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もしかしたら、題名は後々変更するかも知れません。
6年。
ふいに、ミアの頭の中にそんな言葉が浮かび上がってきた。
その数字が表す年月が何を意味しているのか。それについても、そう間を空けることもなく、ミアは気づいた。
ミアがミアである為に、何よりも大切にしている、しなければならない宝物に関わっている数字だ。この6年という歳月の中で、一時だって忘れた事はない。
でも、こんな風に唐突に脳裏に浮かび上がってきた事は無かった。
何時もは、夜寝る前や心を大きく揺れ動かされる出来事があった時など、そういう決まった場合にそれは脳裏で光り輝き、点滅して、月日、時間、時には分に秒まで、と事細かな数字をミアに告げていた。
どうして?
その数字を疎かにしたつもりも、忘れようとした訳でもない。
なのに、どうして今なのか。
その理由もすぐに知れた。
ミアがくるりと見回した、ミア以外の誰も存在していない冷え切った店内の端。そこで、ミアはその理由を知る。いや、思い出したという方が正しかった。
精算や事務仕事が行われるカウンターの上に広がった一枚の手紙、そして手紙の横に置いてある小さな木片に刻まれている二つの『正』の字。奇妙なことに、二つ並んだ『正』の字の右側のそれは、下の一本が足りていない。この『正』の字の意味をミア以外が知る由もないのだから、それを奇妙と思えるのは何時もならミアだけだ。でも、今のミアはそう思うことはない。何故なら、その『正』の字を毎朝毎朝一本ずつ刻んでいき、明日の朝を迎えれば二つの『正』の字が完成する、というところまで刻み続けたのはミア自身なのだから。
『正』の字が二つ完成する時、つまり十日間の日数が経過した時、ミアはまた、6年前とはまた違う形で、新しい生活を迎えることになっている。
それは嬉しくて楽しみで、そして大きな不安も消す事が出来ない、そんな出来事であり、始まりだ。
でも、ミアの顔に不安や怯えといった表情は決して浮かばない。
今も、今までも、そして明日を迎えても、ミアは笑顔で全てを迎え入れる。そんな覚悟はちゃんと出来ている。
「早く帰って来ないかな」
そんな言葉を気負うことなく、極自然に口から零れ落とすことが出来るのは、何もかもが全て6年前の出会いがあったからこそ。
あの日、あの場所で、ミアが『父』と出会うことが出来た。
そのおかげで、今がある。
前に居た場所では得られなかった、幸せな日常を甘んじることが出来ている。
それが嬉しい。
そんな風に想い、微笑みという形で表情を緩ませたミアの夜空よりも深い黒の目は、窓から差し込む夕焼けの色を映して、染まっている。
その朱色になった目の中には、その姿形に見合わぬ光が見え隠れする。
ミアは11歳。
少しだけ同い年の子供達より背が低いというだけで、後は街の子供達と並んでも何の違和感も感じない、普通の女の子。その性格について、大人びた、しっかりしている、と街でも何かと評判になる事はあるが、普段そんな子供らしからぬ光を目に宿す事はない。もっと、子供らしい、年相応の明るさと無邪気さを宿していた目で、子供達と共に遊んでいる。
だが今は、ミアは自宅でもあり、留守を任されている父親の店の中にたった一人きり。
普段は普通である為に隠しているものも、その必要がなく、ついつい心が緩んで浮き上がったしまったのだろう。
普段浮かべている子供らしさを完全に消し去り、ただ静かに物思いに耽ている。
「家の掃除は全部終わった。お父さんの書斎も、お母さんが言ってた部屋も、寝室も。台所も一日かけて油汚れ一つ残してない状態に出来た」
家の隅から隅まで、気が済むという事を知らずに、ミアは掃除をし尽くした。
それもこれも、明日からの新しい生活の為。
新しい生活の始まりは、何回経験しようと緊張するものだ。
それはまるで、多くの経験を経ている年老いた老人達が思うような、そんな老成した言葉だ。
口に出すことは無く、そんな呟きを心の中で呟いたミアは、まだ足りない準備があるかも、と店から扉一枚で繋がっている家の中へと入ろうと、窓から差し込む光にくるりと背を向けたのだった。
「それにしても、何かな。胸がザワザワする。何か、"災い"が起こる?」
その感覚は、ミアが今まで存在してきた中で何度も、何度も経験している。
だから、それが何を意味するのかも分かっているし、ある程度は冷静に受け止めている。
ただ、一つだけ不安を覚えるのは、ミアを娘として愛し、此処まで育ててくれた父のこと。その感じ取ったものが、父の幸せに水を差すことではなければいい。ミアはそう思い、そして祈る。
「私が居る限り、お父さんが"幸せ"なのは確実。だから、心配することはないと思うけど…」
ミアがミアである限り。
ミアが父と家族である限り。
それが違う事はない。
だが、ミアはまだ確信が持てていない。だからこそ、不安を完全に消し去ることが出来ないでいた。
ミアが本来存在している場所でないこの地で、ミアの存在が何処まで効力を持つのか。
見定めよう。
ミアはそう思った。
そして、父の幸せを守り抜こう。
そう、改めて決意を固め直した。




