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桜と聞いて思い浮かぶものは人によって様々だろう。

だが総じてそれは、色鮮やかな風景なのではないだろうか。

かく言う僕も、桜と聞いて思い浮かべるのはそんな、色鮮やかな風景だ。

僕の住んでいる地域には、二級河川にも満たない、小綺麗な川が流れていた。

そんな、どの地域にも一つはあるような川が僕の印象に残っているのは、その両岸、正確には川の隣の散歩道に沿って、たくさんの桜の木が植えられていたからだ。

そこは、春になるとそれはもう、たくさんの人で賑わう。

河川敷、と呼べるほどのものはないのだが、ちょっとした場所にシートを敷いて花見で一杯、なんてよく見かけたものだ。

朝は、桜のピンクに、空の青。

昼は、まぶしい太陽に、輝く桜。

夕暮れは、沈みゆくオレンジに、舞い散る影。

夜は、照らされる夜桜に、ほのかな星々の、月の光。

日によって、時間によって、たくさんの表情を見せる風景。

僕はそれを、よく一人で見に行っていた。

懐かしむほど昔のことではないはずなのに、何故かその光景を思い出すことは、僕を感傷的にする。

あの頃の僕はどうして桜を見に行こうと思ったんだっけ…


「ねぇ」


唐突に声をかけられハッとする。


「どうしたの、そんな何もかも悟ったように上ばっかり見て」


「…桜を見に来たんだから、上を見るのは当たり前でしょ」


呆れ気味にそう返す。

どうして唐突に桜について考えていたかというと、今その場所を歩いているからだった。

ついでに隣には彼女もいる。

彼女といっても付き合っているわけではないのだが。


「そりゃそうだけど、なんか桜を見てるようで見てないように見えたよ?」


「そうだった?そりゃ失敬」


そう、おどけ気味に返す。

こんな、たわいのないやりとりを重ねる。

それだけでも、なんだか胸にくるものがあるから不思議なものだ。


「失敬だよ本当に。で、何考えてたの?」


「…まあ、いろいろだよ、いろいろ」


「いろいろ、ねぇ」


なんだか不審がられている。

それもいつものことだったりする。


「君、いろいろ考えてること多いよね?」


「そうだね、なんとなく、いろいろ考えちゃうんだよね、ここ来ると」


「そうなの?」


「うん」


「へー」


「あ、興味ない反応だ」


「そんなことな、くもないかな?」


「…やっぱり」


正直というかなんというか。

まあ嘘つかれるよりは何倍もマシだけど。


「だってここがなくなるんだよ?1年後にはまっさらな平地になってるかもしれないんだよ?そりゃいろいろ考えたくもなるよ」


そうなのだ。

この川は、もうすぐなくなる。

川がなくなるという事はあまり前例があるわけではないが、なにぶん小さな川だ。

上流で川を統一するとかなんとかで、この川は実質なくなる事がつい最近決まった。

そのことを知った僕は、桜が見れるこの最後の春に、彼女を誘って散歩に来ていたのだ。


「まあそう言われると、ちょっと寂しいね」


彼女が川を眺めながら言う。

僕も、その視線を追う。

歩みが自然と緩やかになっていく。


「ねぇ、ちょっと休憩しようよ。どっかいい場所ない?」


「そうだなぁ。じゃああそこは」


僕が指差した場所には、くすんだ色の木のベンチが幾つか並んでいた。


「えー、あれ?あれに座るのはちょっと抵抗が」


「わがままだなぁ、じゃあ…」


そう言って僕が指差したのは川の堤防?のような石の上だった。


「あそこは?」


「ん、まぁいいんじゃない、あそこで」


「そ、そうですか」


姫、とあとにつけたくなるような返答。

まあ、わがままなのも彼女のいいところではあるんだけど。


そんなこんなで堤防の上に腰掛ける。

二人の距離は目測25センチ。

まずまずの距離。

何に対してのまずまずかは察してほしい。


「この川がなくなると桜も無くなっちゃうの?」


彼女が聞いてくる。

僕は、伝え聞いた情報を返す。


「なくなるらしいよ。ただ、桜の木自体は別の場所に移されるんだって」


桜の木を移すように手でジェスチャーをする。


「で、ここは更地にして、何かに有効活用するんだってさ」


まあ、あくまで噂だけどね。

小さくそう付け足す。


