せてもらおう。
「三人とも聞いてください。昨夜、ウラミちゃんが俺の体になにかを入れました。その後もウラミちゃんが部屋に来ました」
「やはりな……。証拠は十分というところじゃ」
「いえいえ、たぶん助けてくれたんです。このぬいぐるみを渡されてから、異音も笑い声も聞こえなくなりました」
「ぬいぐるみだぁ?」
俺が差し出したぬいぐるみを、マオさんがチェックする。厳つい大男がうさぎのぬいぐるみを手に持っているだけで、俺は吹き出しそうだった。
しかし、マオさんがぬいぐるみに魔法で出した雷を近づけた瞬間、大きく口を開き彼へと飛び掛かった。
「ちっ、やっぱり危ないじゃねぇか! こいつ何体か食ってるな!」
「……食ってる? ウラミ、こいつに何を食わせた? ギヒッ」
食ってる? 食わせた? マオさんは暴れるうさぎのぬいぐるみと格闘しているが、ゴブさんとキューさんはウラミちゃんを見ている。
彼女は腰に手を当て胸を張り、さっきまでの弱弱しさなど感じさせずに告げた。
「しょうがない、教えてあげる。外から変なのが寄って来ていたの。たぶんわたしたちには勝てないから、狙う人が一人しかいなかったんだと思う。そういうのはわたしの専門だから、マーくんに守らせたの」
「……あぁ、そういうことか。亡霊とかの類がオーヤを狙っておったのか」
「この家に強い魔力を感じて来たんじゃないかな」
「なら、そう言えばいいじゃねぇか!」
「聞いてくれなかったじゃない!」
その後、口を膨らませる少女に三人はぶつぶつ言っていた。だが良かった良かった、一件落着だ。
……と言いたいのだが、俺を襲った亡霊ってどうなったんだろう? 食ったって言っていたよね?
じっとうさぎのぬいぐるみ、マーくんを見てみる。マーくんは鋭い牙を見せつけるように口を開き、ジャギッジャギッと音を鳴らし笑っていた。
あの物騒な音、こいつの歯が重なった音じゃねぇか! しかし助けられた手前文句は言えず、苦笑いをするしかなかった。
お詫びと歓迎会という意味を込め、その日の夜はささやかながらパーティーをすることにした。
ピザやチキンを頼み、飲み物を買い、ケーキを注文して取りに行った。……ちなみに、全部俺が一人でやった。
みんな仕事があるからしょうがないよね。皿を並べるのは、ウラミちゃんが手伝ってくれたからいいんだ。
ということで、夜になり歓迎会を始めた。
「じゃあ、ウラミちゃんと出会えたことを祝って」
「それは俺様が狙ってたんだぞ!」
「妾の酒を飲むでない!」
「ギヒッ、先に確保しておいて正解だったな」
「……わたし以外、誰も聞いてないね」
最初くらい我慢してもらいたいものだが、言って聞く人たちでもない。
仕方なく俺は、隣に座るウラミちゃんとグラスを合わせた。チンッと綺麗な音が鳴る。二人だけの乾杯というのも悪くないだろう。
三人が酒や食べ物を見る見るうちに消していく中、俺はウラミちゃんと話をしていた。
「そのうさぎ、なんでマーくんって言うの?」
「ウラミを殺した殺人鬼を呪って一生逆らえないようにしてから、魂をぬいぐるみに入れたの。マーダーだからマーくんだよ」
聞くんじゃなかった……。マーくんに同情する点は無いが、マーダーうさぎのマーくんとか知りたくもなかったよ。
でもこいつも仲間なんだし、これから仲良くする、のかな? そう思い見ていると、マーくんの口から何か声が聞こえた。
ぬいぐるみなのに話せるのか。もしかして、挨拶でもしているのかな? なになに……?
「タ……タス……ケテ……」
「なにも聞こえなかった!」
「どうしたの?」
「ナンデモナイヨ」
なにあの悲痛な叫び。トラウマになりそうなんですが……。
とってもブルーな気持ちになってしまったが、心配そうに見ているウラミちゃんに悪いと思い話を続けた。
そういえば、俺の体の中に入ったのはなんだったんだ? 助けてくれた人だし、害を及ぼすとは思わないが聞いておきたい。
「ねぇ、俺の体になにか入れたよね? あれってなに?」
「うん、呪ったの」
「そうかそうか……え? 呪った?」
「わたしが呪いをかけたの。わたしより強い呪いをかけれる相手はいないから、そういう心配はなくなったよ」
三人が俺を守るために、防御魔法をかけて守護してくれている。さらにそこへ呪いをかけられ、呪いとかの対策もばっちり……?
今後、変なのに夜悩まされることはないのかもしれないが、呪いと言われると抵抗はある。
だが、こんなにウラミちゃんが嬉しそうにしているのに、嫌ですとは言い出せない。まぁなるようになるだろう。
苦笑いしつつ頷いていると、ウラミちゃんが俺の手を握った。冷たい手が気持ちいい。
「どうして信じてくれたの? 怖かったでしょ?」
「怖かった! 何度も疑いそうになるくらい怖かった! でもウラミちゃんが何かしたわけじゃ……呪われたけど、害はないみたいだし。信じてみようって思ったんだ」
「そっかぁ。うふふっ、ありがとうお兄ちゃん」
にたぁっとウラミちゃんが笑う。良いことをした気持ちになり、俺も嬉しくなった。信じるって大事なことだ。お兄ちゃんって呼び方は照れくさいけどね。
このガバガバと赤い液体を飲んでいる少女と、これから仲良く……待って、その瓶はお酒じゃない?
慌てた俺は、ウラミちゃんの前にある瓶を手に取る。ラベルを見て確認すると、間違いなくワインだった。
「ウラミちゃん! 子供がお酒を……いや、人間じゃないからいいのかな? でも見た目とか年齢とか……死んでるからセーフ?」
「オーヤ、ウラミはこの中で一番年上じゃぞ」
「はい?」
キューさんたちを見てみると、三人共頷いている。おいおい、そんな馬鹿なことがあるわけないだろ?
そう思いウラミちゃんを見ると、うんうんと頷いていた。ま、まじかよ……。
年上だが見た目は少女に、お兄ちゃんと呼ばれたのか。それってなんか、こう間違っているけど合法というかなんと言いますか。
あ、こういうのにぴったりな言葉を一つ知っている。俺はその言葉を、ついポロリと言ってしまった。
「ロリババアか」
「……お兄ちゃん?」
失言だったことは気づいていたが、隣のウラミちゃんが怖い。
三人も食べ物やお酒を手に持ち、急ぎソファへと移動している。
これはやっちまったと思い、頭を下げようとしたところで、マオさんから声がかかった。
「それウラミが一番嫌いな言葉だからな。前に俺様が意味を教えてから、聞くとキレる」
「あ、あばばば……ごめんなさいウラミちゃん! いえ、ウラミさん!」
「うふふっ、ウラミさんって直されるのも嫌かな!」
「ぎゃああああああああああああああ!」
次の日、気付いたら部屋に戻っており、横になっていた。
亡霊に囲まれ、悲痛な叫び声を聞かされたり、どう苦しんで死んだかを話された気もする。
さらにマーくんに腕やらを噛みつかれ、ひどい目にあっていたような気もする。……なのに、傷跡は一つも残っていない。
うん、ほとんど覚えていないことにしたいが、ばっちり覚えている。忘れていたかった。
二度とロリババアとか、ウラミ『さん』と言わないように気を付けよう……。




