僕の秘密
家庭科室には調理をするため、様々なものが置いてある。その中でも簡単に人を殺せるのは包丁だろう。
「やり方はわかったねー?」
家庭科の先生が聞くとクラスの所々から「わかったー」、「はーい」などの声が聞こえる。
今日は二、三時間目を利用して調理実習だ。
作るものは覚えてない。僕は別に料理なんて興味ないし、グループでやるので誰かがやってくれるだろうと思っている。
僕の担当は、片付けの時の皿洗いくらいだ。
皆はわいわいやっている中、僕はぼーっとただ座っている。
「ちょっと、少しは手伝いなよ」
巡回していた先生に見つかり注意された。
そこでやっと僕は椅子から立ち、何をやっているか考えた。
僕以外の子はそれぞれ役割が決まっていて、僕のやることはもうなかった。
結局やることがなく、僕はまた椅子に座った。
皆が料理している間、僕はただぼーっと座っているだけではない。
今日の授業はないがあったか、課題は出ていただろうか、早く授業が終わらないだろうかと永遠にループして考えている。
「おい、出来た!」
班の一人が盛り付けをし始める。
見た所、野菜炒めにしか見えない。本当はもっと他に名前があるのだろうが、僕は調べようともしない。
なぜなら、わからなくても食べて消化することは出来るからだ。
「痛って!」
小さく声が聞こえた。まだ料理を終えていないグループからだろう。
僕のいるグループは料理上手の子が三人も揃っているので、直ぐに調理し終えてしまう。だから僕のやることがないということでもある。
「悪いって、わざとじゃないんだ」
どうやら、男子二人が喧嘩をし始めたようだ。
「お前が二人で調理した方が良いって言って、一つのまな板で二つの包丁を使って調理してたんだろ?なのにお前が注意せずになんで俺の手を切ってるんだよ?」
「だからごめんって」
手を切ってしまった方だろうか、軽く頭を下げて謝っている。
「どうしたの?怪我した?」
そこに先生が駆けつけ、喧嘩を収めた。
少しガヤガヤした感はあったが、今は何とか落ち着いている。
一大事にならなくて良かったと思う。実際、あんなことで大きな騒ぎになるほど馬鹿な連中じゃない。
僕はパクパクと出された料理を食べながら考えていた。
ガラガラッ!と校庭側のドアがいきなり開いた。
クラス全員と家庭科教師がそちらを向く。
校庭側は僕の座っているすぐ隣にドアがある。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ」
息の荒い中年の男性がドアを開け中に入ってくる。
その目はギラギラとして、雰囲気も何か危ない感じを醸し出していた。
そして調理台の上に置いてあった包丁を手に取り、彼は僕を人質として捕まえた。
「はっ、な、何⁈」
僕は慌てて手を振り払おうとするが、男性の腕の力はかなり強かった。
「いいや、ふーっ、こ、こいつを返して欲しければ、ふーっ、か、金を出せ」
はっ?意味がわからん。金が欲しいのなら銀行強盗が一番良さそうだが……。
僕は人質としてはかなり落ち着いていた。
「あの、放してくれませんか?」
相手を刺激しないように下手で言う。
だが、相手は僕の言葉なんて耳に入って来ないようだ。
僕の首に包丁を当て、ずっと先生を睨んでいる。
「お金なんてありません。その子を放してください」
先生は慌てた様子もなく答えた。
たぶん内心はかなり慌てているだろう。足がふるえている。
「いいのか?こいつがどうなっても」
男性はより包丁を首に包丁を突きつける。
「わかりました、校長の所へ行きます」
クラスの子たちはざわざわとしている。その中で僕一人が冷静だった。
先生が校長の所へ行っている間に僕は包丁で首を刺された。
流石に痛さは尋常ではなかった。だが、僕が死ぬほどの痛さではない。
何たって僕は死ねない存在なのだ。人間の数十倍は生きているだろうか。
僕を刺した男性は僕が死なないことに恐怖し、また、クラスの全員が自分の目を疑っただろう。
これまでは何事もなく過ごして隠せていたが、これを見られてはしょうがない。
僕は首から血をダラダラと流しながら、男性が入って来たドアから外へと出た。
そして、誰もいない、近寄らない森へと走って行った。