「ふーん、じゃあ桜の木はまた別の場所で見れるね」


「ま、そうなるね。でもどこに行くまでは分かんないよ?」


「でもいいじゃん、どこかで再開出来るかもよ?」


「あはは、そりゃロマンチックだ」


「でしょ」


「うんうん、感動の再開ってやつだね」


「ドラマ化する?『桜との再会』なんちゃって」


「いいねぇ」


二人して小さく笑いあう。

彼女はこちらを向いて言う。


「本当に再会出来たらいいね」


その真摯な声には、なんだかいろんな感情がこもっているように感じた。


「本当に、そうだといいね」


僕も彼女の方を向き、そう素直に返す。

どちらともなく、2人で川に向き直る。

束の間の沈黙。

川は静かに流れ続ける。

聞こえるのは風の吹く音と、自分の音。

奏でられる音は違えど、不思議と不協和音にはならない。

そんな、穏やかな時間が流れる。

ああ、こんな時間がいつまでもーーー


「なんかしんみりしちゃったね」


「そうだね。でも、僕は好きだよ」


「私も好きだけど、今はもうちょっと楽しい話しない?」


彼女は困ったような笑顔でこちらを見る。

今はしんみりな感じはお気に召さなかったらしい。

ま、誰もが同じ気持ちを抱きたいと思っているわけではないのだから当たり前っちゃ当たり前だ。


「ごめんごめん、しんみりさせちゃって。よし!楽しい話をしよう!」


「うんうん!」


「…で?」


「で、ってなに?」


「僕がするの、楽しい話?」


「そりゃ、今の話の流れだったらそうでしょ?」


「お、おう、そうでしたか…なんとも、無茶を申しますなぁ」


「無理を可能にするのが君でしょ?」


「それ、どこぞの超人スーパーマン?」


「…やっぱり無理?」


…その顔は、反則だ。

反則技だ。

分かってやってるに違いない。


「…分かってやってるの?その顔」


結局すぐには思い付かず、そんな事をストレートに聞いてみる。


「ま、まあね」


あっさり認めた。

…認めたね!?


「認めたね!?」


いかん、思考がそのまま声に出てしまった。

彼女相手だと、ついついそうなってしまう。


「認めたよ!認めたんだからなんかちょうだい!」


「うわ、またしても無茶振り」


「…」


だからその顔は反則だって。


「うー、分かったよ。…そうだ!じゃあこの素晴らしい景色をプレゼント!」


「えー」


「えー、とはなんだ、えー、とは。素晴らしいでしょ?」


「素晴らしいけど、目の前にあるからありがたみがない」


「ま、そうだね」


「認めたよ…」


「そこは、『認めたね!?』でしょ?」


「あ、そうだった」


「もう一回やろうか?」


彼女が前を向いたまま苦笑する。


「別にいいよ」


「だよね」




益のない会話。

さりとてそれは、一般の解釈。

僕にとってはこの景色のように、


「いいんだよね、この瞬間が」


「ん、何が?」


「景色が」


「どうしたの急に当たり前なこと言って」


「ん、なんでもないよー」


「あ、今君隠したでしょ?」


「なんでもないよー(棒)」


「こら」


彼女が軽く僕の肩を叩く。

それも含めての、予定調和。




夕方に近付いたからか、少し風が肌寒くなってくる。

桜の木も、まるでそれを感じ取ったかのように一際大きく風になびかれる。


「帰ろっか」


彼女の声。


「そうだね」


僕は、ここで満足することにした。

すっ、と勢いよく立ち上がる。

堤防ようなものの上なので、いつもより目線がかなり高い。

下には川。

上には桜。

もう二度と見れないかもしれない風景を、目に焼き付ける。

彼女はそんな僕を見つめている。

僕はそれを含めてこの瞬間を、ずっと覚えておきたい、そう思った。

そして言う。


「うん、じゃあ帰ろう」


「…満足した?」


よく分かってる。

まあ、あれだけ名残惜しげにしてればさすがに分かるか。

僕は努めて明るく言う


「うん、満足!」


「じゃあ、行こう?」


彼女が優しげに微笑む。


「うん」


僕は子供のように素直に頷いた。


僕たちは再び歩き出す。


風になびいて桜の花びらが舞う、その中を。

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